11. 鬼のいぬ間に図書館

「違う。何回同じところ間違えたら気が済むの?」

「うぅ……」


 朝から、マリア先生のスパルタ授業が始まっている。

 テスト勉強なんて、何年ぶりだろうか。

 すでに8時間が経過。ミスのたびに容赦ない言葉を浴びせられ、俺の精神はそろそろ限界だった。


 リゼはというと、ソファでごろごろしながらお菓子をつまんでいる。

 ……俺を元の世界に帰してくれるんじゃなかった?

 俺もそっちが良かった……。


「あ、そろそろおやつの時間ね」

「やった――!」


 喜びかけた瞬間――バンッ!


 鈍い音とともに、参考書が目の前に叩きつけられた。


「次はこれ。やっといて」


 ――悪魔には、休憩という概念が存在しないらしい。


 こんなハイテク世界なのに、紙の参考書って……。

 もっと未来感ある教材をくれ、未来感あるやつを。


 聞けば、知識を脳に直接送るアイテムもあるらしい。

 でも高いんだと。

 高級マンションに住むくせに、そういうところでケチるんだな……。


 ――こうして地獄の勉強会は、夜まで続いた。



「今日は行くところがあるから、留守にするけど。ちゃんと勉強してなさいよ?」


 翌朝、マリアはそう言い残して外出した。


 マリアが……いない。

 今日は、自由だ!

 なら、やることは一つ。


「なあ、リゼ」

「なに? 颯太」


 リゼは仰向けになって、ぼーっと天井を見つめている。


「ちょっと、出かけない?」


 むくりとリゼが起き上がる。


「行く」


 二人で街をぶらつく。

 日差しは強く、コンクリートの照り返しでやや蒸し暑い。


 そういえば、この世界にも季節ってあるのかな……?


「あ……」


 ふと立ち止まったリゼが、ある建物を指さした。


「あそこ行きたい」


 そこには、クラシックな造りの大きな建物があった。

 一昨日の帰りに、マリアが教えてくれた、“図書館”だ。



 中に入ると、涼しい空気と重厚な静けさが広がっていた。

 由緒ある図書館といった趣で、過ごしやすい。


 リゼも「この世界のこと、知っておきたい」と言って、本を手に取る。

 ごろごろしてるだけかと思ってたけど、彼女なりに焦りもあるのかもしれない。


 俺も何か実用的な情報を探そうと、本棚を眺める。


 ――女神について、何かヒントになるような本は……。


「お、“女神の伝説”?」


 たまたま目に入ったタイトルの本を手に取った、そのとき――


「女神に興味があるのかな?」

「ぬわっ!?」


 後ろから突然声をかけられ、変な声が出た。


「ごめんごめん、驚かせちゃった」


 振り向くと、銀髪の少年が立っていた。

 背は低めで、幼く見える。でもどこか落ち着きがある。


「……どちら様?」

「僕はカイム。カイム=クローヴァ。君は?」

「……秋月颯太」

「へえ、珍しい響きだね」


 予想通りのリアクション、ありがとう。


「ところでその本……」

「これ?」

「そう、“女神の伝説”。誰でも知ってるおとぎ話なのに、珍しそうに見てたから、不思議に思って」


「女神に、興味があるのかい?」


 再度、静かに問いかけられる。


「……まあ、興味っていうか。誰も会ったことないから、どこにいるのかなーって」

「ふうん……」


 カイムはしばし思案するように沈黙し、やがて口を開いた。


「僕も、女神に会ってみたいと思ってるんだ」

「カイムも?」

「うん。だって――」


「誰も会ったことのない女神が、世界も、人も、マナすらも管理しているなんて――変だと思わない?」


 ……正直、俺も少しは思っていた。


「まるで皆、女神に“飼われて”いるみたいだ」


 少し極端だけど、あながち外れているとも言えない。


「けど、本当に女神なんているのかな。実は誰かが、名前だけ使って都合よく操作してるだけかもしれない――」


 言いかけた俺の言葉を、カイムが遮る。


「いるよ」


 その声は静かだったが、芯があった。


「必ず見つけて、僕は自由になる」


 その眼差しには、揺るぎない意志が宿っていた。


 俺たち以外にも、女神を探している人がいるんだな――


「あ、ごめん。つい熱くなってしまって」


 ふっと笑って、カイムは言った。


「でもソウタ、君に会えてよかった。だからさ――」


「僕と一緒に、女神を探さない?」

「えっ……」

「僕だけじゃない。仲間もいる。今度紹介するよ」

「いや、ちょっと待って……ごめん。考えさせてくれないか」

 

「もちろん。きっとまた会える気がする。その時、答えを聞かせて」


 そう言い残し、カイムは去っていった。


 女神に対して否定的な印象を持っているようだったけど、話の筋は通っていた。

 俺も、どこかで引っかかっていた部分だった。


 ――まあ、深く考えても仕方ないか。


 そう思ってリゼのもとへ戻ると、彼女は難しそうな本を読んでいた。


「マナの制御機構概論と応用……?」

「おもしろい。颯太も、読む……?」


 期待を込めた目で見てくるが――ごめん、それ多分、俺には無理だ。


 

「いやー、気分転換になったな〜。“鬼のいぬ間になんとやら”ってやつだな」


 そんなことを話しながら、マリアのマンションへと帰る。


 空はすっかり黄昏色。

 静かな風に吹かれながら、角を曲がった――その瞬間。


 前から歩いてくる、小柄なシルエットが目に入った。

 逆光で顔は見えないのに、背筋がすぅっと冷えた。


 

 ――その夜、俺は片時も、眠ることを許されなかった。


 試験まで、あと4日。

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