10. ゆるふわで最強!?

 薄いアッシュグレーのミディアムヘアに、華奢な体つき。

 穏やかな顔立ちで、まるでお人形のような女の子だった。


 ……この子が“エース”?

 どう見ても、か弱い系女子なんだけど。


「久しぶり、セシル」

「マリアちゃん……会いたかった。でも……本当に、こっちに戻ってきてよかったの?」

「大丈夫よ。あんな奴らのこと気にして、コソコソ生きるなんて馬鹿げてるわ」


 ……どうやらマリアの過去を、彼女も知っているらしい。


「紹介するわ。このかわいい子がリゼ。で、こっちの間抜け面がソウタ」


「どうも、秋月颯太です」


 お辞儀をする俺に合わせて、リゼもぺこりと頭を下げる。

 ……にしても、間抜け面はひどくないか。


「いきなりで悪いんだけど、この二人――異世界から来たの。で、元の世界に帰るために女神様を探してるの」

「女神様を……?」


 セシルが小首をかしげ、マリアを見つめる。


「異世界って……マリアちゃん、本気? 頭、おかしくなった……?」


 ――ぷっ。

 二人のやり取りに、思わず吹き出しそうになる。


 すかさずマリアが睨んでくる。

 

「ほんとよ。女神様とも交信したの。『私のところへ来なさい』って言われたわ」

「そっか……うん。でもごめんなさい。居場所については、私も知らないの」

「そう。ありがとう、いいのよ」


「あ、でも――もし“外”にいるなら、街から離れた場所かも」


「どうして?」


「私たちヴァンガードは、街の周辺を中心に活動してるの。紛れ込む魔物も近場の種類が多いし、遠方の調査は大変。だから、誰にも知られてないってことは……そもそも近くにいないのかも」

「なるほど……あり得るわね」


 ――誰も行かない場所。

 つまり、“外”のさらに奥地って可能性もあるってことか。


「ありがとう、セシル。本当に助かったわ」

「マリアちゃんの役に立てたなら、私もうれしいな」


「そうだ、ついでにもう一つ」

「この二人に、戦闘用ギアの免許を取らせたいんだけど……次の試験、いつ?」


 ……ん? 免許? 試験??


「ちょっと待ってね……えっと、一週間後かな」

「ありがとう。エントリーしておくから、よろしくね」


「すみません、先生」


 話についていけず、手を挙げる。


「免許って……どういう話?」

「はあ……」


 いつものように深いため息をついてから、マリアが説明する。


「魔物との戦闘に特化した強力なギアがあるの。危ないから、使用には免許が必要。で、“外”に行くなら、それが必須」

「試験は筆記と実技。筆記は私が教えるわ。実技は――」


「セシルが試験官よ」


「セシルちゃ……さんが!?」


「いま、“ちゃん”って言いかけたでしょ」

「ちなみに、セシルの強さは本物よ。ハイドウルフ2体倒したくらいで調子に乗ってるみたいだけど、次元が違うわ」


「ハイドウルフを二体……?」


 セシルが小さく反応したので、俺はちょっと得意げに言った。


「名前は知らないけど、狼を二体倒したぜ!」


「あ、そうなんですね」


 って、あれ? 反応、薄くない?

 もっと「えっ、すごい!」とか、「さすが!」とかあってもよくない?


「ハイドウルフ二体なんて、セシルなら目つぶってても楽勝ね」

「そうですね。特に、苦労はしないと思います」


 にこやかに、悪気なく断言された。


 ……は?

 本気? 冗談じゃなくて?


 異世界で得た、数少ない自尊心が――

 今、ボロボロに砕かれた。


「えーと……私、変なこと言っちゃいました?」


 ……それ、主人公こっちのセリフだから。


 セシルは少し考えたあと、はっと思い出したように言う。


「えっと……すごいですね! さすが!」


 明らかに棒読み。

 俺の心は、もう風前の灯だった。


 隣でマリアが腹を抱えて笑っている。


「あんたたち、面白すぎ。会わせてよかったわ」


「もう、マリアちゃん!」


 ぷくっと頬を膨らませるセシル――

 ……うん、可愛い。


 てか、この屈辱……いつか絶対、見返してやる。


 

「あ、そうだ。試験を受ける前に、適性検査をしておきましょうか」

「適性?」

「一般のマギアと違い、戦闘用ギアには街からマナが供給されません。代わりに使用者のマナを使いますが、人によっては、負荷に耐えられない場合があるんです」


 ――なんか、物騒だな。


「ソウタさん、リゼさん、こちらへ」


 案内された先には、台座の上に半透明の球体が浮かんでいた。

 淡く光るそれは、直径30センチほど。


 これは……!

 ついに来た。異世界で覚醒する、俺だけの能力ちから


「こちらに手を置いてください」


 促されるまま手を添える――


 ……が、何も起こらない。


「……え?」

「ふわっとした感覚とか、ありませんか?」

「……全く」


 え、まさか――俺、適性なし……?


 一気にテンションが下がる。


「おかしいな……壊れてるのかな? じゃあ、次はリゼさん」


 リゼが手を置いた瞬間――


「……っ!」


 彼女の体が崩れ落ちる。


「リゼ、大丈夫!?」


「う、うん……ありがとう、颯太」


 俺が支え、なんとか立ち上がる。


「マナが少ない方は、こうして体調を崩すことがあります。リゼさんは、少しマナが足りないようですね」

「じゃあ俺は……大丈夫ってこと?」

「はい。ここまで何も起こらない方は、初めて見ました。ちょっと珍しいです」


「鈍いだけなんじゃない?」


 本当に、いちいち一言多いな……。


 

「久しぶりに会えたんだし、このあとご飯でもどう?」


 マリアが声をかける。


 ナイス! 俺もセシルちゃんとお近づきになりたい。


「ごめんね。本当は行きたいんだけど、午後から外せない仕事があって……」

「忙しいの?」

「うん。この前の事件から、警戒態勢が続いてて」


「事件?」

「ソウタさんは知らないかもですが……転移ステーションに何者かが干渉して、転移障害が起きたんです」


「“外”に飛ばされた方々もいて、ヴァンガード総出で救助にあたりました」


 なるほど。

 都市部では、そういうトラブルもあるのか。


 ……どうか、俺たちは巻き込まれませんように。


 

 セシルと別れたあと、俺たちはカフェでスイーツを堪能し、マリアの部屋へ戻った。

 明日から、マリアが本気で勉強を見てくれるらしい。

 「覚悟しておくこと」って言われた。


 試験まで、あと6日。


 ――頑張れ、俺。

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