第二章:中央都市

9. 高級マンションで、お菓子を頬張る

 転移は、一瞬だった。


 ゲートを出た瞬間、広大な空間が目の前に広がる。

 立体交差するレーン、人の波――中央の転移ステーションは、最大都市の名にふさわしいスケールだった。


「キョロキョロしてると、田舎者だって思われるわよ」


 ……いつものマリアだ。

 切り替えの早さに、ちょっと感心してしまう。


「マリア……」


 すぐ隣で、リゼがぽつりと呟いた。


「マリアが来てくれて……すごく嬉しい」


 その目が、ほんの少し潤んで見えた気がした。


「こいつと一緒じゃ心配だもの。安心しなさい、私が守ってあげる」

「え、俺そんなに信用ない? これでも一応、紳士ですけど?」

「は? ミジンコほどにもないわ」


 貶されてるのに、なんだか楽しい。

 リゼの口元もほころんでいて、やっぱり嬉しそうだった。


 ガラス張りの外壁の先に、夜の街が広がっている。

 ここに来る直前はまだ昼間だったはず――そう思って尋ねると、マリアが「時差」と教えてくれた。


 なるほど。

 時差があるほどの距離を、一瞬で転移したということか。


 あらためて、この世界のスケールの大きさを実感する。


「さて、これからどうする? もう夜だし、泊まれる場所探す?」

「こっちで住んでた部屋があるわ。狭くてもいいなら」

「部屋?」

「面倒だったから、契約したままなの」


 言葉ではそう言っているけれど……本当は、解約する余裕すらなかったのかもしれない。

 想像して、胸が少し痛んだ。


 

 中央の転移ステーションからは、市内に点在する小型の転送スポットへアクセスできた。

 最寄りのスポットから地上へ出て、バルグレイスの街を歩く。


 名前の響きから、無機質で金属的な街を想像していたけど――意外にも緑が多く、建物も整然と並んでいて、高級感すら漂っていた。


「着いたわ」

「え……?」


 見上げた建物は、まさに“高級マンション”。

 圧倒的な存在感。

 明らかに高そうだ。


「ここで待ってて」


 マリアはそう言って、中へ入っていく。


「なんか、すごく高そうなとこだね……」


 隣にいるリゼに声をかけてみる。


「……そう?」


 きょとんとした顔で、首を傾げるリゼ。

 そりゃそうか。S級様が庶民感覚を持ってるはずないよな。


 ――この感覚、誰とも共有できないのかと思うと、少しだけ寂しかった。


 

「お待たせ」


 マリアが戻ってきた。


「今クリクリしてるから。部屋に着く頃には終わってると思うわ」

「クリクリ……?」


 聞き慣れない単語に首をかしげると、


「あ、お掃除ギアのこと。クリンクリンの略で“クリクリ”。ちょっと前に流行ったのよ。部屋中を勝手に掃除してくれるの」


 なるほど。高性能お掃除ロボってやつか。


「へえ、可愛い響きだな」

「でしょ?」


 マリアはご機嫌で歩き出す。

 なんだか、ちょっと安心した。


 この街には嫌な思い出があるはずなのに――

 今は、少しだけ顔色が明るく見えた。


 マンションはオートロック。

 女神の登録情報が鍵の代わりになっていて、住人以外は中に入れない仕組みらしい。


「どうぞ」


 案内されて、そっと部屋に入る。

 ……女の子の部屋って、やっぱり緊張する。


 中は広く、まるで高級レジデンスホテルのようだった。

 飾り気は少ないが、シンプルで洗練されている。まさにマリアらしい空間だ。


「あんまりジロジロ見ないでよね」


 ……そう言われると、余計に気になるのが男の性というもので。


「寝室は2つしかないから、私とリゼが使うね」


「え、じゃあ俺は……」


 なんとなく予想はしていたけれど、あえて聞いてみる。


「決まってるでしょ。リビングのソファ」


 ……はい、ですよねー。



「よし、それじゃ――」


 マリアが手をパンと叩いた。


「おやつパーティー、しましょ!」


 テーブルを囲み、マリアが持ってきたお菓子を三人で頬張る。

 リゼは、白と黒のチョコスナックのうち、白ばかりをつまんでいる。


 ……くっ、これは均等に食べる派への挑戦か。


 高級空間でお菓子を食べてるのが、なんだかおかしい――

 お菓子なだけに。


 ……なんてことを心の中でつぶやいたが、もちろん声には出さなかった。



「明日はヴァンガードの中央本部に行って、女神さまについての情報を探すわ。知り合いがいるから、紹介する」

「知り合い?」

「うん。きっと驚くと思うわよ。なんせ、若手エースだから」

「エース……?」

「そう。無茶苦茶強いの」


 マリアが、どこか誇らしげに笑う。

 うーん、それは確かに期待できそうだ。


 ――って、待てよ。

 強さはモテないって言ってたくせに、そういうタイプが好みなのか?


 そんなことを考えて、勝手に嫉妬している自分がいた。



 翌日。

 俺たちはヴァンガードの本部へ向かった。


 マリアが受付で手続きを進めてくれている。

 例の“エース”にも、事前に連絡を取っていたようだ。


 ……エースがなんだ。俺だって狼を二体倒した男だ。

 少しでも自信を保つために、それっぽいポーズを決めてみる。


「……何してんの?」


 振り返ると、呆れ顔のマリアが立っていた。


「手続き終わったわよ。ほら、来たわ」


 扉が開く――


 現れたのは、屈強な男……ではなく。


 儚げな美少女だった。



「初めまして。セシル=ブラントと申します」

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