亡命編

幕間01.1989年(昭正四十四年)2月 東京

照和しょうわ二十年、じゃなくて、春和しゅんわ元年……?」


 署内に保管されていた古びた調書は、1945年のもの。


 照和帝侍従しょうわていじじゅうの死亡事件。


 殉死じゅんし━━主君である照和帝の後を追った自殺であると断定されていた。


 その調書の作成年月日は『春和元年一月二十八日』。


 だが、横に鉛筆書きで『照和二十年』と訂正されていた━━。



 ━━1989年(昭正しょうせい四十四年)2月上旬、八洲国やしまこく首都・東京。



 警視庁本富士署刑事課に昨年の春に配属された新米刑事の西にし新司しんじは、休日を利用し、国立国会図書館を訪れていた。


 公安に引き継いだ、本郷の身元不明の外国人と思われる男性の変死事件━━やはり、少し気にかかることがあり、調べてみようと思った。


 面倒臭がり屋の彼には、珍しいことだった。


 本富士署内で重大事件分類で長期保管されていた1945年の調書。


 記された『春和』という知らない元号。

 

 それにどうも引っかかりを覚えてしまったのだ。


 西が学校で習った、終戦の年、1945年は、照和二十年だった。

 

 先の帝は照和十九年に崩御し、照和二十年八月十五日に摂政の久慈宮くじのみやがラジオ放送で国民に終戦を知らせた。


 他にも習ったかもしれないが、あまり覚えていない。


 1945年で照和が終わり、1946年に今の帝が即位して昭正元年になった、その程度の認識。


 西はそれほど歴史に興味がない人間だ。


 それでも、西の知らない元号が存在することだけは調書の記述から読み取れた。

 

 ━━つまり、教えられていない……?


 戦時中や戦後占領期のような情報統制は、現行法では出来ないはずだ。


 だが、国会図書館で閲覧出来る1945年の新聞記事の年月日の元号の部分のみ、墨塗りになっている。


 そして、いくつかの日付の記事が欠けている。


 ━━戦争末期で記録が欠損しているのか?


 職員に問い合わせてみた。


 閲覧制限がかけられている、と返答があった。


 西は警察手帳を取り出して掛け合ってみた。


「捜査資料として必要で……警視庁本部から依頼書を後ほど送付しますので、今日は確認だけでもお願いできませんか?」


 既に本郷の変死事件の担当は公安に移っているので、依頼書はおそらく送付出来ないのだが、そこは、まあ、方便というやつである。


 後で言い訳が出来る嘘はついてもいい、それが老獪なベテラン刑事のあずまの教えだった。


 その教えはあまり良くないものだと、わかりつつ、『謎』への好奇心には勝てずに押し通した。

 

 職員は、少し考えてから、ため息をついて、渋々とした口調で言う。


「……依頼書は後で必ず出してくださいね。コピーは不可です。メモも最低限でお願いします」


 西は歴史には興味がない。


 だが、刑事として『謎』に興味がある。


 本郷の死体ホトケは一体何者か。


 そして、彼が所持していたモノクロ写真に写る女━━。


 ━━『亡命皇女』とは。



 本郷の彼の正体にたどり着くには、まずは『春和』と『亡命皇女』が何か、たどる必要がある、と西は考えた。


 戦後体制への移行過程で、様々な公的記録が焚書ふんしょされ抹消された、と聞いたことがある。


 まずは、『春和』の資料を探したが、想像以上に難航した。


 先だって区立図書館へ行った。

 

 だが、何の収穫も得られなかった。 


 ならば、人の記憶は━━?


 次に、元号『春和』を知っているベテラン刑事の東を含む、署内の照和生まれの年配者、数人に聞いてみた。


 しかし。


『自分で調べろっつったろ?』

『眉唾な話だよ』

『戦中戦後の混乱期の誤報じゃなかったか?』

『さあ、真相はよくわからんなあ』

『大本営と新聞の誤ったプロパガンダだよ』

『都市伝説みたいなもんさ』

『そういえば、綺麗な皇女様が帝位についたって話、戦争の終わり頃に聞いた気がするけど、あれ、違ったんだよね?』


 断片的な話は聞けたが、四十年以上前のことだ。

 記憶は皆、曖昧で、決め手に欠けた。


 閲覧制限のかかっているという、1945年1月の新聞記事には、『新帝践祚しんていせんそ』という見出しがある。


「つまり、新しい帝が位についた、ってことでいいのか……?」


 東が言った『女帝が立った』という話、それは事実らしい。


 見出しと共に、『亡命皇女』と、よく似た人物の写真が載っている。


 西は新聞の写真を指でなぞる。


「目元はあの写真とよく似ているような……?」


 ただ、印刷が粗く、比べるための写真が手元にないため、同一人物かどうかは計りかねた。


 そして、下段に小さく、『丹羽宮にわのみや泰彦やすひこ殿下でんかとのご婚約は解消へ』とも、書かれていた。


「婚約は解消……?」


 西は首を傾げた。


 記憶が正しければ、公安に渡した写真の『亡命皇女』はベールのようなものを被っていた。


 白っぽいレースのベール。




 ━━そう、まるで花嫁のようだったのだ。




 この謎を解き明かすには、時を遡らなくてはならない。



 ━━1945年(春和元年)9月下旬、イラン首都テヘラン。



 亡命『女帝』睦子ちかこの物語は、記録が封じられ、人々の記憶から風化して。



 静かに埋もれるように━━隠されていた。

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