第19話 この配信をご覧の皆様

「この配信をご覧の皆様、初めまして。掛橋という者です。今まで彼女が喋っていたように、僕は中学の同級生で今はアパートの隣人で、記事の写真に写っていた者です。……とはいっても、彼女はもう引っ越したみたいですが」


『フラれてやんの』『愛想がつかれてんじゃん』『ざまあ』


「僕は彼女に感謝しています。人生のどん底で拾ってもらう形で彼女に再開しました。でもそれは僕の人生も彼女の人生も、全て変えてしまって本当に申し訳ないと思います。改めて、僕からもお詫び申し上げます」


『ヤったかどうかが知りてえんだよ』『柔らかかった?』『喋り方ウゼェ』


「僕たちの間には何もありません。ただの友だち、いや、ただの隣人。彼女も僕も記事もそう言ってるのに、皆さんはどうして、こんなアンチコメントを送り続けるんですか?」


『こいつ何言ってんの』『ただのコメントやで』『消えてほしいからに決まってんだろ』


「アンチコメントを送る理由ってなんだろうって、すごく考えてみたんです。思いついたのは、俺の分析は正しい、妬み嫉み、どこかで裏切られた、過剰な正義感、同じ意見の人と共有したい、ストレス発散、快楽、頭がおかしい、などなど色んな理由あると思うんです」


『気持ちわる』『自分に酔ってんな』『キモいから死ね』


「あれですよね、核心をつかれたのか分からないですけど、語彙力が小学生みたいですね、アンチコメントを打ち込んでる皆さん」


『マジうぜえ』『つまみだせや』『マジで消えろって』


「皆さんが作りだしたアンチコメントのせいで、メンバーは深い傷を負っています。ここにいる彼女もそのひとりです。それについてどう思いますか?」


『人気ないやつなんか知らねえよ』『俺ら関係ねえよ』『勝手に傷ついてるだけでしょ』


「辛辣ですね、皆さんは。それか、思い通りになるとでも思っているのですかね。だとしたらそれは完全な間違いなので、コメントの使い方を改めてみてはどうでしょうか」


『うっせえよ』『底辺が指図すんな』『自分のしたこと分かってる?』


「勝手に火をつけたのはあなたたちですよ。麻衣が事実を丁寧に説明しても、嘘だなんだ言って信じなかったですよね。それに、悪意あるコメントを容易に世に放つことができる、その感性も見直した方がいいですよ。実際に誹謗中傷されて心に来ました。特に、弟の死を利用して近づいた、ってコメントが。よくそんな文章が思いつきますね」


『んで、実際どうなん?』『弱み握る生き物やん、男って』


「だから言っているじゃないですか。人生のどん底で拾ってもらったときに再会したって。そこに弟の話が出てきましたか? あなたたちの適当なコメントが世を狂わすのです。


『俺らのせいにすんなって』『愚かだな』『人のせいにしないで自分で処理しなよ』


「いやいや、あなたたちのせいだと思いますよ。シェイド組をバカにして、ずっとずっと日陰で過ごしているそこのコメントを打っている皆さん」


『勝手にニート扱いすんなや気色悪い』『適当なこと言うな』『マジでぶっ殺すぞ』


「ぶっ殺せるならここに来てぶっ殺してくださいよ。できないのなら、所詮SNS特有の虚勢を張る人、ですよね。それに、適当言ってないですよ。僕はこの目で、悪口の掃き溜めのような掲示板を見ています。この配信を見ている、誰かが書いている掲示板を」


『マジでぶっ殺したら捕まるからいいわ』『めっちゃ挑発するやん』『黒歴史なるぞ、ってもうなってるから』


「黒歴史ねぇ。麻衣が味わった誹謗中傷に比べたら、こんなのかすり傷でもないですよ。だから僕が願うことを、ここで全て話します」


『きっっっしょ!』『ナルシストかよ』『ネットのおもちゃ確定!』


「まずは、麻衣の卒業・引退を取り消しにしてください」


『は? 無理に決まってんだろ』『何を言い出すかと思ったら』『いてもいなくても変わんねえぞ、こんなやつ』


「いてもいなくても変わらない、どうして部外者であるあなたがそんなことを言えるのか、本当に不思議です。流渓橋37は、アイドルを志す選りすぐりの人たちなんです。誰一人、無駄な人はいないと思いますが」


『お前も部外者やん』『ブーメランやで』『頭わりいな』『運営はなんで生配信停止しねえんだよ』『こいつマジ嫌い』


「悪口は途絶えないですね、本当に素晴らしいです。麻衣と関わって、これまでに感じたことのない誹謗中傷の酷さを体感しました。こんな酷な仕事は他にないと思いました。だからこそ言いたいんです。彼女たちは、あなたたちのストレスの掃き溜めではないんです。誰かを傷つけるストレス発散はやめませんか」


『説教かよ』『マジで邪魔』『うぜえ死ね消えろ』


「こういった無意識の殺意が込められた言葉が消えれば、彼女たちはより気楽に活動出来て、かつて好きだったアイドル像を追いかけられたんじゃないかなって思います」


『俺たちのコメントを見て信じるのが悪い』『嫌なら見なきゃいいんだよ』『SNSの言葉を信じるのが悪い』『偏見で草』『ネット民は正義感強いぞ』


「SNSの使い方に何が正しいかなんてありません。好きなものを共有したり、思ったことを思うままに呟いたり、芸能人を追っかけしたり、テレビに流れないニュースを見たり、同じ趣味の人と繋がったり、他にも色んな用途があって非常に便利なサービスです。だからこそ過失は起きてしまうのだと思います。これらは正しいと思っている範疇かもしれないけど、その正


しさの中で無意識のうちに人が傷ついてしまう可能性をいくらでも秘めています。それが今、目の前で起こってるアンチコメントなんです。本来はファンが共有する場であるはずだけど、今はこうして人の心が分からなくて心を満たされたいという傲慢で無責任な人たちが、この状況を生み出しています。過度なコメントは、今後の対応によっては警察沙汰になるケースがあります。でもそれをしっかり想像できる人は、そんなコメントを打ちこまないでただ傍観しているのかもしれません。だから、せめてそういう人に戻ってほしいです。あんな掲示板が存在することに誰が得をするんですか。あれを見た本人が死んだら、あなたたちは責任をとれるんですか。そういうのをやめましょう。


アイドルに優劣がついてしまうのは麻衣の話を聞いて仕方ないことだって分かりました。でも、スタートラインは同じなのだから、差がつくとすれば、皆の評価だと思う。そこで落ちてしまった人に手を差し伸べることができるのは、今これを見ている人たちなんです。なのにあなたたちは誰も救わないで、崖に捕まる彼女たちを嘲ては突き落としている。そんな行動をして誹謗中傷の対象者が死んだりしても、たぶんあなたたちは、『俺たちのコメントを見るのが悪い』『嫌なら見なきゃいい』っ言うのだと容易に想像できます。その責任の弱さ、狡猾さ、非情さが、【じゃない方アイドル】を生み出した原因、って思います」


 過激なコメントは増すばかりである。でも少しずつではあるが、俺を讃えてくれるコメントが増え始めた。多くの過激なコメントに隠れていたが、麻衣を応援するコメントが徐々に見え始めた。中には、そんなやつらと一緒にしないでくれ、しっかり応援してる人もいるんだぞ、というコメントもある。ただそういうコメントは、アンチコメントに食われていた。


それに俺は、忌まわしい現実を生み出した黒い塊にしか言っていない。でも、それでも負けじと黒い塊は消えず、アンチコメントを送る勇敢な人がいる。


「他人の不幸を望む、悪質なないものねだりはやめましょう。何も生まないし、何も得しない。でも一つだけ、僕の、最初で最後のないものねだりに、耳を傾けてほしいです」


 周囲のつばを飲み込む音が聞こえる。ちらっと麻衣の顔を見ると、涙をこらえているような顔をして、重みのある頷きを見せてくれた。それを見て、抱いている願いがより一層強くなった。


「この世が、良識ある判断ができる人たちで溢れてほしい。そうすれば、悲しい人間は生まれない、はずだから」


 ふと弟の顔が浮かんだ。何年振りに思い出しただろう。久しぶりにその表情を見たが、今でも声が聞こえてきそうなくらい身近に感じる。


 俺は立ち上がり、カメラの前から消えた。配信には、もう誰も映っていない。


 マネージャーが配信を消した。その瞬間、麻衣は拍手をした。それに続くように拍手の音が増え始め、吉川優里が俺を抱きしめてきた。


「よくやった! 感動した!」


 まるでベテランの野球監督みたいな一言だった。


 一応、マネージャーや社員、麻衣の目があるから彼女の両肩に手を置いてすぐに離した。そのまま麻衣の目を見た。憂いがはがれかけている目。


「うまく喋れてたかな、脈絡がなかったような気がしたけど」


「分からないですけど、言いたいことは伝わったのではないでしょうか」


 麻衣は手の甲で目尻に溜まる涙を拭った。その涙が伝達したように、吉川優里も涙を拭っていた。麻衣は誇らしい表情をして、笑みを浮かべた。


「素晴らしいエールを、ありがとうございます」


 うなじが見えるくらい、麻衣は深く頭を下げた。そこまでのことをしたつもりは――いや、さすがにあると自覚している。


「俺の人生で、こんなに誰かを恋しくなるなんて思わなかったよ」


「有難い言葉として受け取らせていただきます」


 なんだか気まずい雰囲気になったが、それは吉川優里が上手いこと壊してくれた。三人で抱き合ったのだが、周りの目が怖かったから、すぐに離れた。


「麻衣ちゃん! これからもまだまだ一緒に活動しようね!」


 麻衣はマネージャーの顔を窺った。マネージャーは静かに頷いた。その瞬間、麻衣の目から堰を切ったように涙があふれてきた。そのまま吉川優里の胸に顔を埋めた。まるで吉川優里が姉で、妹の麻衣を慰めているように見える。それくらい、絆の深い二人なのだと知った。


 


 


 それから、俺は運営の方にこっぴどく叱られた。でも叱られたのは生放送に乱入したというマナー的な意味の方で、あのスピーチについて誰も責めたりはしなかった。その社員の一人に、「ないものねだり、良いフレーズだね」と肩を叩かれた。


こんなに大騒ぎになってしまったから、麻衣はこの騒動がおさまるまで活動を控えるみたいだ。状況次第ですぐに活動を再開するらしいから、麻衣がまたアイドルとして活動できるのであれば、贖罪を果たせた、と思う。


SNSの扱いは社員の皆が気になっていたみたいだ。注意喚起することしか出来ないから、本音に近い俺の言葉が代弁となって良かったらしい。




 もう一つ、贖罪を果たすにはやるべきことがあった。


 浄化するような太陽の光を浴びながら、俺は、麻衣の電話番号を消した。

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