第11話 蝉のように揺れる自尊心
僕の名前は順平。38歳――もちろん、働く気なんてさらさらない。だって、僕は特別な存在だから、愛されて当然だし、尊敬されるのも当然なんだ。なのに、両親や世間という“小物な奴ら”がそれを理解してくれない。全ては彼らのせいで、僕が本当の自分になれないだけだ。
父や母が買ってくれた服を着て、作ってくれたご飯を食べて、親の年金で生きる毎日──それがどれほど当然のことで、僕が被害を受けていることか、彼らにはわかっていない。稼ぎがないからお金を入れない? お小遣いやお年玉をせびる? それこそ僕にとって“ふさわしい待遇”なんだ。僕を養うために年金を納めていた? そんなことを言われると、まるで僕が人生の“穀潰し”扱いされているようで、本当に悲しくなる。
「オラは愛されてるから働かなくてもいい」──それは僕の本心だし、妄想でも何でもない。僕は愛されている。でも、働けだの現実的な話をしてくる父には、どうしても頭に来る。だから、僕は“作家になる”“プロデューサーになる”という“輝かしい妄想”の世界へ逃げ込むしかない。
夏になると、僕は東京という“自由の地”へ飛び立つ。蝉のように羽を広げて。ただ、世話をされ飽きたら、当然のように帰ってくる。手切れ金まで父から受け取るけど、僕にとっては“親が最後にくれる贈り物”に過ぎない。それで困った挙げ句、交番に「家まで送って」とすり寄るなんて、世間に対しても被害者を演じる僕にとっては、もうやりたい放題だった。
交番の人から「障がい者ですって?」と聞かれたとき、僕はすかさず“アトピーがある”ことや“お尻が痒い”ことを理由にして、「親が養う義務がある」と演じた。だって、障がいという言葉には“甘え”の香りがあって、僕がもっとも利用するべき“盾”になる。知恵があると言えば聞こえはいいかもしれない。でも、僕の中ではそれは“生存本能”だ。働くなんて愚かなこと。人は僕のためにある。良心? そんなもの、あってないようなものだ。
僕には知能がない? それでもいい。ただ、周囲に「許される僕」であり続けたい。蝉のように揺れる自尊心を地に落とされずに、僕は今日も誰かのせいで苦しんでいる被害者として、生きていく──ただそれだけでいいのだから。
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