第十五話 無限に続く廻異(2)

「っ!?百花!透子!セン!聞こえるか!」


異変に一瞬で気づき、月夜は声を荒げるが反応はない。誰も近くにいないのだ。そこで月夜は速攻でスマホを手に取り、雹極凍河の元へ電話をかける。たまたま暇していたのか、数コールの間に電話に出た。


『なんだい?今から飛風のところに訪問する予定なんだが』


「至急土倉に連絡を飛ばしてくれ。『カエラズ』の廃ビルには最低でも危険度は"王級"。領域を作り出す技量と俺という脅威を弾き出す判断力もある」


『なるほど。討伐に入るのかい?』


「討伐より先に、百花と透子の救出が優先。だが領域という不確定要素があることから実力の高い俺が動くべきと考えた。可能なら百花の親御さんや治療班を呼んでくれると助かる」


『あいわかった。くれぐれも油断するんじょないよ」


凍河はそう言うと電話を切った。また面倒事を増やしてしまったが、そんなことよりもやらなければいけないことがある。


「来たれ、我が式神、異世界を統べる一角、氷の帝よ。召命"ルーナ"」


**********


「ッ!?何がッ!?」


「よりにもよって、ですか。戦闘体制一瞬たりとも警戒を怠らないでください」


「センさん…?」


「おそらく妖の領域に取り込まれましたね。なるほど…これは狡い。如何にもあの野郎が考えそうなことだ」


「何か知ってるの!?教えなさい!」


「不確定情報です。今のこの状況において必要のない情報でもあります。さらに状況を混乱させるべきでないと思いますので、また後ほど。今はそれよりも、月夜殿や透子さんとの合流を目指しましょう」


「とりあえず…歩くしかなさそうね」


百花はまっすぐ続く廊下を見て、そう溢したのだった。


**********


「ここ、どこ〜!ねえ!誰かいないの!ね〜え〜!なんで私1人なの〜!ってうわっ!?」


廊下の物陰から唐突に狼が飛び出してきた。透子はギリギリで回避すると、脇に差してある脇差を抜き、狼に向ける。


「師匠の技…実戦投入!あんたも糧にしてくよ!」


透子は自身の身体強化の陰陽術をかけ、姿勢を低くして素早く突撃する。


「ウウォォォォン!」


「雹牙流…"氷華ひょうか咲狂さきぐるい"!」


透子は透子を迎撃すべく振るわれた狼の爪のさらに懐へと潜り込み、柔らかい腹部を脇差で切り刻む。


「グァ…ァ…」


「よっ、と。討伐完了。急に飛び出してくるとなると危ないな…ていうか分断されたの普通に危機的状況だし…呼ぶか。おいで、レイ」


『式神に拒否されました』


「は?来いよ、主の危機やぞ」


『入浴中です』


「強制で」


『強制送還致します』


バシャ!ポタポタポタポタ…


「……………」


「ごめんて」


「お前はこの私に裸で戦えとでも言うのか…?」


「ふ、服…あったら、着ていいからさ…」


「この場にあるわけないだろうか!私は取りに戻るぞ!」


「あ、一回喚んだら元の場所に送り返すことはできない…」


「ふざけんなよ!?なんだ?透子は私にその辺のボロ布でも着ろと言うのか!?」


「その手があったか!」


「しばき倒すぞお前!?」


結局、レイズハートは渋々といった表情で魔力を練って一時的な衣服を作り出し、着ることになったのだ。


「透子、お前覚えてろよ」


「あー、なんのことかなー」


「こいつまじでしばく」


その瞬間、また狼が物陰から飛び出すが、レイズハートがストレス解消のついでで地面に叩き落とした。狼は断末魔すら上がることなく床のシミになり、その光景に透子は頬を引き攣らせた。直後、再び現れた狼も、先ほどと同じ末路を辿り、透子はもはや引いていた。


「面倒な犬っころだな。先程からちょいちょい…うざったらしいったらありゃしない。む?透子、どうした?」


「イヤ、ナンデモナイデスヨ」


「そうか。ならいいが」


(うん、改めて思うけど、レイは帝級なんだなって。頼り甲斐はあるけど私いつかこの力でしばかれそう…調子に乗らないようにしよう)


「…透子」


「何?どうした?」


「これを見てくれ」


レイズハートはそういうと地面に落ちている銀色の結晶を拾い上げ、それを透子に見せる。


「何これ、宝石?」


「少し惜しいな。これは氷だ」


「氷?でも氷ってこんな色じゃないでしょ」


「普通はそうだ。術で生み出された氷に不純物は含まれていないために白い気泡部分はないとはいえ、こんな色にはならない。この氷の特異な点は、あまりにも高純度で透き通った魔力で作られている。もしこの氷が今私たちがいる領域の持ち主だとすれば…それは最低でも私と同格の帝級。超級の可能性だってありえる。このような氷は、私にはできないからな」


「多分、超級の心配はないよ」


「ふむ?そうか?」


「うん。まず、そこまで強いならわざわざあの狼という雑魚をこちらへ寄越さなくても一方的にねじ伏せられるはず。様子見してるにしても、領域内はその持ち主の圧倒的有利空間だから、私たちを襲わない理由がない」


「なるほどな。割と理に適っている。透子にしては珍しく、頭を使ったじゃないか。…珍しく」


「なんで2回言った?え?そんなに意外だったの?泣くよ?」


「どうでもいい、さっさと行くぞ」


「ええー!酷いよ〜。ッ、レイ!」


「わかってる!構えろ!」


突如として近くに濃い妖力が充満する。ドロドロとした、絡みつくような妖力は、現れた侵入者に拒絶反応を起こすかのように、その全てが纏まり、1つの生命体の形を成した。


「クルルルルルルルゥゥゥ…ゥ…ゥ…フウォォオオン!」


形成された黒い液体でできた化け物は口を大きく開くと、ドス黒い妖力で構成された液体を撒き散らしながら高い声量で鳴いた。それと同時に黒い触手が地面、壁、天井とありとあらゆる場所から飛び出し、透子とレイズハートを襲った。


**********


「ルーナ、領域は見つけられそうか?」


『それっぽいのはあるにはある…けど、内側への拘束力よりも外側からの干渉を防ぐ力が強いみたい。中の人に影響を与えないように内部に入るのは至難の業だね。多少の干渉ができるか試してみるよ。中の人とコンタクトを取れれば最高だね』


「わかった。ありがとう。こっちからも色々と試してみよう。土倉とのコンタクトも取らねば…」


「おやおや。こんなところで、何をしているんですか?」


強烈な悪寒がした。月夜でさえ死を直感するレベルの何かを霊装を使って防ぎ、後方に飛んでその姿を視界に入れる。そこにいたのは、現代を生きる最悪の妖術師、縁妖凪勿だった。


「久しぶりですね、ええ、本当に」


「大して期間、空いてないだろうが!ルーナ!あの狐男の相手をしてやれ!胡散臭い方は俺が仕留めておく!」


『りょーかーい。ほら、狐ちゃん。私が遊んであげる。ほらほら、おいで〜?』


「主様、あの犬っころは私が相手致します。彼は…」


「心配いりません。秘策がありますので」


「その秘策とやらが、俺に通じたらいいな!」


月夜は霊装を拳に纏わせ、凪勿へ振り抜いたのだった。


**********


「お祖父様、お食事ですよ。…お祖父様?」


「む?おお、風莉ふうりか。何、少し懐かしい気分になっただけじゃ」


「まったく、お祖父様はいつも思い出してばっかなのです。昔はもっとかっこいい感じだったのです」


「期待に添えずすまんの。儂、飛風羽蜜は既に引退したんじゃ。ただの老骨、老いぼれじゃよ」


「老いぼれという割には日々陰陽師達をしごいているではありませんか。ずっと元気いっぱいなので、老いぼれと言い張るには無理があるのです。もっと働くのです」


「はっはっは、手厳しいのぉ。まったく…あの坊やは、今も元気しとるんじゃろうか」


「ん?お祖父様、今何かおっしゃいましたか?」


「いや、何も言っとらんよ」

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