第十六話 無限に続く廻異(3) レイの葛藤

「透子!」


「わかってるっての!《氷壁》!」


四方八方から押し寄せる黒い妖力に対し、レイズハートは己の妖力を思考性を持って解き放つことで弾き飛ばし、透子は氷の壁を作り出して防いだ。


「雹牙流…"輪天りんてん烈晶れっしょう"!」


透子は身体を捻ることで刃に遠心力を乗せて切り掛かるが、、黒い化け物にはまるで通用していないようだった。それどころか、脇差に黒い液体が纏わりつき、透子を捕えようとした。透子は咄嗟に脇差を手放し、その場から飛び退く。


「レイ!物理ダメそう!」


「承知した。右に3歩!」


透子はレイズハートの指示に従い、右に3歩移動する。直後、射線が開いたレイズハートが魔法を放つ。


「《溶岩終蒼烈壕ラグナ・デ・アルバス》」


レイズハートは己の編み出した上級魔法である、《溶岩終蒼烈壕》を構築して放つ。《溶岩終蒼烈壕》は直線上に存在するものを蒼い溶岩で焼き払うものだ。威力は絶大であり、この魔法が通った場所には壕のような深い溝ができるのだ。透子に当たれば当然ひとたまりもないし、化け物に対しても有効だとなる…はずであった。


「効いてない…のか?」


《溶岩終蒼烈壕》は確実に命中し、尚且つ化け物の身体を貫いていた。しかし、化け物の身体は何事もなかったかのように治り、さらに黒い触手で透子とレイズハートを強襲してきたのだ。


「チッ!透子!どうする?お前の判断に任せる!」


「レイ!できるでしょうが!あんたなら!あれくらい吹き飛ばせるでしょ!?」


「ダメだ!透子も巻き込まれる!死ぬぞ!」


「死ななきゃいいの!だから…ッ!?キャアッ!?」


突然透子の背後の壁から飛び出した黒い触手が、透子の腰付近を捕らえた。透子と触手の接触部からはジュウジュウと嫌な音をたてて煙が出ていた。透子は苦しそうに顔を歪めるが、レイズハートに向けて叫んだ。


「レイ!私ごと…やれ!」


「だ、だが!」


「やれ!今この場でそれができるのは、レイ、お前だけなんだよ!」


「わ、私は…」


ああ、あの時もそうだった…


**********


「見ろみんな!これが俺の魔法だ!」


50人ほどの悪魔が暮らしている小さな集落。非常に平和な村だ。その村の広場で、ガキ大将のような少年が全員に魔法を見せつけていた。未だ魔法を使えない子供がほとんどのため、みなが目を輝かせて集まって行くのを、私はただ家の中から眺めていた。


私は生まれつき身体が弱かった。他の子供と同じように外で遊ぶことは叶わず、家の中で本を読んで、家事を学んで、少しの運動をして寝るような生活だった。にも関わらず、私は無駄に魔力を多く持って生まれた。生まれながらに帝級下位の魔力を持っていたのだ。周囲からは散々もて囃され、やれこの村の希望だの、力を使ってここに街を作るだの好き勝手言っていた。しかし、両親は違った。私に好きなように過ごさせてくれて、身体が弱いと判明した私を受け入れてくれた。万が一の時に私が自分自身を守れるように、魔法まで教えてくれた。いつものと変わらないはずの退屈な日々。その生活に私は、満足していた。


ある日、1人の子供が突然行方不明になる時間が起きた。夜は問題なく部屋にいて、朝起きたら忽然と姿を消していたらしい。外に出たとしたら見張り番の悪魔が気づかないわけがない。その日から、村全体がピリピリとした雰囲気になっていた。それから2週間後、悲劇が起こった。当日の夜、見張り番をしていた悪魔2人が死んでいたのだ。


すぐにその事件は問題となり、村の全員が集まって会議を開く事態にまで発展した。村人達が出した決断は、『移住』だった。いつ殺されるかもわからない状況のこの村に暮らすのはあまりにも危険すぎると判断したのだ。明日の朝、全員で村を出て近くの街に移動することを決意した。街には魔道具で手紙を送り、事態が解決するまで仮の住まいを提供してくれることになったのだ。しかし、その日の夜…悲劇は起こった。


「離して!やだ!嫌!や!いやd」


「やめろぉ!妻を離せ!」


阿鼻叫喚、死屍累々の地獄絵図。まだ若いレイズハートにはとうてい受け入れることのできない光景だった。怖くて、恐ろしくて。家の押し入れの中で息を潜めていたのだ。自分には力があるはずなのに、身体が震えて、動けなかった。教えてもらった強力な魔法を使えるはずなのに、恐怖心に押し潰されてしまった。できるはず…否、できたのにやらなかった。このことはレイズハートの消えることのないトラウマとなった。誰もやって来ず、不審に思った街の兵士達が助けに来てくれた後も、レイズハートの心には家族を、村のみんなを見捨てた罪が付き纏うのだ。街でレイズハートを引き取った義理の両親も、「子供のお前は悪くない」と慰めてくれるが、レイズハートの中では逃げたことには変わりなかった。


あの時、あの瞬間、自分の恐怖心を振り払うことができたら。夜を迎えるたびに、毎日…毎日、考え続けるのだ。あの日の記憶は、今のレイズハートの心を蝕んでいた。透子に自分ごとやるよう言われても、割り切ることができなかった。決して迷ってはいけない、即断即決が求められるこの現場で、その迷いは致命的なものであった。


「ッ!レイ!くっ、ぐううう…」


透子に絡みつく触手が胎動すると、先ほどよりも強く透子の身体を焦がす。しかし、レイズハートは…動くことはできなかった。


「あっ…うぁ…」


強い迷いは、普段のレイズハートからは考えられないほどその動きを鈍らせていた。後一歩を踏み出すことが、できなかった。透子が悔しそうな視線をレイズハートに向けるが、レイズハートはその目を見て、余計に心が抉られた気がした。


(私はまた、何もできずに…死なせてしまうのか)


その瞬間、レイズハートは諦めてしまった。心が折れてしまった。レイズハートのメンタルは決して強くない。それどころか、非常に脆いのだ。この極限状態に、レイズハートは…耐えられなかった。壁から生えた黒い触手がレイズハートを叩き潰そうとした、その時だった。


「《土御門》!」


地面から唐突に土の壁が現れ、レイズハートを黒い触手から守る。


「百花さん、貴女は継続して触手の相手を!《狐今絶禍ここんぜっか》」


土倉百花、そしてセンの2人だった。センは風で渦を作り出すと、触手だけを丁寧に吹き飛ばして透子の救出に成功する。


「センさん!これ、土の陰陽術めちゃくちゃ相性悪い、かも!」


「無理はしなくて大丈夫です!土以外は使えますか?」


「生憎、私は土以外は使えないのよ!なんとかできるかしら!?」


「私は火力的に倒せるわけではないので…厳しいかもしれないですね。ですが、時間稼ぎは可能です」


「そう…透子!自分の傷はなんとかできるかしら?」


「なんとか…!気にしないで!…レイ。貴女ならできるでしょ?お願い…!」


「だが…ダメだ、私にはもう、できない」


「レイッ!」


黒い触手から透子とレイズハートを守る百花とセンを背後に、透子はレイズハートの肩を掴み、目線を合わせる。


「レイならできるよ。だって、貴女は、強いから。信じてる」


「いいのか?私なんかを信じても」


「貴女はやり遂げる。私に見せてよ。レイの…本気をさ」


「…わかった。やってみよう」


**********


「百花ちゃん!センさん!私も協力します!だから…レイを。守るの手伝って」


「…何かするつもりなのかな?さっきのあの惨状から見るに、その策は通じなさそうな気がするけど」


「いや、レイは見せるわよ。そう、とっておきをね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る