『地面の下から“ごちそうさま”が聞こえる』

「ねえ、聞こえた?」


「……なにが?」


「今、地面が“ごちそうさま”って言った」


そう言ったのは、ある小学生の男の子だった。


場所は、町の片隅にある小さな公園。

すべり台とブランコと、錆びた鉄棒があるだけの、誰も名前を知らないような公園。


放課後の陽射しの下、ランドセルを置いてお菓子を食べていたその子は、うっかりビスケットのかけらを地面に落とした。


そしてそのとき、耳元でかすかな声が聞こえたという。


──ごちそうさま……


最初は、風の音かと思った。


けれど、たしかに口調があった。

声色があった。


「おなか、いっぱい……ありがとね……」


地面の奥から、**“誰かの声”**がした。


その夜、その子は眠れなかった。


枕元の下から、また同じ声が聞こえてきた。


──もうすこし、ほしいな……

──また、あしたも……ちょうだい……


次の日、学校でその話をした。


「おまえ、なに言ってんの。地面がしゃべるわけねーじゃん」


「じゃあ、今度一緒に来てみろよ」


夕方、友達と公園に行き、今度はポテトチップスのかけらを落としてみた。


しばらくすると、土の表面がわずかにへこみ、そこから小さな“くぼみ”ができた。


そして──そのくぼみが、ゆっくりと開いていく。


まるで、“唇”のように。


穴は開かない。

ただ、地面が、口の形だけをして動いていた。


──パリ……パリ……

──サク……サク……


落としたチップスの音が、土の中から聞こえる。


友達は震えながら帰っていった。


それから、子どもたちの間で妙なブームが起きた。


お菓子のかけらを公園の地面に落とし、「どんな声が返ってくるか」を試す遊び。


「今日の声、女の人だった」

「おれのとき、“もっと甘いの”って言われた」

「せんべい落としたら、“これ、おばあちゃんの味”って言われた」


奇妙な共有が、子どもたちの中で広まっていった。


しかし、ある時から異変が起こる。


落とされた食べ物を“放置して帰った”子どもたちの家で、奇妙な現象が相次ぐようになる。


──夜、家の床下から、咀嚼音が聞こえる。


──台所の隅に、土の臭いが漂う。


──誰もいないはずの脱衣所で「おかわり……」と呟く声がする。


最初に消えたのは、例の男の子だった。


「また明日、持ってくるね」と言い残して、次の日から姿を見せなくなった。


警察は家出扱いで捜索を始めたが、行方はつかめなかった。


家の床下は、異常がなかった。


ただし、ひとつだけ異変があったという。


床下の土が、“舌の跡”のように波打っていた。


やがて、公園のブランコの下に、小さなメモが落ちていた。


紙は汚れており、にじんだ文字でこう書かれていた。


【あしたも もってきてね そしたら なか みせてあげる】


これ以降、食べ物を持っていかなくなった子どもたちの家庭で、異常が続く。


冷蔵庫の食材が減っていく。

包丁がまな板の上で勝手に揺れる。

深夜、廊下に“ぬれた足跡”が現れる。


そして次第に、家そのものが“食われ始める”。


壁に噛み痕のような跡。

床がふやけ、カーペットに歯型のような穴。

戸棚の奥が“ぬめった唇”のように動いている。


町内会で封鎖された公園。

だが、封鎖のテープの下には、毎晩新しいお菓子が置かれている。


だれが置いたのかはわからない。


ただ、次の日には必ず消えていて──

砂の上には、“手の跡でも足の跡でもない”形の凹みがある。


その中心に、小さな唇のような跡。


最近では、公園の地面だけでなく、学校の砂場からも声がするという。


──おいしかったよ

──つぎは もっと やわらかいの たべたいな……


そして今日も、どこかの子どもが──

「今日はぼくのを食べてくれた!」と、笑っていた。


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