『笑ったら、連れていかれる』
その神社の祭は、誰にも知られてはならないとされていた。
山奥、電波の届かない集落。
そのまた外れ、獣道の先にぽつんとある、屋根の剥がれた神社。
伝承では、「笑ってはならない祭」と呼ばれていた。
本当にそう書かれていたのだ。
「笑うな、笑った者は“連れていかれる”」
誰が、どこへ──それは書かれていない。
噂の出どころは、十年ほど前の地方紙の短い記事だった。
「──深夜の祭事中、複数の参列者が同時に姿を消す」
「──記録映像の音声がすべて消去されていた」
「──誰も“何を見たか”を語らない」
それが都市伝説系のフォーラムで話題になり、俺たちは動いた。
地元心霊YouTuberチーム“廻所(めぐりど)”の3人組──
俺(慎吾)、カメラ担当の田所、そして音声編集の久瀬。
「笑ってはいけないとか、逆にウケるよな」
「ちょっとクスっとしただけで呪われるとか、コントじゃん」
冗談半分で、山へ向かった。
地元の廃社協会に連絡を取ると、「あそこは本当にやめておいた方がいい」と渋い反応。
だが、例年祭が行われるという“その日”に、神社へと向かった。
夜八時。
予告通り、山道に松明の列が見えた。
男たちは白装束、女たちは顔を隠した白面。
神主らしき人物が、手に奇妙な紙の束を持っている。
「すげえ、本当にやってる……」
興奮して撮影を開始した。
田所が手持ちカメラ、俺がスマホで動画。
久瀬はハンディ音声レコーダーで高感度収音。
儀式が始まったのは八時半。
神主が木の棒で地面をなぞり、全員が何も言わず正座をしている。
祭囃子も掛け声も、何もない。
ただ、沈黙だけが続く。
風もない。虫も鳴かない。
……その異様な静けさに、俺たちは少しずつ“場の空気”に飲まれていった。
そして、事件は起きた。
「クス」
田所が、息をこらえたつもりの小さな笑いを漏らしたのだ。
神主が顔を上げた。
全員が、ピクリと動いた。
そして次の瞬間、神主と巫女たちが、“神社の裏手”に向かって一斉に土下座した。
誰もいない。
だが、全員が“何か”に向かって、額を地につけている。
その姿勢のまま、十数分が過ぎた。
寒気がした。
俺たちは、何か取り返しのつかないことをしたのだと悟った。
田所の顔が青ざめていた。
「……もう帰ろうぜ、慎吾。な?」
「わかった……久瀬、カメラ止めて……」
その瞬間、カメラが切れた。
音声も消えた。スマホが熱くなり、落ちた。
それでも、三人で足早に山を下った。
無言だった。
帰宅後。
データを確認した俺は、血の気が引いた。
録画ファイルの“音声だけ”が、すべて消えていた。
10GB以上ある動画。画面はある。
動いている。誰かが話している口の動きもある。
だが、無音。
音声編集の久瀬も愕然とした。
「マイクの波形が全部ゼロ……こんなの、物理的にあり得ない」
それだけではなかった。
再生された映像の中に、“奇妙な点”があった。
神主や巫女が土下座する瞬間──
田所が笑っていなかった。
無表情だった。口も動いていない。声も出していない。
けれど、俺の顔が笑っていた。
記録では、笑ったのは“俺”になっていた。
俺の顔だけが、不自然に歪んでいる。
一時停止してみると、目の焦点がどこか合っていなかった。
まるで──“どこか別の場所”を見ていた。
久瀬の録音ファイルには、唯一音が残っていた。
無音の中、わずかに再生される音。
──クス。
──クス。
──クス。
──クス。
何十回も繰り返される、誰のものともつかない“笑い声”。
だがそれは──俺の声だった。
「これ、俺じゃない。マジで、笑ってない」
田所も久瀬も言葉を失っていた。
その夜、三人のグループLINEに動画が届いた。
誰も送っていない。
動画タイトルは、こうだった。
【ワラッタノハ オマエ】
再生すると、俺の顔が画面いっぱいに映っていた。
笑っている。
声が、延々とループしている。
【クス、クス、クス、クス、クス……】
画面の奥、俺の背後には──**山の中で見た“誰もいなかったはずの場所”**が映っていた。
そこに、“何か”が立っていた。
影のようで、顔のない何か。
そして、その“それ”もまた──笑っていた。
翌朝、田所が失踪した。
部屋には何もなく、スマホもパソコンも消えていた。
ただ、録画デッキの中に一本のDVDだけが残されていた。
表面には、こう書かれていた。
「笑ったら、連れていかれる」
そして今日も、俺のスマホには通知が届く。
「笑顔、見せて」
映像を消しても、音声を消しても、“あの笑い声”だけは何度でも戻ってくる。
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