第6章 黄昏の選択
13話
峻と陽菜乃はノートを読み終え、ふと壁の時計に目をやる。いつの間にか黄昏時が近づいていた。
講堂は夕日に照らされ、窓から射し込む光が長い影を落としている。
峻は窓の外を眺めて、ぼそりとつぶやいた。
「黄昏時だな…。」
誰に言うでもない声に、陽菜乃も黙って外を見る。
陽菜乃「何か起きるのかな…。場所、間違えたかな?」
峻「どうだろうな。少し待ってみよう。」
窓の外には静まり返った校庭と茜色の空。
けれど、その光景はどこか現実感がなく、絵画でも見ているようだった。
陽菜乃が小さく息を呑む。
「…なんか、怖いね。」
峻も黙り込む。
そのとき、不意に黒板の中央に文字が浮かび上がった。
「記憶を失い、現実に戻る」
「道を進む」
峻は驚いて一歩後ろに下がり、陽菜乃も息をのむ。
陽菜乃は静かに呟く。
「…二つ、書いてあるね」
峻は黒板に近づき、浮かんだ文字を見つめながらつぶやいた。
「『記憶を失い、現実に戻る』『道を進む』、帰れるのか!」
峻は胸の奥で、もう一つの選択肢がざわめくのを感じていた。
「記憶を失い、現実に戻る」…確かにそれは『帰る』ことだ。だが、それはすべてを忘れてしまうことでもある。
「道を進む」…未知の先に向かう道だ。リスクもあるが、可能性もある。
けれど、そのどちらでもない、『このままここで生きていく』という選択肢が、心の片隅で静かに芽生えていた。陽菜乃がいるこの世界で。
だが、それを口にすることはできなかった。
峻は黒板の文字を見つめ続け、深く息をついた。
陽菜乃は少し俯きながら、ぽつりと呟く。
「私、帰れるなら帰りたい、ここでの記憶は失いたくないけど…」
峻はじっと彼女の言葉を受け止めてから、静かに答えた。
「うん、わかるよ…。でも俺はできれば進みたいという気持ちがあるんだ。」
峻は少し目を伏せ、言葉を選ぶように続けた。
「このままじゃ、何も変わらない気がしていて…。ずっと同じまま、流されて終わるだけで。だから、怖くても何か動き出さなくちゃって…、今がチャンスかもしれないという、そんな気持ち、分かってもらえるかな?」
陽菜乃は一瞬だけ真剣な表情で峻を見つめた。
そして、小さく息を吐いてから、優しく微笑んだ。
「峻がそう思ってるなら、私も一緒に進もうと思う。怖いけど、一歩踏み出すことが大事だと思うから。」
彼女の言葉に、峻の胸の中に温かいものが広がった
「いいのか?」
峻は陽菜乃の顔をじっと見つめながら、慎重に尋ねた。
「いいよ、進もう」
陽菜乃は迷いなく、でもどこか覚悟を秘めた声で答えた
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