マギア・オルファウン

ののしのの

序章

モノローグ

『誰!?』

 ──あの日、私の人生は変わってしまった。

 薄暗い路地の街、名前も知らないそんな土地でただ平凡に生きていた、はずだった。

 生まれた頃の記憶はない。物心がついた時にはもうここにいた。

 私ともう一人、私の母……らしい、オウティノ・アイニシスの二人で質素な暮らし。

 別に不満なんてなかったし、この生活が続けばいいと思っていた。

 ……だけど。

『あんたがオウティノだな? ボスがお前に用があるんだ。大人しくついてきてもらおうか?』

『そうそう、うちらには逆らわない方が身のためだぜ?』

 野蛮そうな男たちが家に押しかけてきた。

 私は咄嗟にクローゼットに隠れてやり過ごす。

 でも、隙間から見えた母の苦しげな顔にいてもたってもいられなくて。

『お前たち! ここから出ていって!』

『シフィア!? 隠れていなさ──』

『お母さん、今は黙ってて! お母さんが苦しんでいるのに隠れてて何が子供だっていうのさ!』

 母の静止を振り切って男たちのもとへ飛び込む。

 無我夢中だった。

 しかし、結果はあっけないもので。

『このガキ……どうします?』

『ボスから命令もないしな、好きにしろ』

 母を守ることができなかった。

 そんな自責の念が、今も私の頭にこびりついている。


「……デュオン、敵の様子は」

『外にたくさんで中にはお目当てのもののあたりに数人かなー。まぁ、ルセちゃんなら大丈夫だよ』

「今は任務中。アルセーヌと呼んで」

『はーい』

 冷たい風がアルセーヌと称する少女の頬をひらりと撫でる。

 深い闇の中、少女は虎視眈々と機会を窺っていた。

『全員に通告。今から斥候部隊が突入する。アルセーヌはいの一番に対象を盗んできて』

「……了解」

 インコムを通じて司令担当のメイオンが指示を出す。

 一度深い呼吸を挟む。

 刹那、正面で爆発音が炸裂した。

 ──開戦の合図だ。

 アルセーヌは木々を飛び移り、対象の保管されている部屋の窓をかち割る。

「侵入者! 直ちに増援を──」

「させるかっ!」

「ぐわっ!」

 男の鳩尾に強烈な蹴りを一撃。

 周りの監視係はアルセーヌに銃口を向ける。

「手を上げろ。大人しく投降し──」

「投降しろ、だって?」

 アルセーヌは瞬間に姿を暗ます。

「見失った! 一体どこにっ──」

「……残り三人」

「なんだこいつ! 普通の怪盗とはものがちが──」

「一般の人間だと思っているのか……舐めないでもらいたい」

 アルセーヌの目が妖しく光る。

 地面が抉れるほどの強さで最後の一人に向かって駆け出す。

「ひっ、来るな! 来るな──」

「……すまないね、依頼なんだ」

 逃げまどう男の顔面に鋭い蹴りを入れ、壁に吹き飛ばす。

 扉の向こうからガサガサと大人数の移動する音が聞こえてくる。

 先の増援とやらだろう。交戦が面倒になったアルセーヌは目当ての品を盗み取り、そのままその場を立ち去る。

「こちらアルセーヌ。依頼品は回収した。斥候部隊は撤退していいよ」

『りょーかーい。全員皆殺ししてから帰るねー』

「……無駄な跡は残さないでね」

 通信越しに彼女の愉しそうな声が聞こえてきて、どこか呆れのようなため息が漏れ出す。

 怪盗としてあそこまで残虐な行為をされるとこちらも少し悩ましく思うものなのだが……。

『デュオン、そろそろ戻らないと怪盗警察が来ちゃう。撤退して。これは命令』

『はーい、まだやり足りないのに』

「みんなはアジトに戻ってて。ボクは連合に渡さなきゃいけないから」

 そう言ってアルセーヌは通信を切る。

 数刻ののち、アルセーヌは連合の待ち人と合流した。

「……しかと預かった。報酬は後日配送しよう」

「感謝します……。ところで、その様子だと、また依頼がありそうですね?」

「君は勘が鋭いな……これも『怪盗』たる所以……というものかな」

「勘が鋭くなければおおよそ怪盗なんざやってられませんから」

 『怪盗』──荒廃した地球と偶然繋がった異世界ドゥエンナとの抗争の果てにドゥエンナの技術を盗用しようと組織されたスパイ軍団の総称だ。

 ドゥエンナと繋がったことで今や地球にも魔素と呼ばれる存在が漂っている。

 魔素を用いた技術を地球に持ち込むために組織されたのだ。

 そして、その技術品や情報を盗むことで地球連合から報酬を受け取る。そういう御恩と奉公の関係が成り立っている。

「次の依頼だが……少々面倒でな」

「今までの実績から見ても……ですか」

「あぁ。何せ……《コスモストロイドX》の管轄内だからな」

 依頼人の男が少し顔を渋くさせる。

 《コスモストロイドX》。地球からドゥエンナに渡り、異世界技術と地球技術の折衷作品を生み出している会社であり……怪盗にとっての天敵である。

 怪盗警察を運営しており、その奴らに見つかって仕舞えば最後、慰めものになるだろう……と言われている。真相は闇の中だ。

「君たちは優秀な怪盗だ。失うわけにはいかない。だからこそ、慎重に決めてほしいのだ」

「……一応聞きますが、断った場合は」

「何もせんよ……言葉通りでな」

 手出ししない、という意味ならどれだけ良かったろうか。

 この男は『怪盗としての援助を一切行わない』と言いたいのであろう。

「……所詮私たちは連合の狗です。断りはしませんよ」

「そう言ってくれると思っていたぞ」

 報酬は弾んでやるから喜んでくれ、と言って男は立ち去った。

 アルセーヌは机に突っ伏して、窓越しに見える宵闇に呟く。

「──早くボクのバディ、見つからないかな……」

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