第23話「ほのかな光と、不確かな道の先に」
商業エリアの喧騒はすでに遠く、静かな通りを二人は歩いていた。街灯が一つ、また一つと灯り始め、古びたアスファルトの上に柔らかな黄金の光を落としていた。アリサはアケミの隣を歩きながら、まるでこの瞬間が永遠に続けばいいと願うかのように、ゆっくりとした歩調だった。
「家はもうすぐよ。あと五分くらいかな」
突然アリサが口を開いた。
アケミは軽くうなずく。
「じゃあ、あと五分、歩こう」
アリサは彼を横目で見つめ、しばらく何も言わずに微笑んだ。その笑顔には、言葉以上の意味が込められているようだった。
「ねぇ、私ばかり話してるけど……うるさかった?」
「少しだけ」
「なら、止めればいいのに」
「俺、礼儀正しいから」
その返しに、アリサはふふっと優しく笑った。
「アケミはどうしたいの? その、卒業したら」
アケミはすぐには答えられなかった。自分のことを語るのは、得意ではない。
「まだ分からない」
「ヒントもなし?」
「論理とかプログラミングとか、そういう人と関わらない分野かな。でも最近気づいたんだ。どれだけ避けようとしても、社会って結局、人との関わりから逃れられない」
「それって、ただの言い訳に聞こえるよ?」
アリサは後ろで手を組みながら、楽しげに言った。
「かもな。俺、誰かが扉をノックする前に鍵をかけるのが得意なんだ」
「もし私がノックしたら?」
「たぶん君が、自分で扉を閉めると思う」
その言葉に、二人は静かになった。
静かに二つ角を曲がると、低めの街灯と手入れされた植え込みに囲まれた道に出た。先に、白い二階建ての家が見えてきた。二階の窓からは、薄いカーテンがそよ風になびいていた。
「あそこが私の家」
アリサが指差して言った。
二人は門の前で立ち止まる。沈黙は、妙に心地よかった。
「それで……卒業したら、世界を優雅に手に入れるの?」
アケミが少し皮肉っぽく尋ねた。
「ううん、よく分からない。ただ…時々思うの。私は姉のシナリオをなぞってるだけじゃないかって。そしてこの“今”が終わったとき、自分のものが何も残ってないのが怖いの」
アケミは、しばらく彼女を見つめた。街灯の光に照らされるアリサの琥珀色の瞳は、いつものような挑発的な輝きではなく、どこか儚げだった。
「なら、自分の脚本を、今から書けばいいんじゃないか」
アリサは視線を落とした。その瞬間、言葉が見つからなかった。
「送ってくれてありがとう」
「家に入れてって言われなくて、助かった」
「もし、入ってって言ったら?」
「断るって分かってるでしょ」
アリサは静かに笑った。
「止めてくれると、本当に現実に戻れる気がする。私、そういうの……好き」
ふわりと風が吹き、アケミは一歩下がった。
「じゃあ、月曜日に」
アリサは動かずにうなずいた。
「月曜日ね、アケミ」
彼は背を向け、ゆっくりと歩き出した。
――けれど今回は、不思議と「どうやって距離を取ろう」と考えるのではなく、「どうすれば、近づきすぎずにいられるか」を考えていた。
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