第5章:「嘘と女王…そして誰かの待機」

雲一つない青空。

太陽はまだちょっと暑く、だけどジャケットを脱ぐほどじゃない──そんな、火曜日の午後。


学園はいつも通りのドタバタ劇場。

友達と遊んだり、青春ドラマに巻き込まれたり…。


でも、アケミにとって今日は違った意味の日だった。


――廊下を歩きながら、ハルトが半分抱きつく勢いで叫ぶ。


「おい、兄貴、今日は俺らと行こうぜ!」


「どこに?」


「アーケード!ダンスゲームでリベンジだ!今度こそお前を倒す!」


「前回、あの小学生に負けて、財布まで奪われたからパスだ」

アケミはいつもの無表情で言った。


「それ、心理戦だったんだぜ!」

後ろからカイトが叫ぶ。「あの子、サイコパスだって!」


「結構です」──アケミは立ち止まり、冷たく言った。


――その心の奥では、

(…ウソ、急げるヤツ。バレなきゃOKだ)


「物理の先生に手伝い頼まれてな」

アケミは即興で言い放った。


仲間は微妙な顔をする。


「火曜日に重い荷物運ぶのかよ?」


「急ぎだってさ」


「…それ、今までで一番嘘くさいぞ」


アケミはもう言い返さず、深く息を吸って立ち去る決意を固めた。


――そして向かった先は、例の旧校舎。



旧校舎・秘密のサロン


彼がドアを軽く押すと、ティーテーブルの向こうに…

そこにはアリサ・キリュウインが待っていた。


白いブラウスにティーカップが2つ。

彼女は静かに膝を組み、その鋭い目が彼を誘っていた。


「来たのね」


「約束は守る主義で」


「――偽ったの?」


アリサは一瞬、舌先で自分の唇をなぞった。


「あなた、演技派」


「悪くない」


彼女はぐっと身を乗り出す。


「今日は…ただのおしゃべりよ」


「いや、全部トラップに見える」


アリサは楽しそうに笑った。


「それが面白いの」


繰り返しカップを注ぐ音。ティータイムの静寂は互いの呼吸を引き立てる。


「…告白したことある?」


「ない…たぶん」


「私…あなたが私を避けるのが楽しい」


「それ、褒めてる?」


「皮肉じゃない」


アリサは意味深くにっこり笑って、

真剣に彼を見つめた。


「耐える限り、私は見ているわ」


アケミはカップを見下ろし、

(この部屋は…氷山の中の火山みたいだ)と思った。


その時、彼女の声が耳に届いた。


「好きだよ、アケミ」


言葉は柔らかく、意味深で…。


アケミはゆっくり顔を上げた。



🌙 夕方、自宅で


帰り道、空にオレンジがにじむ頃、

アケミは一人、静かに歩いていた。


(これじゃゲームじゃない。戦争だ…しかも香り付き)


家の鍵を回すと、

玄関がひらりと開いた。


「ちょうどよかった、アケミくん」──母親の明るい声。


そして──そこにいたのはミウ。


白でまとめたワンピースに、小さなヘアリボン。

可憐な笑顔が、彼を見つめていた。


「ちょっとお話ししていい?」


アケミは戸惑いながらも頷く。


母は二人をリビングに招き入れ、紅茶の支度へ。



リビングの瞬間


ミウはアケミの腕をそっと掴み、

彼の隣に滑り込む。


「肩、硬いね…」

蜂蜜のような甘い声。


「カルシウム入りシャンプー使ってます」


彼女は甘い笑い声を漏らすが、その距離は急接近。


アケミは内心パニック。

(香水にキラキラ…俺だけが敵じゃない)


静寂の中、紅茶のカップが静かに鳴った。


ミウはさらに小声で甘える。


「そばにいたいの…ちょっとだけ」


暖かなひと時だが、彼にとっては罠の密室。



(香りと視線と嘘…!

俺は何のゲームに巻き込まれてんだ?)


しかし、身体はもう離れられず…

彼女たちの誘惑は、いつの間にか狩りの檻を形作り始めていた。

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