伍枝商店 回顧録
未定
第0章 蛙の眼に映るは
「何してんだ」
そう声をかけてきたのは、僕の働く店「何でも屋『伍枝商店』」で共に仕事をしている、数少ない同僚兼友達の一人、紅月 夕緋(あかつき ゆうひ)である。
「日記を書いてるんだよ」
「日記?そんなの書いてたか?お前」
そんなことを言いながら、夕緋は僕の前に腰掛ける。日記に興味があるのだろうか、意外である。
「最近描き始めたんだよね。はまってるんだ、文章を書くのとか」
「へー。でも、何書いてるんだ?今日は特に何も無かっただろ」
人の日記の内容を聞くとは。こいつ案外気遣いとかしないタイプか?と思ったが、暇だったので夕緋で少し遊ぶことにした。
「なんだと思う?」
「いや、知るわけないだろ。お前が書いてる日記の内容なんて」
夕緋はわざとらしく、めんどくさそうな顔をする。
「まぁまぁ、当てずっぽうでいいからさぁ」
そう言って急かすと、観念したのか真面目に考え始めた。その様子を面白おかしく眺めていると、不意に顔を上げる。
「あー…じゃあ、カエルについてを百ページ」
コイツ、真面目に何を言っているんだ、と目を丸くすると、夕緋はニヤリと意地悪な顔で笑った。
「蛙についてでも、流石に一回で百ページは無理だよ」
「お前ならやるだろ、カエル星人」
「変な呼び方するのやめて貰えるかなぁ、蛙だから許すけど」
そう言ってうんうんと頷くと、今度は呆れたような、それ見たことかと言わんばかりの顔をする。
「お前の中のカエルはなんなんだよ」
「知っての通り、僕の生きる意味の一つかな」
「ヤバいなお前」
「それほどでも無いよ」
そう、それほどでも無い。ただ蛙が何よりも愛してやまない存在なだけである。そもそも僕は生き物が好きで、全ての生き物に愛を注いでいる。興味の対象で、僕の生きる意味なのだ。そしてその中で、群を抜いてカエルが好きである。僕の頭の八割以上は生き物で埋まっているし、そのまた半分はカエルで埋まっていることだろう。
「じゃあ、これ以外ならなんなんだよ」
「え〜?まぁ色々あるんだけどさぁ、あっさり教えるのも面白くないじゃん」
「しのごの言わずさっさと吐け」
ユウヒは少し苛立ったような、呆れたような声色で催促する。僕がこういった回りくどい話し方をするのはいつものことだろうに、一体いつになれば慣れるのだろうか。
「わかったわかった、話すって。せっかちだな君」
「誰だって同じような反応だろ」
「そうかなぁ、そうかも」
わざとらしくとぼけた様な仕草をした後、夕緋の方に向き直る。
「で?なんなんだよ」
「それはねぇ、まあ日によるかな」
「は?」
「いやーねぇ?色々種類があるのだよ」
「…わかった、じゃあ順に話していけ」
夕緋はとうとうツッコむことをやめたのか、素直に話の続きを促してくる。
「はーい、じゃあまずは『ないこと日記』だね」
「ないこと日記?」
「そー、有る事無い事書くの」
『ないこと日記』これは、僕の想像の中だけに存在する世界を、そのまま日記に残したものである。日常生活を送る中で、こんなことがあったらいいな、こんなこと起きないかな、などさまざまな想いが生み出した幻想を、僕は日記に書くことにしたのだ。
「なんでそんなもん書くんだよ」
「好きな作家さんがいてね、その人が書いてる小説は五分程度で読めるものなのだけど、それはどれも独特な世界観を持った美しい世界なんだよ」
あの作品は素晴らしいのだよ、そう話を続けようとするのを、夕緋が元の話に戻す。
「それで、その真似をして書いてんのか」
「そう!感化されちゃったんだ、その作家さんに」
そういう僕を尻目に、夕緋は興味があるのかないのかわからない相槌を打った。
「毎日書いてるのか?」
「いや、思いつき次第書いてるから、結構不定期」
「ダメだろそれ、日記として」
日記は毎日書くものじゃないのか、という至極真っ当な指摘をよそに、僕は机に置かれたコップのお茶をグビリと飲み干す。
「いいんだよ、好きなことは好きにやるべきじゃん」
そういうと、夕緋は少し納得した様な顔をした。
「ふーん。他は?」
「他はねぇ、普通の日記。君たちのおかげで普通になりそうにないけど」
「どういう意味だよ」
心底疑問そうな問いに、僕は勢いをつけて答えた。
「そのままの意味だよ!君たちね、想定外の行動しか取らないじゃんか、普通に書いても意味わかんなくなるのは当然だよ」
「んなことないだろ」
そんなこと、あるわ!と、言いたくなるほどに、僕は平凡とは程遠い生活を送っている。
「何でも屋『伍枝商店』」は、僕を含めた五人の変人達が運営している。それぞれ番号が振り分けられた、得意分野を行う「店」が用意されており、各々そこで個人での仕事をおこなっている。店、といっても呼び名だけで、仕事用の作業部屋、と言った方が近しいかもしれない。そこに客を呼べるようにしている奴もいれば、完全な自分の部屋にしている奴もいる。そうやって共に仕事をこなす五人だが、とにかく個性が強い。各々大事な友人で、行動を共にするといった面では実質家族の様なものなのだが、いかんせん個性が強いので、今まで普通の日常を送れたことがない。問題児、と言っても差し支えないレベルである。
せっかくなので、ここで紹介していこう。
一番店舗を担当しているのは、寶月琉海(ほうげつ るか)だ。年は18かそこらで、五人の中で一番背が高い。濃い青い髪に白いメッシュの入ったウルフヘアを持ち、ファーのついた藍色のパーカーをよく着ている。彼女は絵を描くのが好きで、絵描きを主な仕事としている。そのためか、店には人を入れず、絵の作成を主とした作業部屋となっているようだ。人見知りではあるが人に優しく、他の者に比べておおらかな性格をしているが、一番怒らせてはならない人である。
二番店舗の担当は紅月夕緋、目の前にいる人物である。一応、この店舗のリーダーだ。赤い髪が特徴的で、よくパーカーを着ている。年はたしか、16だっただろう。瞳と同じ淡い青の石が嵌められた首飾りを、肌身離さずつけている。要領がよくずる賢いため、何か大きな仕事が来た際の作戦や戦闘、任務を指揮し行うのは彼であることが多い。それ以外の時はバイトをしたり、店の依頼をしているが、よくサボるやつだ。手ぐせも悪く、ルール違反はもはや日常茶飯事である。店は雑用部屋といった感じだが、ほとんど使われていないので客を招くこともでき、個人の客はそこで対応しているらしい。
三番店主は神楽伊織(かぐら いおり)である。この店の創設者であり、メンバーを集めたのもこの人だ。年齢やこれまでの出来事など、謎なことが多く、外見は背が低いため少女のようである。灰色の髪で左目が隠れており、刈り上げのハーフアップで、耳にはバッチバチのピアスをつけている。超がつくほどの気分屋で、自由人で、めんどくさがりで、そのため店はもはや自分の物置き部屋となっているようだ。地頭がよく天才肌であるため、やる気さえ出せば大抵のことができ、情報管理や操作、機械系統の仕事、その他作成案や重要な仕事を多く引き受けている。が、やる気が無ければ何もしなかったりするのが玉に瑕である。
四番店舗を担当しているのは、虎來珀久(こらい はく)だ。歳は、夕緋と同年代だっだだろう。この男は、金と白の髪と虎の耳を持っているが、獣人ではなく虎の異能力を持った人間である。他の者も、琉海以外はそれぞれ異能力を持っているのだが、説明はまたの機会としよう。彼は力が強く体力もあるため、力仕事を多く引き受け、かつ他の奴らに押し付けられている。ユーモアに溢れ、意外にも論理的な考え方をしているが、感情的な人柄でもある。沸点が低かったり、暴走癖はあるものの、義理深く人付き合いが良いタイプである。
五番店舗を担当するのはこの僕、蛙楽透異(あいらく すい)だ。尖った耳の片方に提灯のような耳飾りをつけていて、和服を好んできている。目は玉虫色で、短髪の黒髪である。尖った耳、といったところで気づいた人も多いかもしれないが、人間ではない。とある種族の生まれなのだが、その中でもむしろ妖怪や怪異に近い存在らしい。先に述べた通り生き物が好きで、それの優先順位が非常に高い。そのため、生き物や怪奇現象などを主に仕事としている。店は客と話せる居酒屋のようになっており、入り浸っている者も多い。といっても、ニンゲンではないことのほうが多いのだが…。
といった風に、伍枝商店には個性の強い変人たちが集まっている。僕はこの中では一番まともである自負があるのだが、他の奴らに言わせてみれば同じくらい、だそうだ。そういった個性派変人揃いでの共同生活となると、当然トラブルはつきものなのである。
「あのさ、此の前だって君たちやらかしてたじゃん。どこか行く時は絶対遅刻するし」
「別に大したことねぇって」
「三時間もの遅刻を大してことないっていうのやめてくれる?やった張本人が」
そう言って攻めると、何を言ってんだ、みたいな顔をされる。
「全員するだろ、お互い様じゃね?」
「うーん、それは確かに」
確かに、それはそうだ。この店にいる者は全員、時間は守らない。と言っても僕は元々守る方だったのだが、コイツらと暮らすうちに麻痺してしまった。
「で、そういう普段の日記を書いてるんだな?」
「そうそう。日常の中の非日常を、日々日記に認めているのだよ」
「へー、あっそう」
こいつ聞いといて興味なさそうだな、と思っていると階段から足音が聞こえてきた。
「こんな時間に何してるの?」
「あ、琉海さん!」
階段から降りてきたのは、先ほど話した人物の一人、寶月琉海だ。先ほどまで風呂に入っていたのか、髪の毛が濡れており、肩には白いタオルが巻かれている。
「こいつの日記について話してた」
「日記?スイ、日記なんて書いてるの?」
不思議そうな顔をして琉海が聞いてくる。
「そーそー、最近ハマってるんだよね」
「へ〜、いいじゃん」
「でしょでしょ〜」
琉海は大抵ほとんどの出来事を肯定で返す。それは世辞のこともあるが、今回は純粋によしとしてくれているようだ。
「日記ってことは、やっぱり一言二言、一日の総括を書くって感じなの?」
「いや?僕が普段書くのは印象に残った会話とか、思いついたこととか、今考えてることとかかな」
「何ページぐらい書くんだ?」
「だいたい一から四ページだね」
「四ページ?長!?」
「どんだけ書いてんだよ」
四ページと言ったが、これはものによる。思いついたものを書き連ねていればこの数になるが、『ないこと日記』のような物語となると長編か短編かで枚数が変わってくるのだ。
「書いてるのは『ないこと日記』と普段の日記だけか?」
「そうだね。ただ普段の日記には、面白いことがあるんだよ」
「面白いこと?どんな?」
琉海が聞くのに対して、夕緋がやめておけといったジェスチャーを送る。聞くと長丁場になって面倒だと思っているのだろうと察しはつく。けれど僕は喋りたい気分だったので、それを無視して話を続けることにした。
「普段の日記には僕の中で二種類あって、一つはさっき言ったようにバババッて好きなこと書く日記。そしてもう一つ別冊で、その日に起きたことを記録する日記があるんだ」
「記録する日記?」
記録する日記とは、僕が普段書く日記とは違い、日常を記すために使っている特別な日記である。この特別な日記のことは『回顧録』と呼ぶことにしよう。回顧録に使ってるノートには、所有者の体験したことを書き写す術が付与されている。そのため、日記を書く本人が書きたいと思った内容や情景を、本人の目線(たまに他者とか、第三者目線になるけど)で、より早く正確に書けるのだ。
「なんだそれ、なんでそんなもん日記に使うんだよ」
ユウヒが正気かとでも言いたげにこちらをみる。
「いや、日記以外に何に使うのこれ」
「公務とかお偉いさん用だろ。機密事項を書くやつとかさ」
「あ、ありそう。記録できるわけだし」
そんなこと考えてもみなかったが、可能性はありそうである。
「そんなもんを日記に使うなよ」
「いいじゃん、便利なんだしさァ」
そう不貞腐れていると、琉海が声をかけてくる。
「凄そうだけど、高くない?結構難しい魔法でしょ?」
その表情には心配の色が浮かんでいた。
「いやーそれがねぇ、これそこらの露店で、訳ありだからって格安で売ってたんだよ」
「訳あり?普通にやばいじゃねーか」
「いやでも、変な感じはしなかったし、やすいし、儲けもんだな!って思って買っちゃった」
そう言い切ると、夕緋は頭を抱えてしまった。
「やばそうだね」
「変なこと起きたらお前がなんとかしろよ」
夕緋がそうすごむのに、適当に返事をする。
「はいはいわかってますよーっと。そうだ二人とも、君たちもこの日記書かない?」
「は?なんでだよ」
「やっぱ各々の視点で日記読みたいじゃん?ってことで、はいこれ」
そう言って僕は、先ほど見せた日記よりひとまわり小さな冊子を取り出す。
「なに?これ」
「日記の、別冊。これに書かれた内容は、すべて本冊子にも記されるんだ。普通に書くこともできるし、魔力を使って念じれば、多少時間は食うけど別に書く必要ないしさ。簡単にできるでしょ?」
「まーたしかにな」
「それに、本冊子は書いた本人に許可を得ないと基本的に見れない仕様になってるから、秘密も描いて大丈夫だよ♪」
そう言うと、夕緋は馬鹿じゃねぇのとでも言いたげな顔をした。と言っても本気で嫌、と言うわけではなさそうで、少し安心する。琉海も呆れてはいるものの、日記自体に忌避感はなさそうであった。
「ってことでよろしくね、残りの二人にも渡しておくし。良いものができることを、たのしみにしておくよ」
「決定事項なのかよ」
「もちろーん」
そう言って夕緋に茶々を入れていると、琉海から声がかかる。
「はいはい、わかったから。ほら、もう十二時回ってるよ。二人とも早く寝よう」
「はーい」
「よっし寝るか〜」
そう言って三人は部屋を後にした。机には日記と水滴のついた空のコップだけが残されており、あたりは静寂に包まれる。このノートに書かれているのは、まだ数ページ。これからどれだけ彼らは経験し、そして何を感じるのか。このノートに綴られるそれらをみるのが、今からとても楽しみである。初めの日記は、これくらいにしておこう。次回作に乞うご期待、だ。
著者:蛙楽透異
伍枝商店 回顧録 未定 @taniguku9
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