第17話 過去のトラウマ

教育後、真琴はベッドに入り、足枷を装着していた。

その様子を、椅子に座り微笑みながらじっと見つめていた怜司は、おもむろに立ち上がり、ベッドの端に、腰を下ろした。


「ね、真琴?僕のこと、好き?」


顔を覗き込むように、怜司が囁く。


……答えを間違えるわけにはいかない。今までの演技が台無しになる。


真琴はこれまで、練習してきた微笑を忠実に再現して、優しい声で答えた。


「もちろん大好きだよ」


間髪入れずに怜司がくいにかかる。


「どんなところが?」


嘘を見抜こうとする瞳が、ずっと真琴を捉えて離さない。

真琴は真っすぐに怜司を見つめた。


「全部、大好き。怜司の優しさとか、愛情とか……」


「全部……か。優しさに愛情?一遍通りの答えだね。……じゃぁ、僕にどんな過去があっても、君は好きでいてくれる?」


怜司の瞳の奥に、冷たい氷が宿っていく。

俯いた彼は、ゆっくりと語り始めた。


「僕の母さんはね、僕が6歳の頃、家を出て行った。父さんが言うには新しい男を作ったからだって。父さんもさ、母さんが出ていく前までは多分、優しい人だったんだと思う。幼い頃の僕を肩車した笑顔の写真やら、家族旅行の写真なんかが大量にあったから」


一拍間を置いて……次に話す怜司の声色はワントーン下がっていた。


「僕が覚えてる父さんは俗に言う、ろくでもないやつ。酒飲んでは暴れてたよ。ギャンブルもするし、女はいつも違った。夜帰ってこないことだってザラだった。あいつさ、僕殴る時は、どんなに酔ってても顔は殴んないの。服だってその時の父さんの女がよく買ってくれてて。おかげで学校でも、バレることはなかったよ。身体は痣だらけなのにね」


怜司は下を向いたままフッと笑った。


「困ったのは食事だよ。食べなきゃ死ぬからね。僕は女に媚売ってお菓子やらなにやら買ってもらったよ。あとは、父さんの酒を買いに行く時に、人懐っこい演技で試食をたくさんもらったり。僕が両親に感謝するとしたら、この顔に産んでくれたことかな」


そう言うと、彼は顔を上げて笑った。どこまでも美しい顔の裏には、狂気が潜んでいた。


「この業界に入ったのは僕が8歳の時。父さんの女がコンビニ行くってんで僕も付いて行ったんだ。その日、何も食べてなかったからね。それで、街歩いてて、スカウトされたの。大手プロダクション。もらった名刺見せたら、父さんすごい喜んでさ。もちろん、金のため。僕はこれで、毎日食べられるって、それだけだったな」


再び俯いた怜司が、抑揚のない声で言った。


「真琴にはわからないよね。君はみんなに愛されて育ったって顔してるもん」


それまで黙って聞いていた真琴は、そっと呟いた。


「そんなことないよ。怜司の気持ち、少し分かる」


途端に怜司は顔を上げ、驚いた表情で真琴を見た。その目は冷静さを失っていた。


「わかる?君に何がわかるの?……ねぇ、教えてよ。君がどうやって僕のこと理解したっていうの?真琴に何がわかるの……?」


──わかるよ……少しだけわかる──


真琴はポツリと語り始めた。


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私を監禁したイケメン俳優は、危険なサイコパスでした mo-ka @1mo-ka1

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