第12話 裏切りの代償

「中庭だよ?」


振り返らずとも、そこに誰がいるのかは明白だった。氷のような冷たい声が心を刺す。


「やっぱり試してみたくなっちゃうよね。そういうふうに設計にしたから。」


振り向いた真琴に微笑を浮かべながら、怜司はゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。


「本当に僕が何も考えないで、あんな簡単な暗証番号にしたと思ったの?

でも、僕も少し焦ったよ。真琴、4回も失敗するんだもん。5回間違えたら再ロックかかっちゃうんだよ?僕が、教えに行ってあげようかなって本気で思ったんだから。」


怜司はドッキリを成功させた少年のような顔で、無邪気に笑っていた。


「……全部見てたよ。昨日の夜、眠れていなかったね。遠足の前の日に寝れなくなっちゃう子どもみたい。ほんとに純粋だよ、君は」


一歩、また一歩と怜司は歩み寄ってくる。


──逃げたい……早く……!!──


だが、真琴の足は地面に固定されたように動かなかった。


これは、全部罠だった。私を試すための……。

どうして気づかなかったの?


これまでだって、怜司が夕食に間に合わなかったことは何度かあった。そんな時はスピーカーから指示が入る。昨日だって、「明日は帰れないかも」なんて、わざわざ私に報告する必要はなかった。


朝のジャスミンティー──いつもと、温度が少しだけ違ってた。


怜司は微笑を崩さず近づいてくる。


「ここはね、ぜーんぶ、僕の中なんだよ。家も中庭も、全部」


とうとう目の前まで近づいた怜司は、そっと真琴の頬に手を添える。


その美しい狂気の顔が、真琴をじっと見つめた。


「可愛いな……真琴。君がいないと、僕はもう無理なんだ……。」


恐怖で目を見開く真琴に、怜司は続けて語りかけた。


「でも……」


途端に、怜司に張り付いていた微笑は消え、無表情に切り替わる。


「君は、僕を欺こうとした……。覚悟の上……だよね?」


──カチ、カチ……──


小さな機械音が響いた。


怜司は頬に触れている手とは逆の手を、真琴の脚にそっと当てる。

……その瞬間、軽い衝撃が真琴の足元を貫いた。


「……っ……」


筋肉が一時的にこわばり、膝が抜けたようにその場に崩れ落ちる。

怜司はすぐに真琴を支え、芝生にそっと座らせた。


その手には、いつの間にか結束バンドが握られていた。

ポケットから取り出したそれで、真琴の手首を固定する。


「大丈夫。部屋に戻ったら外してあげる」


真琴は目に涙を浮かべ、怜司を睨みつけた。


「……ッ!」


怜司の手が軽く触れた腕に、再びぴりっとした感覚が走る。

焼けたような痛みではなく、電気で叱られたような軽い刺激。


「……そんなに怖い顔しないで。僕が優しくできなくなるよ」


逃げられない──。

その現実が、手足の感覚によって突きつけられる。


「はい!……そろそろ立てるかな?まだ、少し痺れは残ってると思うけど……真琴が悪いんだよ?ほら、頑張って」


怜司に腕を引かれ、よろよろと立ち上がる真琴。

脚に力がうまく入らず、すぐにまた倒れそうになる。


呼吸は荒く、脈も速い。冷や汗が背中を伝う。


「お願い……ちょっと休ませて」


怜司は微笑んだまま、真琴の脇を支えながら首を横に振る。


「ダメ。きつくないと、罰にならないでしょ。また、叱られたくないでしょ?……反省して。」


たった一度の裏切りが、怜司の中の何かを変えてしまった。

その先に待つものが、容易に想像できる。


真琴の心は、ゆっくりと沈んでいった──。



※この章は全年齢版に編集しております

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