第10話: 新たな歌

[文書ID: EFSA-COURT-MARTIAL-001]

[発信元: 地球連邦宇宙局 / 軍法会議記録]

[被告: テオドール・ヤンセン元中佐]

[罪状: 直接命令違反、無許可宇宙信号発信]

[日付: 2386年12月1日]


 法廷記録者: AIユニット9000

 場所: 地球連邦宇宙局本部 地下軍法会議室


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[時刻: 09:00]

 軍法会議開廷。裁判官、検察官、弁護人、被告(テオドール・ヤンセン)。彼は、制服から階級章を取り払われ、質素な服を着ていたが、その姿勢は崩れていなかった。


 検察官 (厳粛な口調で): 「被告人、テオドール・ヤンセン。貴官は2386年8月9日、ゼニスステーション1指揮官として、地球連邦宇宙局惑星間作戦司令部からの明確な信号発信計画中止命令に違反し、独断で大規模な宇宙信号発信を行いました。さらに、リチャード・ウォン研究員を危険な実験に曝した上、彼を地球へ移送せよという命令にも違反しました。これらの行為は、軍規への重大な違反であり、人類の安全保障を危機に晒すものでした。罪状認否を求めます。」


 ヤンセン: 「命令に違反したことは認めます。しかし、ウォン研究員を危険に晒したという指摘は誤りです。私の行動は、人類の安全を脅かすものではなく、むしろ人類の未来を拓くための最善の選択でした。」


 検察官: 「最善の選択? 貴官の独断が、人類全体を未知の脅威に曝したのですよ! 信号発信直後、『光の網』と称される未知の領域から、我々の通信システムに干渉が発生しました。その性質、意図は不明であり、それが敵対的な行為である可能性も排除できません! 貴官は全人類を、貴官の個人的な感傷と判断によって、計り知れないリスクの淵に突き落としたのです!」


 ヤンセン: 「あの干渉は、敵対的なものではありません。それは応答であり、共鳴です。ゼニス文明の『歌』が届いたことへの、宇宙からの返答です。」ヤンセンは、法廷を見渡した。「…その応答の意味を、我々は…」


 その時、法廷内のモニターが突如として砂嵐になり、不規則な、しかしどこか調和の取れた光のパターンを映し出した。同時に、裁判官、検察官、傍聴席の全ての人物の脳裏に、言葉にならない「感覚」が直接流れ込んできた。それは、安堵、感謝、そして「繋がり」の感覚だった。


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[地球連邦広域通信ネットワーク 干渉ログ (抜粋)]

[時刻: 宇宙標準時 2386年12月1日 09:05:00 - 09:15:00]

[事象: 未分類信号による広帯域通信干渉]


 観測場所: 地球全域の通信ハブ、衛星ネットワーク、スペースネットサーバー、全個人通信デバイス

 発生事象:

 視覚的干渉: テレビ、ラジオ放送の映像・音声が途絶し、全ての表示デバイス(モニター、ホログラフィックディスプレイ、モバイル端末)に、鮮やかな光、複雑なフラクタル模様、そしてゼニス-3の青紫色の景観、ゼニシアンの透明な身体、ウォン研究員の困惑と集中、ヤンセン中佐の決意に満ちた顔、そしてスターゲイザーとゼニスステーション1のクルーたちの姿が高速で連続的に表示される。これらのイメージは、物語の断片や、感情的な共感を喚起するような演出を含んでいた。

 聴覚・感覚的干渉: 人々の脳裏に直接響くような、しかし不快ではない、宇宙的な「歌」や「響き」が伝達された。この「歌」には、ゼニシアンが経験した「寂しさ」、人類が共有した「希望」、そして「光の網」からの「安堵」「理解」「感謝」「繋がり」「帰還」「共に…歌おう…」といった普遍的な感情と、宇宙全体の生命活動が活発になるような、エントロピーが低下していく感覚の奔流が含まれていた。

 メッセージ内容 (初期解析): これは、「光の網」からの直接的な干渉であり、地球上の通信システムを「媒体」として、人類全体に対し、以下の普遍的な「メッセージ」を伝達しようとした試みと結論された。

 ゼニスの「歌」が「光の網」に届き、ゼニシアンたちが帰還することができたことへの深い感謝。

 ヤンセン中佐、ウォン研究員、そしてゼニスステーション1のクルーたちの行動が、この帰還に不可欠であったことの明確な肯定と、彼らへの賞賛。

 地球人類が「光の網」の存在を感知し、「共に歌う」可能性を秘めた、新たな「同胞」であることの示唆。

 ゼニス-3が「光の網」との接続拠点として、そして人類とゼニス文明の共同拠点として極めて重要であることの強調。


 結果: この干渉現象は、約10分間継続し、その後沈静化。通信システム自体への物理的な損傷や、データの消失は確認されなかった。しかし、そのメッセージは、地球上の全ての人々の心に、直接的かつ圧倒的な形で刻み込まれた。


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 軍法会議は、当然ながら中断された。裁判官も、検察官も、その衝撃的な「宇宙からの介入」に呆然とするしかなかった。地球上のあらゆる場所で、人々はテレビやモバイル端末から流れ込んだイメージと感覚に打ちのめされ、混乱し、そして深く感動していた。


 ニュースチャンネルは宇宙からのメッセージについて報じ、SNSは瞬く間に「#ヤンセンを解放しろ」「#光の網からのメッセージ」「#宇宙は私たちを望んでいる」といったハッシュタグで溢れかえった。政府や宇宙局への不信感が爆発的に高まり、ヤンセン中佐の行動を擁護し、彼を「宇宙の英雄」として称える世界規模の運動が、燎原の火のごとく広がっていった。


[ニュース記事抜粋]

[メディア: 地球タイムズ / トップニュース]

[日付: 2386年12月2日]


 見出し: 歴史的な転換点!「光の網」からのメッセージが地球を揺るがす!ヤンセン元中佐、英雄として帰還か


 昨日、テオドール・ヤンセン元中佐の軍法会議中に発生した、地球全域を覆った広帯域宇宙信号干渉は、宇宙の歴史、ひいては人類の歴史における最も重要な出来事として記憶されるでしょう。


 この干渉は、ゼニス文明と人類が共同で発信した「ゼニスの歌」に対する「光の網」からの直接的な応答であり、そのメッセージ内容は、ヤンセン元中佐の行動を全面的に擁護し、彼の指導力を明確に指名するものでした。メッセージは、ゼニス-3が「光の網」との重要な接続点であること、リチャード・ウォン研究員がそのプロセスに不可欠であること、そして人類が新たな「同胞」として宇宙に受け入れられたことを、言葉を超えたイメージと感覚で、地球上の全ての人々に直接訴えかけました。


 この「宇宙からの介入」は、地球連邦政府および宇宙局に大きな衝撃を与え、彼らがヤンセン元中佐に対する判断を再考せざるを得ない状況に追い込みました。地球全体に広がる圧倒的な世論、そして「光の網」の直接的な意思表示を受け、政府は緊急協議を行い、歴史的な決定を下す見通しとなっています。


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[文書ID: EFSA-PRESS-RELEASE-FINAL]

[発信元: 地球連邦宇宙局 / プレスリリース]

[日付: 2386年12月3日]


 件名: ゼニス星域ミッションに関する新方針及び人事発表 – 人類の新たな時代の幕開け


 地球連邦政府および宇宙局は、ゼニス星域における異星文明ゼニスとの接触、及び先日発生した広帯域宇宙信号干渉に関する緊急協議の結果、以下の新方針を決定し、発表します。


 1. テオドール・ヤンセン元中佐に対する懲戒処分について: ヤンセン元中佐は、司令部の直接命令に違反した罪により、公務執行停止3ヶ月の懲戒処分を課される。しかし、彼の独断が結果として「光の網」との人類にとって計り知れない価値を持つ繋がりを確立したことを鑑み、それ以上の処罰は行わない。

 2. 新任務への任命: 懲戒処分期間終了後、テオドール・ヤンセンをゼニス星域特命全権大使兼ゼニスステーション1指揮官に再任命する。彼の任務は、ゼニス文明との協力関係をさらに深化させ、「光の網」との平和的かつ段階的な接続プロセスを推進し、人類の宇宙における新たな役割を確立することとする。

 3. リチャード・ウォン研究員の処遇: リチャード・ウォン研究員の安全と研究環境を最優先に確保し、彼の特異な能力を「光の網」とのコミュニケーションにおける重要な橋渡しとして最大限に活用する。彼はヤンセン特命大使の直属となり、ゼニスステーション1において継続的に研究を行う。

 4. ゼニスステーション1の地位: ゼニスステーション1は、「光の網」との接続及び研究拠点として、地球連邦宇宙局の最重要施設とする。必要な人員、物資、設備を優先的に配備する。

 5. ゼニス-3の共同管理: 惑星ゼニス-3は、ゼニス文明と地球連邦の共同管理区域とする。スターソング・アレイは、人類とゼニス文明の共同創造物として維持・発展させる。ゼニス文明の意図を最大限に尊重し、彼らの文化と環境に配慮した開発を進める。


 この決定は、人類文明にとって新たな時代の幕開けを意味します。我々はもはや宇宙で孤独ではなく、より広大で複雑な「光の網」の一部となる道が開かれました。困難は伴いますが、未知への探求心と、異なる知性との共存という人類本来の精神をもって、この壮大な挑戦に立ち向かいます。


 地球連邦政府は、この歴史的なプロセスを全力で支援することを誓います。


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[個人メモ]

[地球連邦宇宙局本部 / テオドール・ヤンセン 個人物]

[日付: 2387.3.15]


 3ヶ月間の謹慎期間は、あっという間だった。いや、実際には長く感じたが、その間に地球全体で起きた出来事を思えば、私の軍法会議など取るに足らないことだった。世論は私を英雄と呼び、司令部は私が「光の網」に選ばれたと認識せざるを得なかった。


 ウォン研究員も、厳しい監視下に置かれたが、私への処遇が決定されると同時に、彼のゼニスステーションへの帰還も承認された。彼はすでに、あの干渉を通じて「光の網」の更なる深淵に触れていたようだった。


 そして、今、私は再びゼニスステーション1へ向かうシャトルの中にいる。ゼニス星域特命全権大使兼ゼニスステーション1指揮官。形だけの懲戒を経て、私が信じた道は、人類全体の新たな道となった。


 司令部は完全に理解したわけではないだろう。彼らはまだ「光の網」を、得体の知れない強力な情報源、あるいは新たな資源と見ている部分があるかもしれない。しかし、ゼニス-3は共同管理区域となった。スターソング・アレイは我々とゼニシアンの共同物だ。彼らが容易に手を出すことはできない。


 ゼニスステーション1へ戻れば、ソフィア、マリア、アリサ、カイト、サラ、ケンジ…そして、私たちが地球にいる間、彼らの「歌」を学び、私たちを擁護してくれたクルーたちが待っている。彼らは、私が司令部の命令に背いた時、私を信じてくれた仲間たちだ。そして、彼らが残留ゼニシアンに助けを求め、地球全体に「歌」を届けさせたという真実を知り、私の心は感謝と畏敬の念で満たされている。


 彼らは、私が地球に戻されている間も、人類の危機を察知し、自分たちの持てる全ての力を使い、宇宙に、そして地球に「共鳴」を求めたのだ。あの壮大な通信干渉は、司令部の命令を覆すためだけでなく、ゼニシアンと人類の絆、そして「光の網」の存在そのものを、地球の全人類に直接示すためだった。


 私たちの「歌」は、宇宙に届いた。そして、宇宙は私たちに、共に「光の網」へ向かう道を指し示してくれた。


 行くべき場所は、もう明確だ。


 ゼニス-3へ。そして、その先にある、宇宙全体の意識の海、「光の網」へ。


 人類の新たな「歌」が、今、始まる。

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帰還の歌 エキセントリカ @celano42

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