第5章 パンが好きすぎる見習い錬金術師、賢者の石のことを思い出す

第32話 レッツメイクケンジャノサンド ①

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。


「ハァ……」


 大好きな推しであるアマリさんに想い人がいるかもしれないという、この上なく非常にショッキングな出来事がありました。ストレスで夜しか眠れません。


「アマリさんってドラゴン好きといい、好みが少し、なんとうか、独特ですよね……。いえそこがまた大変可愛らしいのですけれど」

「なんだ突然。よく分からんが仮にも師を呪い殺しそうな目で見るな」


 しかもその想い人(疑い)はこの鈍感コミュ障偏屈師匠、いえ、平素より大変お世話になっております私の恩人であり保護者であるジーン先生だというのですから、弟子としてはいかんとも言い難い心地です。


 例えばこう、いつも構ってくれる憧れの優しいお姉さんが、実は兄の彼女さんだったとか、なんかそういうのに近いのでしょうか。


 少し違う気がする。なんとも言語化出来ない。


 ジーン先生が破茶滅茶に羨ましい。


 ……言語化出来てる。


「真偽不明であれ推しの熱愛報道に『でも幸せならOKです』と言えるほど大人じゃないんですよ私は」

「本当に何を言っているのか分からないんだが」

「憧れの女子校の王子様に彼氏が出来たら、その男を呪い恨みを泣き叫ぶ。その身勝手さこそが正しき麗しき花園の清き乙女ムーブです」

「多感な思春期の言葉は同じ言語でも時に異国の言葉のように聞こえるな」


 何よりの心配事は、もし万が一奇跡的にジーン先生とくっついてしまったら、アマリさんはあの王子様な振る舞いを卒業し普通の女の子に戻ってしまうんじゃないか、という不安です。


 ……いや、思い返すと言うほど王子様な振る舞いでもないような気も。いえ、いえ。


「結局なんなんだ、要領を得ないな」

「つまり、ええと、要するに、私がアマリさんをメロメロにするためにはいったいどうしたら良いのでしょうかね?」


 そうして我ながら頓珍漢な発想に至り珍妙な質問を不適切な人物に尋ねるのです。


「それならまあ真面目に仕事をすることだな」

「もう! テキトー! 雑に言ってるでしょう!」

「よく分からんがアマリは仕事熱心で真面目な人間が好みだと聞いたことがある」

「適当なご回答でしたか。張り切って働きましょう」


 さあ、本日も張り切って調合調合。


 しかし、はて、このところ色々なことがあって、何か忘れているような。


***


 思い出しました。


「賢者のパン!」


 お客様にパンを包んで渡しながら、ふと思い出しました。と、接客中でした。いけないいけない。


「なんそれ?」

「あ、ジャスくんなら別に良いですね、どうでも」

「切れ味助かるんだけど」


 ちょうどお会計をしていたのは、この頃すっかり常連となったジャスくんでした。


「おねえちゃん、つぎあたし、クリームパンくださいな」

「嬢ちゃん、いつものカレーパン三つ」

「メロンパン、メロンパン」


 気を取り直して、後ろに並んでいたお客様たちを捌き、本日は閉店。ひと息をつきます。


「……最近お前の魔道具目当ての常連が増えたな」


 片付けをしていると、ジーン先生がそんな嬉しいことをおっしゃいます。


「すっかり立派なパン屋になってきましたね」

「清々しい顔で言うな」


 冗談ですよ。半分冗談ですよ。


 ちょっとパンの絵を載せた看板を出してみたり、ショーケースを購入してパンを入れてみたり、イートインスペースを作ってみたり、販売日を増やしたりしただけですとも。


「……もっと文句言ったり止めたりして良いんですよ?」


 冷静になるとやりすぎました。


「まあ別に良い」

「良いの?」


 予想外に許容されてしまいました。この師匠なんだかんだ弟子に甘すぎます。


「まあ儲かってるから良いんじゃないか? 営業とか販売業務は好きじゃないから任せる」

「ちょっと店長……」

「俺は作るのと分解するのとだけをやってたい」

「職人気質すぎる」


 この人も相変わらずだと思いました。ダメすぎる。


「アマリがその辺りをやっていてくれた頃は助かったんだが……」

「やっぱり戻ってきてもらわないとダメなのでは?」


 改めてみると、なかなかギリギリの気配を感じずにはいられないお店です。賢者のパン作り、頑張らないと。

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