外伝 王宮の錬金術師④
あの日。それは小さくて可愛らしい弟子が出来て、錬金所の日々が賑やかになってから、ほんの数日後のことだった。
「久しいな、マリア。いや、今はこう呼ぶべきか。錬金術師アマリ・サンチェス」
「ご無沙汰しております、陛下。本日は……」
「ホムンクルスを譲れ。金なら欲しいだけやる」
数年ぶりに突然城に呼びつけられたかと思えば、叔父もとい国王陛下がそんなことを言い出した。
「ええと、なんのことを……」
「情報なら回ってきている。お前の錬金所でホムンクルスを譲り受けたそうだな」
どうやらエミリアのことが噂になっているらしい。だからといって何故叔父が彼女を欲しがるのかが分からないが──
「何故、そのようなことをおっしゃるのですか?」
「お前には勿体無い魔道具だ。俺にはアレが必要だ」
「……物のように言うのはやめてください。彼女は自らの意思で雇用契約を結んでいる従業員です」
「ついて来い」
嫌な予感がした。
連れられて行った先は、離れにある一室。そこには──
「まあ! もうお一人従兄弟がいるとはお聞きしておりましたが、なんてお可愛らしいお顔立ちですこと! お姉様かと思いましたわ!」
「レティシア〜♡ お姉様で合ってるぞ〜♡ 紛らわしいよな〜まったく〜♡」
記憶の中ではまだ小さな赤子だった従姉妹のレティシアが居た。
荊棘に巻きつかれ棘でボロボロになった姿で。
「んまっ! それならどうしてそんなお洋服を……ケホッ、コホッ」
「ああ、レティ、無理をするんじゃない!」
花を吐き出しながら床に臥す彼女の姿から分かった。
「魔力過多症候群……、土属性の……」
「そうだ」
***
体内において魔臓が魔力を作り、出来た魔力は魔嚢に貯蔵される。貯蔵しきれなかった魔力は薄められて呼気から排泄される。
しかし、魔臓の魔力産生能に対して魔嚢の魔力貯蔵能が低い人では、排泄しきれなかった魔力によって中毒症状が起こることがある。それが魔力過多症候群だ。
多くの場合は軽傷で、投薬で一過性に治癒する。けれどいわゆる『魔力が多い、強い』とされる魔力産生能の高い貴族では、不治の病として生命を蝕む場合がある。
「手は尽くしている。だがあと五年の命だそうだ」
「事情は分かりました。でも、それとエマとなんの関係が……」
「ホムンクルスの身体には魔臓がない。移し替えの魔法を使っても拒絶反応が起きない」
部屋を出て聞かされた言葉に耳を疑った。
移し替えの魔法、というのは、魂の核となる魔核を別の身体に移し替える魔法だ。死を恐れたかつての大魔導士たちが生み出した、魂を移し替える、要するに、他者の身体をのっとる禁術である。
が、しかし、実際に使用された記録では、移し替え先の個体の魔力と元の個体の魔力との拒絶反応で、結局直後に死に至ったと報告されている。
「つまりは最良の器だ」
しかし、魔力のないホムンクルスへの移し替えであれば……?
「まさか、エマを!?」
「そう睨むな。ホムンクルスという魔道具の使い方としては一般的だろ?」
恐ろしく酷い話だと思った。
「彼女の命をなんだと思って……!?」
「魔道具の生命よりも王家の生命が優先される、何がおかしいってんだ」
「……狂ってる」
「狂わなきゃ、愛する者すべてが、儚く散っていくのを指を咥えて見送るしかなくなる」
壊れている。かつて魔王を討伐し王となったという叔父は昔からやや横暴なところがあり癖のある人物ではあったが、これほどまでに非人道的な思考をする人物ではなかった。
娘の病が彼をここまで狂わせた。
「それなら、私が、彼女を治す」
と、気がつけばとんでもないことを口走っていた自分に気がつく。
「専属の魔法医でも出来ねえことを?」
「……賢者の石」
私の言葉に、叔父は目を見開いた。
「ああ、ああ、ほぉ、それなら、それが出来るなら、ホムンクルスは必要ねえな」
「作ります、必ず」
そうして──
「言ったな。王宮魔導師、魔法医、この件に関わるすべての奴らに話を通そう。王家の知恵を全てやる。お前は今日から王宮錬金術師だ」
気がつけば私は、大事に巻き込まれていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます