おまけと外伝④
おまけ また少女漫画のおまけ漫画のようなもの(ジーン先生と花束の小話)
近所に花屋が出来た。
花の多くは魔法薬の素材になるが、手入れの難しい花を種から育てるのはなかなか骨が折れる。
興味を引かれたが、馴染みの店以外の店に突発的に入っていく度胸など持ち合わせてはいなかった。
「思考の傾向も分からない初対面の店員相手に未知の接客の定型文の流れを読まねばならないというのは、俺には求められるものが高度すぎる」
それを平気でやってのけるのだから普通の社交的な人間というものはすごい。心の底から尊敬する。どうやったって自分はそうはなれないとよく知っている。
「というわけで、偵察を頼む」
「すみません、私今日は予定があるので」
ならば適材適所と考えて頼みの綱とした弟子はあっさりと遣いを断って去って行った。
「緊張を解すパンくらいくれても良いだろ……」
居ないものは居ない、ないものはない。腹を括るしかない。小動物とか撫でたい。
落ち着いてやれば問題ないはずだと自身を説得すること数十分。ようやく重い腰を上げた。
店内に入ってみると、珍しい花も並んでいる。これは助かる。
採取困難な素材と使用頻度の高い素材を中心に購入する品目は──
「まいどありっス! どなたかへの贈り物っスか?」
などと思考を巡らせていると、突然店番らしき子供に声をかけられ、想定外のことを聞かれた。
「……いや自分用で……何故そんなことを?」
「びゃぁ! お、おおおお兄さん格好良いからそうかなって思っただけっス!」
なんだそれは。困った。なんだこれ。
「……因果関係が分からないんだが?」
「ぎゃあぁ! そんな怖い顔で睨まないでほしいっス!」
「睨んでない」
何故か怯えられてしまい、口にしてはいけない疑問を投げかけてしまったのかと思えば、ただ単に顔を怖がられただけだった。
「ぴぃぃ! せめて一思いに、一思いにハサミでチョキンとやってほしいっス!」
「待て、何一つ怒ってない、だから落ち着いてくれ」
自分よりも冷静でない人間が目の前にいると人間は冷静になるものだとどこかで聞いたことがある。今がそれだと漠然と感じた。
「……どうしたら良い? 菓子パンでも食べるか?」
「あ、美味しい。本当に怒ってないんスね」
鞄から昨日弟子に押し付けられた作りすぎのパンを取り出すと、ようやく正気を取り戻してもらえた。鎮静効果とかはないはずのパンだが甘みが脳に作用して安心感を与えたらしい。
「あのっスね、ええと、贈り物かどうかとか、贈る相手との関係性とか、どんな意図で贈るかによって、花束の内容とか仕上げを変えるんス」
落ち着いたらしく丁寧な説明をもらえる。こちらとしても子供相手というのもあって、いつもより思考が白むことなく話が頭に入ってくる。
「ああ、花束にしてもらえるサービスがあるのか」
「というか基本花束にするっス。一輪とかならそのままでってこともあるっスけど」
「なるほど。言われてみれば多数の花を崩さずに持ち帰るのには花束の形に纏めるのが効率的だ」
「ええと?」
そういうシステムなのかと納得した。
「ご自宅用、お家で飾る用っスか?」
「いや魔法薬の素材に使う用だ」
「花にそんな使用用途が!?」
「ああ、鑑賞目的じゃないから特に花束のデザインとしての希望はない」
手間になっても悪いので単純に纏めることだけを頼むと、何故か店番の子供はどこか寂しげに俯いた。
「そうっスか……」
「…………」
もしかしなくても、今物凄く失礼なことをしてしまったかもしれない。
「いやウチ、練習中でまだまだ花束作るの下手くそっスし、ちょうど良かったっス……」
花屋というのは、ただ花を売る店ではなく、花束を作る芸術家の工房と考えるべきだったか。確実に失敗をした。
「あ、いや、待った……!」
泣きそうな顔をしているものだから、思わず引き留めた。そうして焦り切った思考回路がふと予想だにしなかった解決策を叩き出した。
「同じ花でもう一つ、花束も頼む。贈り物用で」
「は、はいっス!」
よし、これで問題は誰に贈るかのみになる。エミリアは食用以外はさして欲しがらなさそうだが、となると。
「贈るお相手はどんな方っスか?」
「あー……元同僚で友人で──」
誰にするかはすぐに決まった。
魔法薬の素材はいくらでも欲しがるだろうし、美しいものを愛でる感受性も俺よりずっとあるだろう。
***
素材部屋に自分用の花を収めて、それなりに大きな花束を持ってアマリの自宅へと向かう。
「…………」
ギルド職員向けの社宅だというその部屋の呼び鈴を鳴らしたが不在のようだ。となると居場所はおそらくギルドだ。休日でも大抵そこに居る。もう少し休んだ方が良い。
少々困った。そうなると受付担当の人間に話を通さなければならない。いっそ今日はもう諦めて帰ってしまおうか。
とも考えたが、花が萎れてしまう危険性を考えるとやはり今日渡した方が良いと判断した。覚悟を決めてギルドの受付へ向かう。
そこにちょうど知っている人間が居て安堵した。
「あ、お師匠だ。休日出勤万歳な俺の大興奮のお出迎え的な。依頼の納品系?」
「いや、アマリは居るか?」
声をかけやすくて助かった。尋ねると、ジャスパーは花束をじっと見たかと思えば、続いてこちらの顔を見て、突然口笛を吹いた。
「アマリ様ならさっき資料室で見かけたけど、非番だし個人的な調べ物じゃね?」
「そうか」
「呼んできたるよ。んー、そだな、中庭で待機よろ」
「そうか。助かる」
「いやこっちこそ。助かる助かる。相対的にお仕事中の俺の惨めさが上がって最高だから」
相変わらず言動に意味不明なところはあるが本質的に親切な奴だとしみじみする。
中庭でぼんやりと待っていると、その間妙に視線を感じた。
誰でも立入可能な場所のはずだが、無意識の挙動不審さゆえに不審者として摘み出されたりはしないかと不安になってきた。
数分ほど待つと、アマリがやって来た。助かった。罪悪感と恐怖から解放された。
礼を言おうとすると、しかしアマリは──
「ほぁ……?」
間の抜けた声を出して口を開けたまま固まった。
そういえば、幼い頃はよくこういう不思議な声を出していたなと懐かしく思う。
「ほぇ……な、何……その花束?」
「これをお前に」
「はぇ……?」
花束を手渡すと、何故か真っ赤になって俯かれた。
「……調合の素材にたくさんあればあるだけ良いかと思ったんだが、何かまずかったか?」
「あ、あー! なるほど! なるほどね!」
何か分からないが何かを物凄く間違えたことだけは分かる。
「……」
「……」
気まずい静寂の中で小声の噂話が聞こえてきた。
『プロポーズ?』
と、拾った単語でようやく気がついた。
「…………あ」
しまった。異性に花を贈るというのはそういった文脈が生じてしまうことがあるのかと。
とんでもなく間違ったことをしてしまった。このまま噂が広まったら多大な迷惑をかけてしまう。仮にも結婚適齢期の王族にしでかして良いことではなかった。
かといって今更返してもらおうなんて撤回も出来ない。下手に強く訂正してもそれはそれでかえって噂が立ちそうでもある。
「悪かった」
結論としては、もはやどうすることもできない。
下手に動かず噂が落ち着くのを待つしかない。
二度と同じ過ちを繰り返さないよう肝に銘じよう。そう心の中で誓う。
しかし、そんなことを考えながら頭を下げると、アマリは──
「……ありがとう。すごく嬉しい。大切にするね」
照れるようにはにかみながらも、心底嬉しそうに笑っていた。
花が咲いたような、とはまた違うのかもしれないが、その言葉が頭に浮かんだ。
慈しむように花束を抱えて微笑む姿に──
「絶対また買ってくる」
などとつい口走ってしまった。
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