第30話 レッツメイクカベニパンノミミ ②

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。錬金術師探偵終了、いつもの私です。


 結局アマリさんはジーン先生のことをどう思っているのか、事件は迷宮入りです。


「迷宮入りったら迷宮入りです」

「思うとこはある系だ」


 さあ、そろそろ集合時間です。尾行していたのがバレないように、先回りをして集合場所のパン屋さんの前に向かいます。


「急ぎますよ、ジャスくん! 焼きたてパンの販売時間……集合時間に間に合わなくっちゃ!」

「あーあ、ラッキーデート終了か〜」


 すると、ジャスくんが何やら残念そうにしています。


「ジャスくん、まさかあのお二人をくっつけたいとか思ってます?」

「うわ、良い目。ま、俺的にはその方が好都合ってか、そうと言えば部分的にそう的な?」

「そうですか。敵ですね」


 何かよく分からないことを言っていますが無視しておくと喜ぶので無視をします。


***


 再び四人になると、そこからの時間もまた良いものでした。


 鼻腔をくすぐる焼けたエン麦粉の香ばしい匂いに心を弾ませ、お目当てのお店『ベーカリーフレア』入店します。


 たっぷりの焼きたてパンを吟味し、クッペと呼ばれる太く短いパン、バタールと呼ばれるバケットと丸パンの中間の長さのパン、カンパーニュと呼ばれる重量感のある丸パンを選びます。


「このシュガーバタークッペ、アーモンドがサクサクで美味しいんです。焦げたお砂糖が舌の上で蕩けて、疲れた時にぴったりの甘いおやつになりますよ」

「エマの話を聞いてたら食べたくなって……」


 照れながらお揃いのクッペをお買い上げしてくださったアマリさんに衝撃を受け、続いてジャスくんにも。


「このハラペーニョチーズバタール、外はパリッと中はモチっとで、バタールのほのかな甘みに、濃厚なチーズの旨みとハラペーニョの辛味がとても合うんですよ。がっつりいきたいお年頃にピッタリ!」

「辛味増し増しバージョンゲット」


 なかなか見どころがありますね。最後にジーン先生にも。


「このカンパーニュ、ほんのり酸味があるんですが、素朴な味わいで味の濃いお料理に合うんです。薄く切って、チーズやナッツや季節のフルーツ、ハムやサラミを乗せるタルティーヌもとても美味しいんです。お酒にも合うと聞きます」

「営業力が上がっている……」


 つれないご反応でしたが、結局お買い上げでした。素直じゃないですね。


 幸せすぎる時間でした。


 そんな楽しいお出かけもいよいよお開き、それぞれの帰路へと別れるその時。


「エマ、これ、今日のお詫びに」


 なんと、アマリさんが何かの紙袋を渡してくださいました。


「……え? え?」

「ごめんね。二人だけのお出かけが良かったなんて考えもしてなかったんだ」


 にっこりと微笑まれて、ドキドキとしながらプレゼントを受け取ります。


「次は必ず、ね」


 人差し指で内緒話の仕草なんてされたらもう、そんな王子仕草に落ちない乙女がいるでしょうか。


「これ、今開けても良いですか?」

「あ、うん。プレゼント選びのセンスがないから自分の好きなものの中でエマも使えそうなものにしたんだけど……」


 そわそわとして中身を確認させていただきます。お言葉から察するに魔道具などの類でしょうか。もしお揃いの装飾品ならキュンキュン即落ちものです。


 しかし、中から出てきたのは──


「なんですか、これ?」

「レッドサラマンダーの血清」

「センス……」


 思わず膝から崩れ落ちました。さすがに贔屓できないほど残念。


「レッドサラマンダーの血液は生命の水に組成が近い、というか、生命の水はレッドサラマンダーの血液をモデルにして作られているんだ。この血液中のエレメントの結びつき方は時空結合によって時の精霊の力を集めやすくてね。そもそも蜥蜴族や竜族の魔物は他の魔物と比較して再生能力が高い種が多くて、尻尾を切り落としても自然に再生することが出来るんだ。だから逃げ出す際に尻尾を自ら切り離して囮に使うでしょ。ところが、実はレッドサラマンダーは尻尾だけじゃなく、足の爪から心臓の弁まで、体のどの部位であっても、個体の魔力が残っていれば自己再生できることが分かってきている。これはストレス時にレッドサラマンダーの脳から出るホルモンによって血液に魔力が反応して時間逆行性反応が起こることによるものなんだけど……」

「さすがジーン先生のお友達……」


 こういうところ謎に残念男子ムーブなの、何故でしょうか。


 いいえ、仕事熱心なのです。真面目で素晴らしい。


 これはこれで可愛らしい。私ももう少し錬金術師頑張らなくちゃですね。


「って、ごめん、喋りすぎた!」

「いえ、いえ。私ももっとパンについて語れるようになります」


 照れて口を手で押さえるアマリさんは文句なく可愛らしい。


 可愛らしい。


 ほんの少し心が揺れます。


 結局、私はアマリさんのことをどう思っているのか、それこそ迷宮入りかもしれません。


 恋するアマリさんは絶対に非常に可愛らしいので応援したくなりますが正式に男女交際されると私が構ってもらいにくくなるのでまだ嫌です。


「エマっち、俺チャンスある?」


 残念さでいけば優勝の人が何か言っていますが、パンの耳による幻聴でしょう。

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