第29話 レッツメイクカベニパンノミミ ①
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。しかし今日はただの錬金術師ではなく、錬金術師探偵です。
ステルス効果、すなわち、周囲から見つかりにくくなる効果のある『透明探偵帽』を被り、有名魔物系素材店『なんでも魔窟』の前でホシを待ちます。
「それではジャスくん、いいえ、助手くん、錬金術師探偵の尾行タイムです!」
素材鑑定用の虫眼鏡も準備し、探偵決めポーズです。柱の影に隠れ、張り込みの定番、パンと牛乳をいただきます。
「錬金術師ってなんだっけ?」
「かつてはその多くが金を調合しようとしていたことが由来の調合魔術師の総称です。魔道具師とも呼ばれます」
こんなこともあろうかとご用意しておきました、超聴力パンの耳のレシピをご紹介しましょう。
まずは雪兎の耳、風鈴花、響き石を混ぜ合わせて、聴力の種を作ります。聴力の種にエン麦粉、ミルクケンタウロミルク、黄金卵を入れたら、変換バター、ソーダクリームを加えて、よくかき混ぜて呪文を唱えて、仕上げにいわゆるパンの耳部分を切り落とします。そして揚げ焼きにして砂糖をまぶし完成です。
「しっとりサクサク、甘くて何個でもいけちゃいます」
ジャスくんにもはいあーん。
遠くの敵の音でも素早く聞き取り索敵が出来る、慎重派冒険者に大人気の商品です。
「いざ、乙女心の難事件を解決!」
「エマっちこういうノリ好き? 俺は捕まって怒られんのが好き」
探偵決めポーズを取っていると、推理通りの素材店『なんでも魔窟』からジーン先生とアマリさんが出てきました。
「おおー」
「しーっ、聞こえますよ」
耳を澄ますとアマリさんの柔らかな声が聞こえてきます。
「良い買い物が出来たね。でもジーンくんの素材知識がすごすぎて全然私いらなくなかった?」
「いや、二重の目で確認出来て助かった。予定より早く終わった」
会話内容はいつも通りでほっと安心します。
しかしお店から出て来たアマリさんはとてもご機嫌なニコニコ笑顔です。
「やっぱり怪しい……! あんな顔、私が真面目に魔道具作った時しか向けてくれないのに……!」
「それレアリティ高かったらダメじゃね?」
「冷静に考えるとわりとよく見る表情でした。ほんとですよ?」
いえ、たしかにいつも通りの爽やかな笑顔の範疇なのですが、何かこう、何か違う気がするのです。
探偵の勘、乙女の勘です。
もう少し耳を澄ませてみます。弾んだ声色に聞こえるのは疑いのせいでしょうか。
「これで買い出しは終わり?」
「ああ。エミリアたちとの約束まではまだ時間がある。どこか行きたい店はあるか?」
私も時計を確認すると、約束の時間まであと一時間ほどありました。
「うーん、行きたいお店、かあ……」
「どうした?」
考え込んでぴたりと足を止めたアマリさんに合わせ、ジーン先生も立ち止まります。
ここで事件は急展開。
「……ジーンくん。せっかく二人きりだし、エマたちには見せられないことを、少し羽目を外しても良いかな?」
アマリさんは言い出しにくそうに、ジーン先生の服をきゅっと掴んでそう言いました。
たしかにそう言いました。
「…………」
「…………」
ジャスくんと顔を見合わせます。
「わお、アマリ様超積極的?」
「誘い受けアマリさん萌え!!」(何かの勘違いに決まってますよ!!)
「脳破壊されて本音と建前逆になってね?」
何かの勘違いに決まっています。続き、続きをまず聞いて判断しましょう。
続きです。
「珍しいな、お前がそういうことを言うの」
「あ、ごめん、やっぱり忘れて……」
ジーン先生は一瞬驚いたように目を丸くしていましたが、すぐに慣れたようにアマリさんとの距離を詰めます。
「いや……。見た限り周りに知り合いも居なかった。思う存分羽目を外してくれ」
アマリさんの耳元でジーン先生がひそひそと話します。近い近い近い。
「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」
そして二人は仲睦まじくどこかへ向かって歩き出します。
いったいどこへ?
「あわわわわわ」
「あれ? アマリ様の片想いじゃない系? ガチでこっそりお付き合いラブラブってたりする?」
助手くんジャスくんがとんでもない推理を立てます。もしその推理の通りだとしたら……。
そんな、まさか。行き先は──
「
「
ぽんと肩を叩かれ諭されます。いけない、想像が行きすぎました。
「ま、ガチ恋だったとて、あの二人だし、ちょいとひとけのないとこ行って恋人手繋ぎとか、やってキスくらいじゃね?」
「付き合ってるところから勘違いであってください!」
そっとセルフレイティングを性描写ありに変更し、二人を追います。
***
聞き耳を立てると、アマリさんの恍惚とした吐息が聞こえます。
「すごい、太くて長くて、血管が浮き出てる……。実物は迫力があるね」
二人を追いかけて辿り着いたのは、大通りから外れた小道の中にある、超マニアックなお店──
「ジーンくん、ジーンくん、これ青泉竜の舌だよ! こんなに綺麗で長いのは珍しいよ! 保存状態も良いし買っちゃおうかな!」
ドラゴン関連素材専門店『竜の穴』でした。
お約束ですね。
「ジーンくん、ジーンくん、こっちはエリクトドラゴンの爪だよ! キラキラでビリビリ! かっこいい!」
いつになく羽目を外したアマリさんです。熱が入ってきて子供のように語彙力が低下しています。
「ジーンくん、ジーンくん、これなんてブリザードサウルスの血を吸ったモスキーの琥珀だって! 古代の遺伝情報たっぷり! すごい! すごいね!」
あちらの棚からこちらの棚へ。くるくると回りそうな勢いで大はしゃぎしています。
「ジーンくん、ジーンくん、見て見て! こっちも! あっちも! ドラゴン素材が! いっぱい!」
私の中でのアマリさんの大人でしっかり者なイメージがガラガラと崩れていくのを感じました。きっとそれでご本人も日頃は秘匿しているのでしょう。
「超上級者向けじゃん?」
「なんですかあれ……、大変可愛らしい」
これはこれでアリでした。
ジーン先生まで、普段とのギャップが面白いのか、口元を隠し震えて笑いを堪えています。
「瞳孔が、開いて、光を、反射している……」
「え? 何?」
ウケながら独特の話法で何か言ってます。
そんなジーン先生を見上げ小首を傾げるきょとん顔も超キュート。なるほど小動物。ジーン先生のアマリさん評にここで頷けました。撫で撫でわしゃわしゃしたい。
「いや、楽しそうで何よりだ」
「うん、楽しい! 飛び跳ねたい気分!」
「既に跳ねてる」
「え!? 無意識だった」
何ですかこの可憐な生き物、飼育したい。指摘され慌ててそろりそろりと歩き出す姿も堪らなく母性をくすぐられます。
「ウヒョー! 気にすんなよ兄ちゃん! イキの良い客は歓迎するぜえ!」
と、また一般通過変な人です。アマリさんの周りにはどうしてこう変な人が集まるのでしょうかね。
「……治安大丈夫なのかこの店」
「冒険者レベル50以上ある人とじゃないと入れないんだよ。だからジーンくんとじゃないと来れないんだ」
「そうか。次も俺を誘ってくれ」
非冒険者のレベルの域をしれっと超えてる変人が側に居るからですかね。
ともあれ、本日の謎は無事解決……は、まるでしてないですね。
「……助手くん、どっちだと思いますアレ? アマリさんが好きなの、ドラゴンか、ジーン先生か」
「んー」
事件は迷宮入りでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます