第23話 レッツメイクアツアツデニッシュ ⑦

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。


「ジーン先生! ただいま帰りました! 魔法薬の在庫はありますか!?」


 あまり無事とは言えない帰宅です。


 一時は元気そうに見えたジャスくんでしたが、花実竜を倒した直後に立ちくらみで倒れ、ドラゴンベーグルでマッスルな私が運んできた次第です。


 ありがとう私の上腕二頭筋のポテンシャル。


「……いない」


 何やらジーン先生はご不在です。


 珍しく机の上に資料と素材が散乱しており、慌てて作業を中断したらしい痕跡が残っています。


 よくよく見ると、『ヌシ出没の知らせを受けた。ラピス海岸へ行く。入れ違えば錬金所で待機するように。緊急時は従魔の鈴で連絡を』と書き置きがありました。


 従魔の鈴は鳴らすことで契約中の仕え魔を呼ぶことが出来る魔道具です。裏技的な使い方として私はジーン先生を仕え魔として登録していつでも呼び出せるようにしています。突然の師弟主従逆転。


 それはさておき今は準緊急事態でしょう。


「あ……」


 さっそく使おうと鞄から取り出すと、なんと先ほどの戦闘中に破損してしまった模様。


 アマリさんにも伝書石で連絡を入れてみますが、応答せず。


「ど、どうしましょう……」


 黄昏にしんと静まり返る部屋がなんとなく恐ろしく思えます。


「博士……おじいちゃん……」


 ふとそんな言葉が口からこぼれました。


 こういう時、記憶の中の最も悲しかった出来事がフラッシュバックしたりしますよね。


「……大丈夫、息してますし、生きている人には魔法薬が効く」


 幻影を振り払い、ジャスくんをソファに寝かせて、胸の上がり下がりを確かめます。


 やるしかない。私が回復薬を調合するしかありません。


 頼りの杖をぎゅっと握り締めます。この杖は大切な大切な人の形見。魔力がなくても調合が出来る、とっておきの魔道具なのです。


 エリクサーの調合を始めます。成功率は30%くらい。ジーン先生の素材倉庫部屋から太陽の花、雫ソーダの魔石、狼の爪、竜の鱗、亀の甲、精霊の水を取ってきます。


 どれも貴重な素材です。素材マニアのジーン先生がたくさん集めているとはいえ、何回試せるやら。


「オテサイ ゴマット チャイウデ……っく」


 失敗。諦めてはいけません。もう一度です。


「オテサイ ゴマット チャイウデ デイセ エキカ タイン」


「体力魔力全回復! 今が使い所! エリクサー!」


 3回目でようやく成功です。良かった。ジャスくんの口元に魔法薬を少し垂らしてあげます。


「…………」


 しかし目が開きません。どうしたら良い?


 落ち着きましょう。息はある。皮膚や筋の欠損はない。出血もない。つまりこれは、体力をゼロまで消耗しきった状態。いわゆるステータスで言うと戦闘不能状態。


 知識としてはありました。しかし実際に目にするのは初めてのことです。これを回復するには。


「たしか、生命の水」


 生命の水。時の精霊の力を集め、時間を巻き戻して全てを癒す万能の薬。必要となる素材は、ユグドラシルの樹液、セイレーンの鱗、レッドサラマンダーの血清、エリクサー。


 脳内でジーン先生の真似のように図鑑の解説を振り返ります。なるほど、これ、少し心が落ち着きますね。


「タケニイエ イドシノマ スイテイ モルガノタ」


 失敗です。もう一度エリクサーから作り直し。中略します。


「タケニイエ イドシノマ スイテイ モルガノタ」


 失敗です。もう一度エリクサーから作り直し。中略します。


「タケニイエ イドシノマ スイテイ モルガノタ……」


 失敗です。もう一度エリクサーから作り直し。そろそろ素材が少なくなってきました。どうしよう。


 もっと真面目に修行をしていれば違ったのでしょうか。もっと普通の魔道具をちゃんと作っていれば……。


「あ」


 ふと、何故最初にフェアリー粉蒸しパンが出来たのか、その経緯を思い出しました。


「そうだ……私は、私も、私なりに、いつだって真剣に錬金術をやっていた、はずです! 私流に!」


 そうです。エン麦粉は調合成功率を上げる効果のある魔道具でした。エン麦粉を投入。さらに同様の効果のある素材を探して入れていきます。錬金クリーム、錬金チョコレート。


 見えてくるはっきりとしたイメージ。


「タケニイエ イドシノマ スイテイ モルガノタ……ショオン パイイウ キハサイ!」


 出来上がりました。


「戦闘不能回復! 奇跡の甘さ! 生命のコロネ!」


 出来ました、ついに出来ました。


 ジャスくんの口の中にちぎったパンを入れると、目が開きました。


「女神……様?」

「おはようございます。素材使い込みのお叱りはジャスくんも一緒に受けてくださいね」


 夕日に照らされたジャスくんは照れくさそうにニヤけていました。

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