第24話 レッツメイクアツアツデニッシュ ⑧

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。


「どする? 待機する?」

「そうですね……」


 ジャスくんとともにジーン先生の帰りを待ちます。初めて会った時もこうしてお話しましたっけ、なんて既に懐かしく思います。


 待っているだけでも退屈なので、もともとの目標であった紅玉魔石デニッシュ改の開発を進めます。


「……俺、故郷では結構良いとこのボンボンだったんよ。ぶっちゃけ領主の息子」


 手伝いをしてくれながら、ジャスくんは何故かぽつりと身の上を語りだしました。


「へえ……」


 本当はそれなりに興味を惹かれて聞いているのですが、魔道具を作りながら話半分な相槌をしてあげるとぞくぞくとしたご様子で喜ぶので、そうしてあげます。


「魔力たっぷり持った血筋だったんだけど、親父がそれを鼻にかけた差別主義者的な」


 さほど聞いていないフリをして、採取した目当ての花実竜の鱗を調術鍋に入れます。


「ほら、魔力ってわりと遺伝すんじゃん? 魔力の少ない血筋の平民は無駄に増えるべきじゃないって、結婚を制限したり、重税を取り立てて困窮させたり」

「え、酷い!」


 つい真面目に返事をしてしまいます。いや別に真面目に聞いても良いんでしょうけどなんとなく気まずくて、鍋に妖精の花粉、蜜砂糖を加えてかき混ぜます。


「家が大嫌いになったら、ついでに魔法も大嫌いになった的な」

「それは……」


 もう一つ空の調術鍋を用意し、眠りの種、癒しの香木、解呪草を加えてかき混ぜます。暫く寝かせると、安眠の香りという香水の魔道具が出来上がります。


「家が家だから周りにも嫌われて、毎日つまんねえなって思ってた時、剣を教えてくれたのが騎士団長でさ」


 先ほどの鍋に安眠の香りを加え、ぐるぐるとかき混ぜます。


「身分隠して、騎士団混ざって魔物討伐の遠征行ってさ、楽しかった的な。そのうち魔法なし縛りでも戦えるって分かって」


 そこからさらに青ポーションを加えて、数分寝かせます。


「で、親と喧嘩してずっと魔法なしで戦ってたら、本当は魔力を奪われた罪人の血筋の子なんじゃねえかって謎の疑惑かけられてさ、ついに追放されちった」

「酷い話……。そちらの国はもっと世知辛いんですね……」


 そうして杖を取り出し──この杖がジーン先生特製の魔力なしで調合の出来る優れものなのです──呪文を唱えると、魔物罠の香水が出来上がりました。


「ははっ。ね、追放ってさ……もう……なんていうかさ」

「はい……」


 完成して、瓶に注ぎ、手が止まります。


 弱々しく両手で顔を覆い震えるジャスくんに息を呑みます。


「もう……堪らんよな!」


 次の瞬間、くわっと顔を上げたジャスくんの瞳孔がかっ開きます。真面目に聞いて損したと思わせてくれる、恍惚の表情でした。


「そうでしたドMでした」

「それはそれとして見返したいから、魔法なしで最強になりたかった的な。それで魔道具の存在を知って目をつけて」

「それはそれとして」


 つい復唱します。よく分からないような分かるような感性です。


 ところで、そこまで聞いてピンと来ると、ジャスくんが先回りしました。


「ごめーん、その野望のためエマっちに近づいた。エマっちのこと色仕掛けで落として利用できんかなって思ってた」

「ジャスくんて一回崩れるとかなり素直な人ですね」


 軽い口調ですが、膝をつかれ、べこんと地面に頭を擦り付けるように謝られました。掴みどころがないと思ってましたが、結構分かりやすい人なのかもしれません。その件はまあ許しましょう。


「好みのタイプじゃなかったからまるで問題ありませんでしたよ。私は真面目で優しくて少し陰気な眼鏡お兄さんが好みなので」

「ド直球グッド! アマリ様な! 分かりやすく正反対よな堪んねえ!」


 フラれて胸を押さえて喜ぶ姿はやはり理解の範疇を大きく逸脱しますが。


「でもジャスくん、今の話を聞くに根は結構陰気なんですね」

「褒めてる? 貶してる?」


 ようやく本当にお友達になった気がします。


「ねえ、普通に依頼してくれれば普通に協力しますよ。ご利用ありがとうございます。どうぞご贔屓に」


 魔導具の力で人を助けてこその錬金術師。


 助けたいと思わせてくれる人がそばに居るのは良いモチベーションとなりますしね。


「エマっち……!」


 伏せた頭をポンと押すと、ジャスくんは顔を上げて、珍しく目を細めて素朴に笑ってみせました。


 あら、そうすると、まるで食パンが似合いそうな好青年です。


 さて、出来上がった香水をさっそく紅玉魔石デニッシュに振りかけます。


「爆裂! 炸裂! 紅玉魔石デニッシュ改!」

「おお!」


 無事に目標を達成しました。実験が楽しみです。


「そしてここからがお楽しみ。先ほど考案したばかりの、花実竜の素材から作るパン、ナナバブレッドです」

「おおー!」


 花実竜の背に生えていたナナバの実を使用したレシピです。ご紹介しましょう。


 ナナバの実をボウルに入れ、泡立て器で軽く潰し、黄金卵を割り入れ、白糖を混ぜ合わせます。


 さらにケンタウロミルク、合成油を混ぜて、エン麦粉と膨らみの素をふるい入れます。


 混ぜた生地を型に流し込み、しっかりと予熱したオーブンに入れて、半刻ほどこんがりと焼けば出来上がり。


「完成です。しっとり自然な甘み、ナナバブレッド」


 焼き立てを手渡すと、ジャスくんが唖然とし、そして叫びました。


「普通にオーブンでパン作っとるーー!!」

「何をそんなに驚くんです? パンをオーブンで作るのは普通のことでしょう?」

「理不尽堪らん!!」


 甘くて美味しいパンを食べると、ようやくいつもの空気が戻ってきました。


 と、そこで、ふと人の気配を感じて玄関の扉を開けると、そこにジーン先生が居ました。


「……いつからそこに居たんですか?」

「故郷では、のあたりから」

「わりと一部始終じゃん?」


 無表情なようでいて、なんとなく非常に気まずそうなお顔はしていらっしゃいます。


「二人で楽しそうに話してるところに三人目として入っていくタイミングが掴めなかった」

「そのくだり前にもやりましたから。安定して陰キャがすぎます」


 いつも通りのブレストフォード西錬金所です。おかえりなさい、ただいま。

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