RE:SELECT DIARY

忍忍 @SAL室長

第1話 ミーシャの潜入任務

 これは本筋の物語から、百五十年ほど過去の話。


《ゼノーテ大陸》の中部、《ノイトラル公国》。

 人間種が支配する元亜人国家。


 その日は、その建国記念日として大規模な式典が開催される。

 

 この国には、今も尚多くの亜人種が囚われており、奴隷のように扱えわれているという。


「ったく……なんで人間種ってのはこうも支配を好むかねぇ」


 式典には、当然人間種のみが招待されている。

 しかし、平然と彼女はその場に溶け込んでいた。


 否、その際立った容姿のおかげで、溶け込めてはいないかもしれないけれど。


 ミーシャは普段のワフク姿ではなく、グレーのパーティスーツに身を通していた。

 髪型も、スーツ似合うように普段より短く纏めている。

 その外見だけだけで、周囲の視線を独り占めしてしまっている。


「さてさて、お目当てのモンは……あ、あったあった」


 【七竜人】の序列一位。

 夢幻の竜、妖狐のミーシャ。


 戦闘において、この世界の頂点に近しい位置にいる彼女。

 さらに、世界を脅かす竜を指揮下に置く彼女。


 そんな彼女が、人間種によって支配されたこの国の式典に紛れ込む目的、それはきっと尋常ではなく重要なものであるはずだ。


 亜人種たちの解放、人間種の重要人物の暗殺。

 考え得る目的は、多岐に渡る。


 周囲の視線など、気にする様子もなくミーシャは会場を歩く。

 彼女が通るだけで、自然と道は開いていく。


 彼女の圧倒的なカリスマがそうさせるのか、それとも不敵な笑みに気圧されてしまっているのか。


 彼女は、歩みを止めることなくそこへ辿り着いた。


「これだよこれ……、こいつを見れただけでもここに来た甲斐があったな」


 ミーシャは、スーツのネクタイを軽く緩め、いつになく真剣な表情になった。

 目的の物は、目の前だ。


 しかし、ミーシャがそれに触れようとした時、思わぬ人物に呼び止められる。


「ねぇ、何やってんの? ミーシャでしょ?」


 ミーシャは、一瞬動きを止め、振り向くか悩む。

 彼女がこの場にいるということを、周りに知られることは避けなければならない。

 

 しかも、その声の主は、ミーシャであることに気がついている。


「おーい、ミーシャってば。昨日からいないと思ってたけどさ、まさかこんなとこにいるとは思わなかったよ」


 ミーシャは観念して、振り返る。

 

「うわぁ……、何その格好?」

「うるせえな、なんでここにルルがいんだよ」


 ミーシャの目の前にいたのは、ルルーシュ。

 ミーシャと同じ【七竜人】が一人、序列は二位。

 

 慈愛の竜、吸血鬼のルルーシュ。


 紫のドレスに銀のショール、首や手首には見るからに高価そうな宝石が施された装飾がいくつも付いている。

 彼女の黒髪の中にまばらに光る金髪が、妖艶ささえ演出している。

 絶世の美女と称しても異論を唱える物は少ないだろう。


「で……うちらの呼びかけを無視して姿を消してたが、なーんでこんな立派なとこにいるのかなー」

「……」

「別にいいんだよ? うちはそこまで困んないし、ちょっとだけ面倒なやりとりを押し付けられたり、商品の管理に丸一日かかったくらいで、全然怒ってないし?」

「……」


 ミーシャは堪らず、目を逸らす。


 周りにいる者たちから見れば、その光景は、誰もが振り返るような美人を絶世の美女が口説いているようでもあった。

 

「何か言いたいことは?」

「……いや、ルルこれには結構重要な訳があって……」


 ルルーシュの目が鋭く光る。


「へぇ、ミーちゃんはごめんなさいも言えないような駄目な子だったんだねぇ。じゃあ、もう知らない。あーそうそう、うちがここに来た理由はね、この式典を丸ごとぶっ潰すためなんだけど、手伝ってくれるよね?」

「え? そんなこと聞いてねえぞ? この地方のことは親父にも任されてんのに?」

「だから……知らないってば……もう面倒くさいから始めるよ? ……【黒百合】」


 ルルーシュは右手を力無く真上に掲げ、その掌に魔力を集約させる。


 ミーシャは目にも止まらぬ速さで、ルルーシュを抱え、会場の死角へと移動した。


「馬鹿じゃねぇの? 何いきなりぶっ放そうとしてんだよ!」

「嘘に決まってんじゃん……そんなに慌てちゃってー、そんなに嫌だった?」

「何がだよ」

「んー?ミーちゃんがここに来た理由って、ケーキでしょ?」

「……っぐ、ルル……何が望みだ?」

「んふふー、うちが今抱えてる仕事、幾つあるでしょうか?」

「あぁ? この間一個終わらせてたから……二つ?」


 ルルーシュから、目には見えない魔力の弾丸がミーシャに向けて放たれる。


「うぉお? あぶねえな、あー……三つだったか?」


 弾丸の数が十増えた。

 しかも、その全てに【闇属性】の極地、即死の呪言が込められている。


 一切の遠慮もなく、それらは放たれ、ミーシャはすかさず自身の両手に魔力を集め、一つずつ丁寧に弾き飛ばす。


「……物騒なもん飛ばしてくんな!」

「二十八個……、これなんの数字かわかる?」

「……」


 ルルーシュはにっこりと笑い、ミーシャは冷や汗を流す。


 即死の呪言が放たれたことには、ミーシャは触れない。

 は、彼女たちにとっては日常茶飯事であり、大したことではないのだ。


 当然、ルルーシュも本気で殺すつもりなんてないし、ミーシャがこの程度の攻撃に遅れをとるとも思っていない。


 ただ、その威力と効果が、一般的な魔法戦とは桁違いであるというだけで。


「十五で手を打ってあげる」

「はぁ? お前どうせサボって溜まっただけだろ!」

「じゃ、ケーキは諦めてねぇー」

「……五!」

「十二」

「うぐ……は、八!」

「今度は止めてあげないからね?」

「あー、わかったよ……十! これでどうだ?」

「うん、いいよ。じゃ会場戻ってケーキ食べ行こー」

「……はぁ、最悪じゃねえか」


 ルルーシュはご機嫌で会場に戻っていく。

 その後を、肩を落として歩くミーシャ。


 二人は、会場に戻ると、キラキラと輝くスイーツを片っ端から楽しんだ。


「うまっ! おい、ルルこれ食べたか? 食ってみろって、すっげえ美味い!」

「んー、甘くていいね。あ、ミーちゃんあっちのも食べてみない? なんか珍しい果実の匂いがする」


 もし、この二人が【七竜人】だと名乗りを上げても、二人の緩んだ表情を見て、それを信じる者はいないだろう。


 束の間の楽しい時間。


 しかし、ここは人間種が支配する国。

 亜人種の国を侵略し、乗っ取ってできた国。


 そんな国の建国記念式典、立食パーティで終わるわけがなかった。


「お集まりの皆々様、本日はこのノイトラル公国の建国の記念を祝して、一つ素晴らしい催しを準備しております。この後間もなく、始まりますので、どうか心ゆくまでお楽しみくださいませ」


 

 仮面を被った男が、会場の真ん中の壇上から高らかに宣言した。

 それに応じて、周囲は拍手に包まれる。


「ん? なんか始まんのか?」

「食べ終わってから喋ってよ……」


 ミーシャとルルーシュにもその宣言は聞こえており、二人は意識をそちらに向ける。


「さぁ! ご覧ください! は世にも珍しい亜人の双子でございます! しかも! ただの双子ではございません! こちらは妖精族と精霊族の双子なのです!」


 会場の中央、そこにあるステージに一人の男と二人の少女が現れる。

 仮面を被り、会場を煽る男。

 二人の少女は布切れ一枚というみすぼらしい格好だった。

 両手両足に枷をつけられ、首には魔力を封じる首輪まで付けられている。


 会場の熱気が上がる。

 それに反して、ミーシャとルルーシュの視線は冷めていく。


「……妖精ねえ。最近じゃエルフっていうんだっけ? しかもあいつ、もう堕ちてんじゃねえか。あれじゃダークエルフだろ、もう」

「それに、もう一人も危ないね。どうするミーちゃん」

「なあ、そのミーちゃんってのやめてくんない?」

「いいじゃん、可愛いでしょ?」

「はぁ……他の前では呼ぶなよ」

「はーい。それでどうするの?」


 ミーシャは、スーツのジャケットをその場に脱ぎ捨てた。

 不敵に笑い、自信に満ちた声でその場の空気を支配する。


「おい! そこの死に損ない! お前ら……こいつらが憎いか?」


 ミーシャの声は、二人の少女に向けて発せられる。

 二人は、力無くその力強い誰かの声の方を向いた。


 二人の視線の先には、ぱっと見は人間種と違いはないけれど、彼女の内にある魔力の質がその者が人間種でないことを証明している。


 人間種しかいない空間に、人間種でない何者かが堂々と立ち、自分たちに話しかけている。


「お前たちが奪われたもん、こいつらに償わせねえとなぁ」


 彼女は、ニヤリと笑い、魔力を解放する。

 常人ならば、その魔力に触れただけで死を覚悟するほどの、圧倒的な密度の魔力。


「どうする? お前たちも手伝わねえか?」


 二人の少女の視線の先に立つ彼女は、こんな状況でも堂々としている。

 自分以外、周りの全てが敵である状況で。


「て……手伝いますっ! お願いします! ……助けて!」


 何日も碌な食事をしていなかったのだろう。

 声は掠れ、叫んだ後は咽せてしまっているけれど、その気持ちは、その想いはミーシャに届いた。


「ルル、行くぞ」

「はーい。……【凶鬼夜行きょうきやこう】。ミーちゃんはあの子たちのところに行って」


 ミーシャはルルーシュの言葉を聞くや否や、一瞬で少女たちの目の前に移動していた。


 同時に、少女たちの横に立っていた男が、遥か後方に吹き飛ばされる。


「少し目ぇ閉じてな」


 少女たちは素直に目を閉じる。

 身体の周りを、何かが凄まじい速度で数回通り過ぎた。


「もういいぞ」


 声と同時に、少女たちを拘束していた全ての枷がバラバラに切り刻まれていた。

 驚きと安堵で、泣き出す二人。

 

「よく頑張ったな……お前ら名前は?」


 涙を拭い、縋るようにミーシャの問いに答える。


「ぼ、僕はエルダ……妖精族だったけど、身体……変になっちゃった」

「私はピ、ピスタと申します! 精霊族……少しなら戦えます!」


 ミーシャは二人の頭を優しく撫でて、ニコッと笑った。


「そうか、エルダとピスタだな。覚えたっ! じゃあ、早速やって貰いてえんだけど、いいか?」


 ミーシャの声に、二人は精一杯応えようと、魔力を練り始める。

 しかし、弱った状態では、うまく魔力は扱えない。

 途端に不安が押し寄せてきたのか、肩を震わせながら、何度も魔力を練ろうと試みるエルダとピスタに、ミーシャはゆっくりとあるものを指差した。


「お前たちは、まずこの会場の美味いもんをたらふく食ってきな。まさか戦わされるとでも思ったか? かはは、あたしがそんなにか弱く見えるか?」


 ミーシャは二人の背中を優しく押し、豪勢な食事が並ぶテーブルの方へ送り出した。

 よほど空腹だったのか、エルダもピスタも脇目も振らずに食事にありつく。


「おう、食え食え。周りの掃除はあたしらに任せな」


 ミーシャは既に、地獄絵図になりかけている会場を横目に、すぐ横に建っている城の屋上へと意識を向けた。


「ルル、ここ任せていいか?」

「いいよぉ、その代わりは頼んだからね?」


 ルルーシュが発動した魔法は、闇の魔力から無数の理性なき鬼を、この世に顕現させ意のままに操るというものだった。

 会場にいた者の中には、戦える者も少なからずいたけれど、その圧倒的な数の前では成す術なく飲み込まれていく。


 ミーシャは、会場はルルーシュに任せておけば問題ないだろうと、その場を離れ、城の屋上へと飛び移った。


「随分と派手なことをしてくれるね、それが君たちのやり方なのか? 七竜人!」


 ミーシャの前には一人の青年の姿があった。

 黄金の鎧に、身の丈ほどもある大剣。

 その姿は、ミーシャのと一致している。


「君たちがあの子たちを助けるところは見た。そのこと自体は感謝している。俺の立場では、どうしてもできないこともある……だが、会場の者を皆殺しにする必要はあったのか? 君の力なら、被害を出さずに助けることもできたはずだろう?」


 ミーシャは、顔をしかめ、苛立った様子で溜め息を吐いた。


「もういいよ、さっさと始めようぜ。お前はあたしを殺しに来たんだろ?」


 青年はさらに声を荒げる。


「ふざけるな! あれだけの者の命を奪っておいて……そんなに殺し合いが好きなのか?」


 ミーシャは問答無用で魔力を解放し、一瞬でその間合いをつめた。

 ミーシャの掌が青年の顔面を掴み、会場から離れた森の方まで投げ飛ばした。


 青年は何が起きたのかわからない。

 それほどまでに速く、簡単に主導権を握られてしまったからである。


「ほら……ここなら手加減とか要らねえだろ?」


 ミーシャは、音もなく、いつの間にか青年の前に立っていた。


 青年の顔に、焦りが見える。


「お前さ、自分より弱え奴としか戦ってこなかったんだろ? じゃなきゃ言えるわけねえもんなぁ」


 ミーシャの鋭い視線が、青年の動きを固くする。


「君みたいな悪を裁くために、俺は戦ってるんだ! 知ったように俺を語るな!」


 青年の主張は、ミーシャには届かない。


「薄っぺらいな……お前」


 ミーシャはそれ以上語ることなく、静かに【虚楼うつろ】を発動する。

 ミーシャが得意とする魔法の一つであり、境界のない結界魔法でもある。


 効果範囲は、ミーシャの魔力が届く範囲全て。

 その効果は、五感の全ての完全支配。


 効果範囲に入ったら最後、全ての感覚を惑わされる。


 青年は、ふらふらと力無く剣を振り回すけれど、それがミーシャに当たることはない。


 一歩ずつ、青年との距離を詰めていく。

 青年は、その音も姿も、何もわからない。


 ミーシャは一閃、手に込めた魔力を鋭く研ぎ、青年の首を斬り落とした。

 もう二度と青年が起き上がることはないし、再びミーシャの声を聞くこともないのだけれど、ミーシャは閉ざした口をようやく開いた。


「助ける命を時点で、お前もあたしも同罪だろうが。……クソ、自分だけが正しいみたいな顔しやがって……。あの国を滅ぼす時に、何人の亜人たちを殺した? そいつらはお前の剣で斬らなければならない悪だったか? だからあたしはが嫌いなんだよ」


 ミーシャはもう一つ、大きな溜め息をついてその場を離れた。

 

 会場に戻ると、そこには死屍累々が積み重なり、とても食事ができる環境ではなかったけれど、エルダとピスタはまだ食べ続けていた。


 戻ったミーシャの隣にルルーシュがやってくる。


「おつかれ……、早かったね」

「おう、今の段階ならこんなもんだろ」

「そっか、やっぱり弱かった?」

「勇者っつっても、あの程度じゃ何の脅威にもならねえのに……いや、にとっては、それでも十分脅威だったわけだしな……はぁ」

「それで、あの子たち……?」


 二人はエルダとピスタに目を向ける。

 ミーシャは大きく伸びをして、先ほど脱ぎ捨てたジャケットを乱暴に拾い上げながら、少女たちの元へ歩いていく。

 ルルーシュもそれに続く。


「おー、エルダにピスタ、食いながらでいいから聞いてくれ。あたしらはもうここを離れるけど、お前らはどうする? 帰るアテがあんなら送ってくけど?」


 ミーシャの言葉に、二人は黙り込んだ。

 ミーシャはジャケットも肩に掛け、彼女らしく不敵に笑った。


「行くとこがねえなら、一緒に来るか? 飯と寝床くらいは保証するぜ? それと、お前らが望むなら、戦い方も教えてやる」


 少女たちは、迷わずミーシャの手をとった。

 ミーシャは笑い、ルルーシュも笑った。


 彼女たちの周りには、原型を留められないほどに壊された人間だったものがいくつも転がっている。


 彼女たちのしたことの善悪は、誰が測るのだろう。

 この問いに、ならどう答えるだろうか。


「あー! そういえばまだ食ってないケーキ残ってたの忘れてたぁ!」

「あんだけいっぱい食べたんだからいいでしょ」

「いやいやいやいやいやいや! ……あぁああああ!」


 ミーシャの嘆きの声がその場に響き、幼い笑い声がそれに続いた。

 

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