第13話 3日目

 3日目。木曜日。

 

 乃亜は午前7時を過ぎた頃、恐る恐るマンションに制服を取りに行った。

 寝室に酷い臭いが残っていたが、他に変わった様子は無く、着替えてすぐに学校へ行った。


 その日の授業はほとんど寝て過ごしたが、致し方ないと自分に言い聞かせてた。小春は呆れていたが、今は学校は二の次だ。授業が終わると、すぐに自宅へ帰った。



 リビングのドアを開けると、沙羅がタブレットで動画を見ていた。

「……ただいま」

「おかえり、お姉ちゃん」

 沙羅は、タブレットから目を離さず答えた。二次元のキャラクターが、意地悪な女子が最終的に酷い目に遭うスカッと系の話を読み上げていた。どう考えても現実の話とは思えないが。周りには、インスタントラーメンやら冷凍食品のゴミが落ちている。


「なんか臭いよ」

 乃亜が側を通ると、沙羅は鼻を摘んだ。乃亜は溜め息を吐いて振り返る。やれやれ、私は家族を養うために働いてるのに。臭いなんて言われて、寂しいお父さんかよ。

 しかし、こんな妹でも今はたった1人の家族だ。なんだかんだ言っても、守ってやらねばなるまい。


 乃亜はじっと沙羅の顔を観察した。大きな目と少し膨らんだ頬が可愛らしい。姉妹だが、あまり似ていると言われたことはない。乃亜は母親似で、少し垂れた目と低い鼻が特徴といえば特徴だが、特に褒められる事もない。

 沙羅は南国系の顔立ちで、目鼻がくっきりしている。癖のある、茶色がかった長い髪もよく似合っていて、2人で一緒にいると、沙羅ばかりが可愛いと褒められていた。ひとしきり沙羅が褒められた後、気を遣ってお姉ちゃんも可愛いね、何て言われたが、何のフォローにもなっていない。

 沙羅は父親似なのだ、と自分の中では思い込んでいるが、父親の記憶が無いのでよくわからない。


「何よ?」

「あのねえ……」

 乃亜は色々言いたい事はあったが、睡眠不足で頭がうまく働かないので諦めた。

「今日は夕飯作ってる時間無いから、冷凍庫に入ってる冷凍弁当食べな」

「えー、また!? もう飽きたよー!」

「文句あるなら自分で作りなよ。おばさんがくれた野菜もいっぱいあるし」

「めんどくさい。それなら食べなくて良いや」

「そんな生活してたら身体壊すよ。あ、そうだ」


 乃亜は通学カバンを漁ると、ごちゃごちゃした中から何かを探す。着替えの入った袋、ヘッドホン、漫画本をテーブルの上に出してから、バランス栄養食品のブロックを探し出した。今日の昼飯用に買ったが、パンを食べたら思ったより腹が膨れて、残して来たものだ。

「これも一緒に食べなよ。気休めだけど」

「フルーツ味? 私、チョコ派なんだけどなぁ」

 乃亜は顔が引き攣った。


「あ、それよりその漫画読ませてよ! 前にアニメやってた奴でしょ?」

「これ?」

 そう言えば、電車で続きを読もうとマンションにあった漫画を拝借していた。

「別に良いよ。バイト先にもっとあるから、続きも借りて来てあげる」

「やったー! ありがとう、お姉ちゃん! 良いバイト先だね!」

「全然良くねーよ……」


 幽霊が出るし、という言葉を飲み込む。乃亜は、これからまたあのマンションに行がなければならないと考えると憂鬱になった。

「ふーん? よくわかんないけど、頑張ってね!」

「……一応聞くけどさ、今日もお母さんから連絡無い?」

「うん。何にも無い」

 沙羅は漫画を読みながらあっさり答えた。

 


 着替え袋を鞄に詰め込むと、すぐにマンションに向かった。マンションの前には、スーツ姿の怜司と、毛糸の帽子を目深に被った、細身の男が立っていた。

「よう、待ってたぜ。暗くなる前にやっちまおう」

 怜司は時計を見た。乃亜もスマホを見ると17時を回っている。


 乃亜は、もう一人の男に会釈した。

「ああ、こいつは今日の助っ人だ。名前は羽川」

 羽川はかなり身長が高い。半袖のシャツから出ている腕と首は細く、より痩せた印象を受ける。年齢はよくわからないが、30代後半ぐらいだろうか。しかし、ビジネス用のシャツと、季節外れの毛糸のニット帽が何とも不釣り合いだ。


「あの……よろしくお願いします」

 乃亜は頭を下げた。痩せて落ち窪んだ目が、乃亜を見下ろす。

「この娘が今回の仕事人ですか?」

 羽川は乃亜の挨拶に応えず、怜司を向いて言った。

「そうだよ。こう見えてこいつ、かなり『見える』んだぜ。期待の新人だよ」

「……だからと言って、こんな娘を騙して利用するなんて。やはり四ツ辻は外道ですね」

 羽川は怜司を睨みつける。


「おいおい、俺が無理やり連れて来たわけじゃないぜ?  こいつは金が要る、俺たちは金を払う。需要と供給が一致してるんだ。……それにあんただって、そんな事言える立場かよ? 金が欲しいんだろ?」

 怜司は羽川に顔を近付けた。口元に薄笑いを浮かべているが、サングラスの下の目は笑っていない。2人の間に険悪な空気が流れた。


「……感想を言ったまでです。仕事はしっかりやらせてもらいますよ」

「そうじゃなきゃな。頼りにしてるぜ、羽川さん」 

 怜司は羽川の肩を叩くと、マンションの中に入った。


 3人は、夕陽が差し込む寝室に立っていた。乃亜は寝室に恐る恐る入ったが、開いたままのクローゼットの中には、誰もいなかった。


 羽川はクローゼットに入って中を、隅から隅まで手探りで確認した

「あの人、霊能者なんですか?」

 乃亜は不思議そうにその様子を眺める。

「まあ、そうだな。昔、神社で神主の見習いやってたらしいが、色々あって追い出されたんだと」

「昔の話ですよ。今は、ただの内装業者です」

 羽川は振り返らずに答えた。確かに、姿勢の良い佇まいや、丁寧な所作は、神職と言われて納得できる。


「どうして、追い出されちゃったんですか?」

「こいつ、こう見えてギャンブル中毒なんだよね。競馬もパチンコも大好きでさー。非合法なカジノも手を出して、結局、借金で首が回らなくなって、最後は賽銭盗んだのがバレたんだと」

 乃亜は脱力した。

「すごく真面目そうな人なのに……」

「人を見た目で判断してはいけませんよ」

 羽川は眉一つ動かさずに言った。


「あ、余計な事言っちゃった? 気を悪くしたらごめんねー」

「……別に構いませんよ。ほぼその通りですから」

「で、やっぱそのクローゼットで間違いなさそう?」

「そうですね。……苦しむ『声』が残っています」

 乃亜は耳をすませた。

「声……? 何も聞こえないけど」

「あのオッサン、耳が良いから普通聞き取れない音や声が聞こえるんだと」

「『見る』よりは『聞く』方が得意ですね」

 羽川が持って来た鞄から何やら物を取り出し始めた。

「あの、クローゼットをどうするんですか?」

「封印します」

 羽川は、大量の札を取り出した。


 札には読めない字が、墨で書いてある。羽川はクローゼットの隙間を札を貼って埋めていく。乃亜は、手際を感心して見ていた。羽川は、最後に扉の真ん中に大きな札を貼った。

「……これで大丈夫だと思います。札を剥がさない限りは、クローゼットからは出られない」

「へえ……凄いですね」

 乃亜は札をそっと触れた。簡単に剥がれそうにない。


「良かったな、乃亜。今日はベッドでぐっすり寝られるぜ」

「へ……?」

「ん? クローゼットに閉じ込めたから、もうこのベッドで寝られるだろ?」

 怜司はすぐそばのベッドを指差した。


  「いやいや、こんな近くで寝られるわけないでしょ! 夜中にカリカリ音がしたりしたら怖いですって!」

 乃亜は怜司に食ってかかった。流石にそこまで心臓は強くない。


「部屋ごと封印します。おそらくその方が良い」

 羽川は部屋から2人を追い出し、寝室のドアにも和紙と札を貼った。


「これで依頼された作業は完了です。これでいいんですね?」

「ああ。ひとまずこれで様子を見る。金は振り込んでおくから、後で確認しな」

「ありがとうございます。それでは、私はこれで」

 羽川は、そう言うと荷物を片付け始めた。

「おう、お疲れー。ちょっとタバコ吸ってくるわ」

 そう言うと怜司は、書斎の引き戸を開けてベランダに出て行った。

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