おとぎブレイカー ・狼男のリンドブルム・
駿河一
おとぎブレイカー ・狼男のリンドブルム・
この世界が『おとぎ話』のようであればと思った。
草木が歌って、動物たちがお話をして。見えるものすべてがキラキラしている。そんな素敵な世界がこの世のどこかにあってもいいのに、どうしてどこにも見つからないんだろう。なんで誰もそんな世界を作ろうとしないのかな。
あ~あ。どうせ現実がこうなら、全部夢に置きかわっちゃえばいいのにな。
いっそこの世界の全てが、おとぎの世界に変わればいいのに。
おとぎブレイカー
・序話・
一年前。ぼく『雨宮蒼汰』が小学四年生になった時の、その年の最初に受けた国語の授業を今でも覚えている。
『物語を作ってみよう』
教科書には簡単なテーマと三人くらいのキャラクターだけが参考に書かれていて、あとは全部好きにしてよかった。ファンタジーでもSFでもいいし、キャラクターもいくら増やしてもいい。原稿用紙の縛りもなく、どんなテーマでも、どんな長さでも許された。
だけどそんな自由すぎる授業にも、たった二つだけルールがあった。
それは、決して誰かを悲しませない事。
そして、必ず完結させる事だった。
☓
・第一話・戦う狼男
「『首無し死体』!?」
お昼休みの教室に素っ頓狂な声が響き渡った。
「そうだよ、また出たんだってさ!」
「ええ~こわっ!ほんとに首切られちゃうの?なんで!?」
「さあ?なんでも、死体のそばには必ずハートのトランプのカードが置いてあって、そのカードには『首を撥ねよ!』ってメッセージが書かれてるんだって。今朝のニュースでやってたよ」
「な、何それ。なんか嘘っぽいけど……」
教室の真ん中にできた人だかりからは、いろんな声が聞こえてくる。
その声に聞き耳を立てていると、人だかりから抜けてきた『須藤裕也』が、窓際の席に座っているぼくの元へと駆け寄ってきてくれた。
「蒼汰はどう思う?この話」
「ううん、どうって言われてもなぁ。だって事件があったのは本当なんでしょ?」
ぼくは「そうらしいぜ」と答える裕也の顔を見上げながら、頬杖ついて考え込んだ。
ここ数日、ぼくの街では『首無し死体』の話題で持ちきりだった。
なんでも、被害者はまるでギロチンに架けられたように首を斬られていて、そばには必ず『首を撥ねよ!』と書かれたハートのトランプが置かれているのだとか。
そんな事件がテレビや動画で毎日のように取り上げられていて、『この事件の犯人はどんな奴だ?』とか、『どんな手口でやったんだ?』とか、他にも色々な意見が飛び交っていたりして、みんなすっかり白熱してしまっているんだ。
「でもその死体って、本当に見た人っていないんだろ?」
「えっ、そうなの?」
と、ぼくの後ろに立っていた『田中啓介』が口を開く。
「みんな毎日あんなに騒いでるけど、もし本当にこんな事件が起きているとしたら、今頃は警察だって巻き込んでもっと大騒ぎになってるだろ。どうせこれも、誰かの流した嘘っぱちだよ」
「じゃあ啓介は信じてないの?」
「当たり前だ。だいたいこんな大掛かりな手口、証拠とか以前にすぐバレるに決まってる。ありえねぇだろ」
「うぅん……」
後ろで得意げに腕を組む啓介の現実的な言い分に、ぼくは無意識に逃れるように窓の外へと目を向けた。
「それなら、なんで犯人捕まらないんだ?」
「だからさ、初めから事件なんて起きてないんだよ。ただの噂が独り歩きして、受けがいいからってテレビが飛びついたんだ」
「そんな!でも何も起きてないのに、こんな大騒ぎになるわけないよ」
「じゃあ裕也は信じてるのか?」
「信じるっていうか、何か起きているんじゃないかって事だよ!」
「はぁ……」
ぼくは裕也と啓介の話に挟まれながら、二人に聞こえないように小さくため息をついた。
この事件の話題が上がるたびに、クラスはいつも二つの勢力に分かれていた。
裕也のように、事件の存在を信じている人たちと。
啓介のように、事件の存在を否定する人たち。
ぼくはどちらかといえば否定よりだけど、実際この事件には、啓介の言う通り不可解な点が多すぎたんだ。
そもそも首を斬るなんて簡単なことじゃないし、それだけ大掛かりなことをしていれば必ずどこかに証拠が残るはずだ。なのにそういう話だけは不思議と全く上がってこなくて、ただ『首無し死体とトランプカードだけがあった』という話だけ独り歩きしているのは確かにおかしい。
そんな綺麗に証拠も残さずにこれだけの事件を起こすなんて、普通に考えれば不可能だろう。
……だけど正直なところ、裕也が言うように『何か起きている』っていうのも、きっと間違いじゃないのだと思っていた。それが何かはわからないし、根拠なんてどこにもないけど……だけど、何か大事な何かを見落としているようなこの違和感を、啓介の言うようなただの噂で片付けるのは、何か違うような気がしたんだ。
「なあ、お前はどう思うんだよ。蒼汰」
「ううん……ぼくは」
と、右側に回り込んでくれていた啓介に向かって答えようとしたその時。
ジリリリリリリッ
『ああぁいけない、早くしないと遅れてしまう!パーティに遅れてしまいますぞ!!」
「「「……?」」」
突然、廊下の方から目覚まし時計のような音がして、ぼくたちクラスメート全員が一斉にその音の方へと向いた。そしてその音の発生源を見た瞬間、クラスメート全員の目が真ん丸になったのが分かった。
けたたましくベルを鳴らしているのは、頭がぼさぼさに乱れた白ウサギが持っていた、金の懐中時計だった。
『ああああ、急げ急げ!早くしないと遅れますぞ!』
白ウサギは何か慌てた様子で、時計を右手でしっかりと握りしめながら、二本の後ろ脚でタタっと廊下を走ってあっという間に教室の前を通り過ぎて行く。
「待って!誰かそいつ捕まえて!!一階のウサギ小屋から逃げ出したの!!」
その後ろを、これまた慌てた様子の生徒たちが何人もウサギを追いかけて走っていった。
「なにあれ……ウサギ?」
走っていったあの白い姿は確かにウサギだった。
でも『ウサギ小屋から逃げ出した』なんて言ってたけど、そもそもこの学校ってウサギなんか飼っていたっけ……?
「僕たちも行ってみよう、蒼汰!」
「あっ、ちょっと!?」
そんなことを考えている間に、裕也は弾かれるようにぼくの前から飛び出して、ウサギを追いかける集団の中へと飛び込んでしまった。しかもそれにつられて、クラスメートの半分くらいも「私たちも行こうよ!」と裕也についていってしまう。
「ま、待ってよ!」
「おい裕也!……ったく!」
ぼくは席から立ち上がって一度啓介と顔を見合わせてから、行ってしまったウサギ追い集団の後を追って教室を出た。
集団は階段をのぼって三階へと向かったらしく、ぼくたちの頭上の三階廊下で騒ぎが起きてるせいか、廊下中がバタバタとうるさくて落ち着きがなかった。
「……なぁ、蒼汰。この学校、ウサギなんか飼ってたっけ」
「いや……飼ってなかったと思う。どこかから迷い込んだのかな……」
ぼくたちは階段へと向かいながら、どこか不安そうな啓介の声に首をかしげる。
この学校に入学して五年。これまでに一度だってウサギの世話なんてやったことはないし、何なら生きたウサギなんてもう何年も見ていない。一瞬頭の中で『ペットショップから逃げ出したんじゃないか?』という安直すぎる考えも浮かんだけど、ぼくが知る限り学校の近くにペットショップなんてなかったはずだし、もし仮にそうだとしたら、今頃は先生だって巻き込んでもっと大騒ぎになっているはずだ。
そもそも、あいつは金の懐中時計を持っていた。時計を右手でしっかりと握っていて、走る姿だって後ろ脚だけで、まるで人間みたいだった。それに聞き間違いでなければ、あのウサギはぼくたちと同じ言葉だってしゃべっていた気がする。
いったい、何が起きて。
ガサッ
「……?」
と、階段に足を乗せた途端、突然柔らかい地面を踏んだような生ぬるい感触が伝わってきた。
「え……」
その感触の違和感にぼくは足元に目を向けると、それはさっきまでただの階段だったはずなのに、茶色の土と黄緑色の草原で彩られた段々の坂へと変貌していた。
「……なに、これ……」
いや、それだけではない。
顔を上げれば、目の前にはなぜか美しく透き通る青空が高く広がり、薄緑の温かい風がぼくの身体を優しく吹き抜けていった。風は上の方から甘い香りを運んできて、それはまるで焼き立てのケーキのようにおいしそうで、ぼくをそのありかへと誘うようにどんどんと香りが強くなっていく。
「……な……なんだよ、これ!ありえねぇよ!なぁ、蒼汰!!」
「啓介ッ……!」
慌てふためく啓介の悲鳴に意識が引き戻され、ぼくは階段の手すり……のはずの岩壁につかまって振り返った。啓介は両手で頭を抱えて小さくなってしまっていて、このいきなりすぎる変化を見てしまわないようにぎゅっと目をつむっていた。
そしてその後ろでは、この草原の地面がまるで地を這う蛇のようにうねうねと廊下や壁を伝いながら、ぼくたちの知っている学校の景色や構造を塗りつぶすようにどんどん広がっていく様子がはっきりと見えてしまった。
「あっ……あぁ……」
「……ありえねぇよ。ここ、学校の中なのに、空が見えるなんて。こんなの絶対おかしいって!」
「け、啓介、しっかりして!」
ぼくは下を向いたまま動けない啓介の両肩を支えながら、どんどんと塗り替えられていく学校の景色に息を呑んだ。
辺りはいつの間にか緑一色の平原へと変わり果て、階段に相当する場所は土づくりの段々が積まれた茶色の坂になっていた。坂には階段の手すりの代わりに岩で固められた塀が坂に沿って建てられ、坂を上った先の方で、焼き立てケーキの甘い香りと、あのウサギの声がかすかに聞こえてくる。
『さぁ皆さんこちらへ!パーティ会場はもうすぐですぞ!!』
「「「はーい!!」」」
「裕也……!?」
ウサギを追いかけていたはずの集団が、ウサギの言葉に元気よく返事をしていた。
そしてその中に、裕也の声も交じっていた気がした。
『さぁさぁ行きますぞ!この私についてきたまえ!!』
「ま、まって!!」
ぼくは弾かれるように飛び出し、目の前の坂を必死にかけあがった。
のぼりきったそこは崖で途切れた草原の丘の頂になっていて、まるでペンキを塗りたくったように青一色な空だけが広がり、崖の縁ではウサギを追っていた集団がキレイに一列に並んで立っていた。
そして。
「そぉ~れ!」
ぴょんっ
先頭の一人が、崖の外に向かって元気よく飛び出した。
「ま……ッ……」
ぼくは落ちていく人影を追って崖っぷちに駆け寄った。
崖は深く、まるで底の見えない穴のようにどこまでも下へと続いていて、飛び降りたその子は吸い込まれるように崖の底へと落ちていき、あっという間に見えなくなってしまった。
こんなに高い所から落ちてしまったら……。
『さぁ、次の方もおいで~!』
底の見えない崖の底から、あのウサギの声が響いてくる。
その声につられるように列が一つ前に進み、崖をのぞき込むぼくの隣で、今度は裕也が崖っぷちに踏み込み、そして。
「そぉ~れ!」
何のためらいもなく、崖の外へと飛び出した。
「ゆ、裕也ッ!!」
ぼくは咄嗟に身を乗り出して、落ちていく裕也の右手に両手でつかみかかった。
「うわっ……!?」
裕也の全体重がぼくの両腕にガクンとのしかかってきて、上半身が崖の外へ投げ出されてしまう。
「あれ、そーた?」
「裕、也……待ってろ、今……!」
ぼくは膝やつま先を地面にひっかけて踏ん張りながら、裕也を少しずつでも引っ張り上げていく。
人の身体は腕だけで持ち上げるには重たすぎて、こうして落ちないように捕まえているだけでも、すでに両腕がちぎれそうだった。
でもそれ以上に信じられなかったのが、こんな危機的状況にも関わらず、ぼくに右腕を掴まれてぶら下がっている裕也の目が、まるで夢でも見ているみたいに虚ろで、しかもどこか笑っているように見えていたことだった。
「そーた、なにやってるの?」
「な……何って……」
「すっごいきれいなんだよ。ウサギさんがね、ぼくをぱーてぃにつれていってくれるんだって」
「何言ってんだよ……!おい、裕也!」
裕也はニタっと口元を歪め、寝言みたいに呟いていた。
ぼくのことを見ているはずなのに、目の焦点が全く合っていない。
「そーたも、おいでよ。ほら」
「あ……っ!」
と、突然裕也がぼくの腕を反対の手で掴み返してきて、そのまま体重をかけて体を振り、崖を蹴りつけてきた。その反動で踏ん張っていた足が地面から離れて、さっきまであんなにつらかった腕が急に楽になった。
腕を放したわけじゃない。裕也に腕を掴まれたまま、ぼくは引きずり込まれるように崖の底へ落ちていたんだ。
「なん、で……」
助けようとしたのに、そのはずの相手に逆に引きずり込まれた。
ぼくは目を真ん丸に見開いたまま、この訳の分からない事実を受け入れることができないでいた。
こんなの、絶対におかしい。
だってついさっきまで、ぼくたちはいつも通りの学校生活を送っていたはずだったんだ。それがいきなり、あんな訳の分からないウサギが出てきて、辺りの景色が全部こんなことになって。
こんな夢かおとぎ話のような出来事の連続が、現実であるわけがない。
……そうだ。これは夢なんだ。
これは『夢』だ。『現実』じゃない。
こんなものが、現実であるわけがないんだ……!
『おい』
ガシッ
「うッ」
突然、左腕に強烈な力が加わって、そこを支点に体が宙ぶらりんになった。
吊り上げられた左腕にぼくと裕也の二人分の重さがのしかかり、両肩が外れそうな錯覚を覚える。
『お前、俺が見えてるな』
「…………?」
強烈な痛みと痺れに震えながら、ぼくの左腕を掴む『ソイツ』の声がする方へ目を向けた。何か人影のようなものは見えるけれど、痛みで揺らぐ視界と逆光のせいで姿まではわからない。ただ、そいつはぼくの腕を大きな手で軽々と掴んでいて、ぼくよりもずっと大きい存在であることは確かだった。
「……だ、れ……」
『一度しか言わん。助けてほしければ、そのガキを放せ。そいつはもうダメだ』
「……!」
ソイツは地面が揺れそうな低い声で言い放つ。
でも、その馬鹿げた質問のおかげで、もうろうとしていたぼくの意識は一気に現実に引き戻された。
「……いやだ!」
『嫌ならこの腕をへし折るぞ。いいのか?』
「あっ!?うぅ……!」
ソイツは宣告通りに、ぼくの左腕を握りつぶしそうな勢いで力を加え始める。その容赦のなさにぼくは目を瞑って耐えることしかできなかったが、それでも裕也を掴む手を放す気はなかった。
あなたが誰か、何がもう『ダメ』なのか。何から何までわからないことだらけだけど、友達を見捨てることだけは絶対に間違いなのだと、それだけは絶対にわかることだったからだ。
「……絶対嫌だ。ぼくが……ぼくが、助けるんだ!」
ぼくは両目をしっかりと見開いて、逆光で見えないソイツを精一杯にらみつけて叫んだ。
その答えにソイツがどんな表情を浮かべたのかはわからなかったけど、左腕を握る手の力がわずかに緩んだ気がした。
『……いいな、お前。気に入ったぞ』
「え、わっ……!」
いきなり腕をグイっと引かれて、ソイツの目の高さまで持ち上げられる。
そのおかげで、ずっと姿が見えなかったソイツの顔と、正面から目を向かい合いことができた。
『いいだろう、力を貸してやる。お前の『夢』を俺に食わせろ』
ルビーのように澄んだ赤色の目と、細長く突き出た耳と口。
ニィッと不敵に微笑む口元から鋭い牙をのぞかせるソイツは、海のように深い青色をした狼男だった。
「……!!」
あまりに人間離れしたその姿に息も忘れて驚いていると、狼男はぼくの腕にしがみつく裕也の手を雑に引きはがして足元に放り、ぼくの頭を一掴みにできそうな強大な手と腕で、ぎゅうっと苦しいくらいに抱きしめてきた。
「……うっ……」
『これは契約だ。お前の夢を糧として、俺はこの世に生存する』
「……何のために」
『俺を願う者のため。そして、俺自身の存在のために』
「……願う、もの……」
狼男の逞しい腕に抱かれ、深みを増していく毛皮の暖かさに、どこか眠気に似た安心感を覚えた。だけど、この暖かさはとても力強くて。何もできなかったぼくに、確かな勇気と力を与えてくれるような気がしたんだ。
『……伝説だ』
『伝説。そうか、こいつが女王様の言っていたレジェンドなのか!』
『そうだ、こいつが『レジェンドホロウ』だ!』
辺りの草原から、誰かの囁きがザワザワと響き始め、それに呼応するように舞い上がる草葉の一つ一つが、ハート柄のトランプカードへと姿を変えていく。
『さぁ、俺の名を言ってみろ』
「……」
あなたは誰。
そんな言葉も出てこない位に、ぼくはこの狼男に身を預けて、互いの体がわからなくなるくらいに力いっぱいしがみついていた。
彼は初めから、ぼくに名乗るようなことはしなかった。それはきっと、ぼくにその必要がなかったからなんだ。
ぼくは知っているはずだ。一番に浮かんだ名前を、ただ信じて唱えればいい。
「……『リンドブルム』!」
ゴッ……!!
それは、辺りを取り囲むトランプカードが一斉に飛びかかってきた瞬間だった。
ぼくは狼男の体をすり抜け、ぼくを包み込んでいた狼男は猛烈な蒼い炎となって、無数のカードもろとも辺りの草原を焼き払っていた。
足元から吹き上がる蒼炎はぼくの体をまとうように燃え広がり、それは狼男の毛皮をあしらった厚手のコートとなって全身を覆い、頭の上には群青色の飾り髪を備えた、二本角の狼の顎の帽子がかぶせられていた。
『「……行くぞ!」』
『首を撥ねよ!!』
燃え残った草原が震え、新たなトランプを生成しようとする。その前に、ぼくはたった一度の踏み込みで奴らの目の前へと一気に飛び込み、手のひらからほとばしる蒼炎を握りしめ、震える大地を薙ぎ払った。
蒼炎は青い飛竜の姿をした持ち手を備える両刃剣となり、剣から龍のように伸びる蒼い炎は、ぼくらの世界を飲み込んだおとぎの世界に容赦なく燃え広がっていき、美しい緑の草原を瞬く間に蒼炎の海へと塗り替えていく。
『貴様ー!せっかくのパーティ会場を!!』
この事態に驚いたのか、崖の下から例のウサギが飛び上がってきた。
ぼくの友達やみんなをだまし、さらおうとしたあいつが、目の前に。
『私たちの『アリス』が望む世界の、邪魔をするなぁ-!!』
ウサギは時計を持っていない方の手から、あのおいしそうなにおいのする紫色のカップケーキを取り出して、それをぼくたちの方へと投げつけてきた。カップケーキは瞬く間に巨大化し、ぼくやみんなを押しつぶさんと頭の上からまっすぐに落ちてくる。
ぼくはそいつに竜剣を向け、まっすぐに構えた。
『「失せろ、『アニマ』!!』
直後、竜剣からほとばしる炎がドラゴンの形となって空高く燃え上がった。そのまま剣を縦に振り下ろせば、それは巨大なカップケーキを真っ二つに焼き切り、その後ろにいたウサギ目掛けて食らいつかんばかりに炎が伸びていく。そして切っ先の炎がドラゴンの顎となって大きく雄たけびをあげ、無防備なウサギの腹にがぶりと噛みついた。
『ぎゃあああああっ!?』
ウサギの悲鳴と共に、辺り一面の世界が揺らいだ。
青空は破かれるようにはがれていき、大地は引き裂かれるように真っ二つに割れ、そこからはぼくたちの知っているコンクリート造りの学校の床が現れだす。
『あうぅ、せっかくここまで夢を広げたのに……!出直しだぁ~!!』
ボンッ!
まるで風船でも割ったような愉快な音がして、ウサギの身体は赤いバラの花びらとなって弾け、消えてしまった。
それと同時に、辺りに広がっていたおとぎの世界が、まるで編み物の糸をほどくようにバラバラとほつれて消えていき、瞬きをしてもう一度目を開ける頃には、ぼくたちは学校の屋上で、真っ赤な夕焼け空の下にいた。
周りでは裕也たちがぐったりと眠るように倒れていて、どこにもけがをしているような様子はなかった。
「……はぁ……はぁ……」
ぼくは恐る恐る、自分の両手を見下ろしてみた。
ぼくの身体を覆っていたコートも、この手で握りしめていた竜の剣も消え、体の感覚も感じ方も、なにもかもが元に戻っていた
「……戻ってる」
……そう、これが現実だ。
ぼくたちは帰ってこられたんだ。
そう実感して、ぼくは地平線に輝く真っ赤な夕日に向かって心の中で叫んでいた。
『初めてにしては悪くなかったぞ、蒼汰』
「え……?」
ただ一つ違ったのは、ぼくの隣には群青の狼男が。
狼男の『リンドブルム』が、当たり前のようにぼくの隣に立っていたことだった。
「なんで……」
『そんな事よりもだ。あいつらまだ起きてこねぇぞ』
「っ……!」
問いかけようとした口をリンドブルムの言葉が遮り、ぼくは眠る裕也たちの方へと視線を戻した。
せっかく帰ってこられたのに、裕也たちは冷たいコンクリートの床に倒れたままで、全く目覚める気配がなかった。
「……なんで。ねぇ裕也、起きてよ。起きてってば!」
ぼくは倒れる裕也の肩につかみかかり、上半身を起こして揺さぶってみる。でも裕也の身体は石のように冷たくなっていて、どんなに呼びかけてみても、何の反応もなかった。
「起きてよ……裕也……!」
それはまるで、心だけをあちらの世界に落としてきてしまったようだった。
みんなぼんやりと虚ろな表情を浮かべたまま、誰一人として目覚めなかった。
・第二話・おとぎの国の魔物たち
ボンッ!
「…………」
それはものすごい音だった。
一体、何が起こったんだ。
ずっと階段に縮こまって、震えている事しかできなかった。目の前に広がる景色と、この手に触れる生々しい感触を否定し続けることだけで、おれはそれだけで精一杯だったんだ。
だけど、頭の上で突然地面が割れるようなとてつもない音がして、気が付けば辺りは元の学校に形に戻っていた。
「……裕也……蒼汰……?」
おれは今更階段から立ち上がって、震える足を何とか動かしながら、三階よりもさらに上の階にある屋上の扉を開けて外へ出た。
「裕也!裕也!!……ねぇ、起きてよ!みんな、起きてってば!!」
屋上では何人もの生徒が、まるで死んでしまっているかのようにぐったりと倒れて眠っていた。そしてそんな彼らの両肩をゆすって、涙目を浮かべる蒼汰だけが一人残されていた。
夕焼けの太陽は地平線へと沈んでいき、赤みを増していく太陽の光はべったりと学校全体を照らしていて。それは、影が伸び薄暗くなっていく屋上を赤黒く染めて、まるでここで眠る生徒たちの血が一斉にあふれ出したように見えて、恐ろしく不気味だった。
「う……うぅっ!?うわああああああああ!!」
☓
『いったい何が?校内生徒の半分以上が同時に昏倒。命に別状ないが、回復の見込み未だ立たず』
「……はぁ」
ぼくはスマートフォンに映るニュースの見出しにため息をつきながらベッドの上に倒れ込み、枕元にポイっとそれを投げ捨てた。
屋上で聞いた啓介の絶叫が、いつまでも頭の中にこびりついて離れなかった。
あの時、ぼくは確かに助けたはずだった。蒼い炎の剣を振るって、裕也もみんなも現実に戻ることができたはずだった。なのに、裕也たちは眠ったまま一向に目が覚めなくて、啓介の絶叫で異変に気が付いた先生たちによって、一人残らず病院へ連れて行かれてしまった。その時一緒にいたぼくと啓介は、勝手に屋上にあがっていたことをひどく怒られてしまったけど、正直ぼくも啓介も先生の言葉なんて全く耳に入っていなかった。
考えていたことは、目覚めなくなった裕也たちの事と、突如現実を飲み込んできた『おとぎの世界』とその住人たち。
そして……。
『おい蒼汰、なんか食わねえと腹が減っちまうぞ』
「……」
ぼくはごろんと寝返りを打って、ぼくの足元のあたりで腕を組んで立っているリンドブルムのことをぼんやりと眺めた。
「……なんでいるの」
『ふん、それが命の恩人に向ける言葉かよ。まぁ人間じゃない上に、結果的にはお前の選択だったがな』
リンドブルムは鋭い赤目をさらに細めて、ぼくの寝転ぶベッドのそばへと歩み寄ってくる。だが彼の体が幽霊のように透けているせいなのか、歩く足が床をすり抜けていて足音が全くしなかった。
『それよりも聞くことがあるんじゃないのか。『俺は何者か』とか、『あれは何なのか』とかな』
「知っているの!?」
ぼくはガバッと上半身を起こして、ドスンとベッドに座り込む(ように腰を下ろしただけの)リンドブルムのそばによった。
『当たり前だ。あいつらは『ファンタジアニマ』。俺たちの敵だ』
「ふぁんたじ、アニマ?」
言い慣れない単語に舌を噛みそうになる。
ファンタジアニマ。ファンタジーって、物語のジャンルとかで見るあのファンタジーのことなのだろうか。
「敵って、どういうこと?」
『アニマはお前ら人間の中から、強い『夢』を持った相手をさらっていくんだ。お前も見ただろ?あの変なウサギについていったガキ共が、アニマのえさになるんだ』
「えさって、食べられちゃうの?」
『アニマはその人間の『現実』を食うんだ。現実を食われた人間は存在を失い、最終的には完全におとぎの国の住人になっちまう。そうなったらもうこっち側に戻ってくることはできなくなる」
リンドブルムはニヤリと不敵に微笑みながら、ぼくが放り投げたスマホの画面を横目でにらみつける。
『あのガキども、まだ目覚めないんだってな。なら、それはあいつらの心がまだあっち側に取り残されているからだ』
「取り残されてるって……じゃあ、裕也はまだあの世界にいるって事なの!?」
ぼくは思わずベッドから立ち上がり、座っているおかげでちょうど目の高さが同じになっているリンドブルムと正面から向かい合った。
「そんな!そんなのダメだよ、なんとかしなきゃ!」
『だから『そいつはもうダメだ』って言ったんだ。アニマの世界に溶けだした心を取り戻すなんて、そんな手間のかかる面倒なことは……』
「だからダメだってば!」
『うおっ』
ぼくは座るリンドブルムの両膝に手をついて、他人事のように語るリンドブルムの顔にずいっと身を乗り出す。すると、さっきまで得意げだったリンドブルムの目が真ん丸になり、飛び出た耳も驚きでピクリと揺れるのが見えた。
「お願いだよ。ぼく、どうしても裕也を……みんなを助けたいんだ!」
『……ここまで必死になるものかね。普通だったら怖がって逃げ出すと思うんだがな。それか考え込むか。いったい何がお前にここまでさせるんだ?』
「え、何がって」
そんな理由は決まっている。
裕也はぼくの大切な友達だからだ。
「……わかるでしょ。せっかく助けられそうだったのに、今更あきらめるなんてできないよ」
『……わからねぇな。あいにく俺はそういう相手に恵まれなかったんでね』
リンドブルムはため息交じりに呟きながら、右手を伸ばしてそれをぼくの頭の上にポンと置いてきた。
『だが、お前のそういう所は悪くない。俺と契約しようって奴ならそう来ないとな』
「わあっ」
リンドブルムはその手でわしゃわしゃとぼくの頭を撫でつけてくると、ニッと牙を見せて微笑んでくれた。
『いいぜお前。そこまで言うならやってみろ。力は貸してやる。だがその代わりに、お前は俺に夢を差し出せ。それが契約だ』
「契約……」
そういえば、初めて会ったときにもそんなことを言っていた。
契約ってどういうことなんだろう。ぼくの夢を差し出せって、いったいどういう意味なんだ。
『まぁそんな難しく考えるなよ。気楽にいこうぜ。お互いにな』
「わ、あうっ!」
と、不意に頭を撫でられる手をグイっと押し付けられて、ぼくの顔面はかけ布団にぼふっと沈みこんでしまう。それと入れ替わるようにリンドブルムは布団から立ち上がって、部屋の扉の方へすたすた歩いていく。
『とりあえず、腹減ってねぇならとっとと寝るんだな。明日からまた忙しくなるぜ』
「あ、ちょっと待って!まだ聞きたいことが」
と、遠ざかっていく声にあわてて頭を持ち上げて振り返ったころには、リンドブルムは既に扉を通り抜けて部屋を出て行ってしまっていた。
「……もぉ~!!」
まるでからかわれているかのようなこの扱いに、ぼくは思わずほっぺたを膨らましてベッドに大の字で寝転びなおした。
リンドブルムの後を追いかけようかとも思ったけど、完全に聞くタイミングを逃してしまっていたし。それに色んな事が立て続けに起こったせいで、体の方はとっくに疲れ切っていたのも事実だった。
……だけど、まだ知りたいことはたくさんある。ファンタジアニマがどうしてこの世界に出てくるのかとか、どうしてぼくはそいつらと戦えたのかとか。
そもそも、あなたはいったい何者なのか。とか……。
そうだ、こいつが『レジェンドホロウ』だ!
「……」
ぼくは布団に寝ころんだまま、枕元に投げたスマホを手探りで掴み取った。
そういえば、あの時トランプのアニマたちがこんな言葉を言っていた気がする。
レジェンドホロウ。それって、リンドブルムの事なのだろうか。レジェンドって言葉は、どこかで聞いたことがある気がするけれど。
「……出てきた」
ぼくは眠気を吸い込むように深呼吸をして、画面に映る解説に目を通す。
レジェンドとは『伝説』や『伝説的な存在』を意味する言葉。
そしてホロウとは『虚ろ』とか『空っぽ』って意味の言葉らしい。
この二つの意味を組み合わせるなら……『空っぽな伝説』って意味……?
「わっかんない……!」
ぼくはごろんと寝返りを打って、大あくびをしながら目を瞑った。
何も理解が追い付かない今の状態で考え事をしたところで、全部眠気とあくびになって頭から出ていくだけだった。
☓
深夜0時12分。
真っ暗になった部屋に、壁に架けた時計からチクタクと静かな音がこだまする。
「…………ううん……」
眠たくてずっと目をつむっているのに、視界が塞がれるだけでなぜか全く寝られなかった。体はもうピクリとも動けない位にぐったりと脱力しているのに、いつまでたっても意識が落ちない。
体は眠ろうとしているのに意識だけがずっと起きているようで、どんなに寝たいと思っても全然落ち着かなかった。
「……眠いのに、なんで……」
耐えきれなかったぼくは何度目かの寝返りを打って横になり、また眠気が強まるまでぼんやりと目を開けた。
『……おう』
「……」
目の前には、ぼくの左手を握りしめて枕元に乗りかかるリンドブルムの眠たそうな顔があった。
「……なんでいるの」
『またそれか。細かいことはいいだろうがよ』
真っ暗闇の中でルビーのように赤い目がぼうっと浮かび上がる。
このまま頭から食べられてしまいそうな異様な迫力に思わずベッドから飛び起きそうになるけれど、そんな気持ちに反して疲れ切った体は全く動かなかった。
「な……なにする気」
『あっ?まさかお前、このまま俺がお前を食っちまうとか考えたな?』
「うっ……」
まさかの図星に目をそらしてしまう。その反応にリンドブルムは『はっはっは……!』といたずらっぽく笑いながら、握りしめる手にギュッと優しく力を込めてくれた。
『……ばーか、そんなことしねぇよ。アニマじゃあるまいし』
「……アニマは人間を食べるの?」
『あいつらは『夢を見る人間』の現実を食べるんだ。あいつらにとっちゃあ、夢を見られない人間に用はない。ちょうど、お前のもう一人のガキみてぇな奴だな』
「あっ……」
リンドブルムの言う『もう一人のガキ』というのが啓介のことだとすぐにわかった。
『夢を見れない人間は、アニマにとっては邪魔な存在でしかない。だからそういう人間は食われもせずぶっ殺されちまうってわけだ。お前らが話していた『首無し死体』とやらも、もう想像がつきそうなもんだろ?』
「……、……」
でたらめなようで筋が通っている恐ろしい事実確認に、ぼくはリンドブルムの手を握り返して小さく縮こまった。
夢を見る人間は、ファンタジアニマによっておとぎの世界に取り込まれてしまい。それ以外の夢を見られない人間は、ファンタジアニマによって命を奪われてしまう。例の首無し死体のそばには『首を撥ねよ!』と書かれたトランプが置いてあったことからも、これらはきっと間違いないのだろう。
だとすれば、もしも再びファンタジアニマが現れて、あのおとぎの世界がまたぼくらの現実を飲み込んできたら。その時は取り込まれてしまった裕也だけでなく、巻き込まれてしまった啓介の命も危ないということになる。
夢を見る人も、夢を見られない人も。巻き込まれたすべての人間たちが等しく危険な目にあってしまう。
『わかったか?俺にもお前にも、アイツらと戦う真っ当な理由があるってわけだ。だからそんなに嫌うなよ。お互い仲良くしようぜ』
「……っ……うん……」
ぼくは自分の左手を握るリンドブルムの手に右手を重ねて、祈るように目をつむりながら、ほんの少しだけ首を動かして小さくうなずいた。
友達を助けたいと言ったのは確かに自分だった。だけど、あの得体の知れない存在や世界にもう一度立ち向かわなければならない理由を改めて突きつけられて、今更その現実が怖くなって震えが止まらなくなっていた。
あの時は無我夢中で、結果的に勝てたからよかったけど、今度も同じように行くとは限らない。トランプのアニマたちが宣言した『首を撥ねよ!』の言葉通り、今度こそぼくはその通りになってしまうかもしれない。だけどぼくが戦わなければ、裕也の心をおとぎの国から救い出すことも、啓介の命をファンタジアニマの刃から守ってあげることもできないんだ。
そんな大変で大事な役が、こんなぼく一人に務まるのだろうかと考えた時。計り知れない不安と恐怖に押しつぶされて、部屋の暗闇に引きずり込まれてしまいそうだった。
『……安心しろ。お前には俺がついてる。大丈夫だ。力は貸してやる』
恐怖でいっぱいな頭の上に、大きな手が優しく置かれた気がした。
その手はとても暖かくて、ちょっとだけごつごつと硬くて。そしてとってもたくましかった。
「……うん」
わからないことも知りたいことも、まだまだたくさんあった。
だけどぼくは、目の前の狼男の言葉を信じて、しっかりとわかるようにうなずいてみせた。
夜が明ければ、また新しい一日が始まる。
ぼくは、この狼男と一緒に、あいつらと戦うんだ。
・第三話・ウェルカム トゥ 『ワンダーランド』!
思えば、どうして奴らはファンタジアニマという名前なのだろうか。
リンドブルムが言うには、アニマに取り込まれ『現実』を食べられてしまった人間はおとぎの世界に取り込まれて、その世界の住人にされてしまうという。それってつまり、現実の肉体を奪われる代わりに、おとぎの世界のキャラクターとして新しく生まれ変わるってことなのだろうか?
だとしたら、おとぎの世界のキャラクターっていったいどういうものなんだろう。
懐中時計のウサギや、しゃべるトランプカード。それから……。
私たちの『アリス』が望む世界の、邪魔をするなぁ-!!
「……あり、す?」
窓から差し込む光がぽかぽかと温かくて、ぼくは布団に包まりながらちらっと外の方を見やった。空はふたたび淡い水色へと染まり始め、あんなに寝付くことができなかったはずなのに、いつの間にか体の疲れもすっかり取れていた。
『……グるるっ……』
「……?」
そんなぼくの隣で、リンドブルムはぼくの手を握りしめて枕元に乗りかかったまま、両耳をぺたんと寝かせて気持ちよさそうに喉の奥をグルグルと鳴らしていた。
「……おはよう。リンドブルム」
ぼくは眠るリンドブルムの頭にクシャッと触れて、それからベッドを降りて窓際へと向かった。
ぼくのお家は二階建てで日当たりが良く、二階にあるぼくの部屋の窓からは、この街の景色をずっと遠くまで見渡すことができた。
そのおかげで、新しい朝日に照らされたこの街がどうなっているのか、一目で確認することができた。
「わぁ……、……!」
ぼくらの学校がある場所より少し奥の辺りに、見たことのないお城が建っていた。
その大きさは学校の二倍、いや三倍以上はあり、中央に高くそびえる本体を囲むように、赤い三角屋根の塔がいくつも連なって配置されたその姿は、いかにもファンタジー物に出てきそうな西洋風のお城そのものだった。
その赤い城を中心に、色とりどりの草花が辺り一面に広がり、それは周囲の建物をイルミネーションのように美しく彩りながら、絵本のようなおとぎの世界をどんどんとぼくらの街に広げていた。
「……世界が広がっていく……」
窓を開けて、やっと出た言葉がこれだった。
この光景がアニマたちによるものだと知っていながら、目の前で新しい物語が広がっていくような美しさと壮大さに、心の中は昨日の夜に感じた恐怖や不安からは遠くかけ離れた感動でいっぱいになっていた。
「これもアニマの仕業なんだよね……」
『左様。お気に召していただけましたかな?』
「えっ」
と、お城から広がるおとぎの世界に見とれていると、窓の下から例の声が、太い緑のツタに乗って目の前にのぼってくる。
『やあやあどうも。探しましたぞ。貴方が昨日の伝説ですな』
「お、お前は!」
ツタに乗ってやってきたのは、あの金の懐中時計を持った白ウサギだった。
「リンドブルム!!」
『ちょ!?ちょーちょ、ちょっと待っておくれよ!うわわわっ!?』
「あれ?」
ぼくは咄嗟に右手を構えるが、それに反して白ウサギはバタバタと大慌てで両手を前に振り、あまりの慌てっぷりにツタから落っこちそうになってぎゅっとしがみついていたりしていた。
「え、なに?」
『か、勘違いせんでおくれ!私は別に乱暴をしに来たんじゃないぞ!そもそも私は荒っぽいのがきらいなんじゃ!!』
「は、はぁ……」
ウサギはまるで泣き出しそうな声で叫びながらひいひいとツタをよじ登り、『ふぃ~』と一息ついていた。
『ああ~怖かったぁ。もうお腹を噛まれるのは御免ですぞ……』
「え、えっと……なんか、ごめんよ」
とりあえず、ぼくは構えていた右手を降ろして、軽く頭を下げて謝ってみる。
「……って、謝るのはいいけど。元はと言えば、君がみんなを連れて行こうとしたのがいけないんじゃないか。それに、あんなでっかいケーキ投げてきたし!」
『うぐっ。そ、それはですな!せっかくの焼き立てケーキをぜひとも皆さんに味わっていただこうと思いまして……』
「あんなでっかいの食べきれないよ!!」
まあ、いい匂いでおいしそうだったのは否定しないけど……。
『ぬぅ……わかりましたよ。昨日はすみませんでした。あなたやご友人を巻き込んでしまったようで』
ウサギはぺたんと申し訳なさそうに両耳を寝かせてペコリと深く頭を下げると、ツタからぴょんと飛び移ってぼくの部屋へと入ってきた。
『私は『三月のウサギ』と申します。今日は『伝説の担い手』である貴方に、お話があってやってまいりました」
「お話?」
『左様』
三月のウサギと名乗る彼はこれまたぴょんとぼくのベッドの上に飛び乗り、まだ枕元で眠っているリンドブルムの顔の前へとトコトコ歩み寄っていく。
『いま私たちは『ハートの女王』より、レジェンドホロウ『リンドブルム』と、その担い手の首を探して持って来いと命じられております』
『それで、お前が俺のエサになってくれるって訳か……?』
『ぬおっ!?お、起きていらしたか。びっくりしたなぁもお……』
リンドブルムは眠った姿勢のまま半分だけ目を開けて、自らの牙を見せつけるようにニィッと口角をあげて怖い顔をしてみせていた。
どうやらずっと寝たふりをして聞いていたらしい。
『違いますよ。むしろ、私は女王の命令には反対なのです。まぁ目の前でそんなこと言ったら、即刻打ち首でしょうが……』
「そうなの?自分たちの女王様なのに?」
『とんでもない。むしろ女王のわがままっぷりには、私たちみんな苦労しておりますよ』
三月ウサギはぼくの素朴な疑問にため息交じりに答えながらぼくの方に振り返ると、さっきまでの愉快な雰囲気と打って変わって、ピシッと姿勢を正してコホンと咳ばらいをした。
『私は貴方に、私たちの事を知ってもらいたいのです。そして力を貸してほしい。私たちの出会った『アリス』のために』
「……!」
アリス。
再び出てきたこの名前に、バラバラだった情報が徐々につながっていくような気がした。
ウサギとトランプカード、それにハートの女王に、アリス。
これらが関わってくるおとぎ話のタイトルを、ぼくは聞いたことがある気がする。
「……どうする?」
ぼくはずっと寝たふりしていたリンドブルムに向かって呟いてみると、リンドブルムはぴくぴくと耳を立てながら、楽しそうにウインクをして答えてくれた。
『好きにしろよ。俺はお前に任せるぜ』
☓
現時刻、9時12分
『啓介、起きてる?ちゃんと眠れた?』
『いま起きた。全然寝れなかったよ』
『そうだよね……。ねぇ、今日10時に図書館で待ち合せない?昨日の事、会っていろいろ話したいんだ』
『いいけど。でも、図書館なんて珍しいな』
『ちょっと調べたいことがあって。ありがとう。あ、それとね』
『うん?なんだよ?』
『その……あんまり驚かないでね』
『え、なに。わかったけど』
『気を付けてね』
『なあ、その板っぺら何なんだ?』
「え、スマホ知らないの」
啓介にメッセージを送信しながら、上から不思議そうに首をかしげてのぞき込んでくるリンドブルムと一緒に、玄関の扉を開けて外へ出る。
『んなもん知らねえよ。人間ってのは、俺の知らない間に勝手にいろいろ作っちまうからな」
「そうなの?うわっ」
と、リンドブルムに答えながら緑の草に覆いつくされた地面に一歩踏み出すと、そこから「シャンっ」と鈴を振ったような愉快な音がして、赤や黄色の光がふわっと舞い上がった。
「わぁ、なにこれ!すごいよリンドブルム!」
ぼくは試しに足踏みをしてみて、そのままタタッと小走りでいくらか駆け回ってみると、そのたびにシャランときれいな音が鳴り響いて、ただその場を進んでいるだけなのにどんどん楽しくなっていった。
『あんまりはしゃぎすぎるなよ。ここは敵の懐なんだからな』
『まあまあ。そんなに構えなくてもいいじゃないですか、リンドブルム。それに、ソータ殿!』
「わっ、ちょっと!」
リンドブルムの呼びかけに足を止めて振り返れば、今度はぼくの右肩にぴょんと三月のウサギが飛び乗ってきた。
『いやいや~、昨日はどうなることかと思いましたが、貴方もこの世界の魅力をわかっていただいたようで嬉しいですぞ~!はい、これはお近づきの印に改めて……!』
「ああ、それ!昨日ぼくらに投げつけてきたやつ!」
三月のウサギの手には例の紫色のカップケーキが乗せられていて、それは相変わらずふんわりとおいしそうな香りを漂わせていた。
『昨日はあんなふうになってしまいましたが、ごちそうしたかったのは本当ですからね。どうぞ』
「う、うん。いいのかな……毒とか入ってないよね?」
『ケ、ケーキに毒なんかいれたらおいしくないでしょう!?入れませんよそんなの!』
「わわっ、ご、ごめんって!」
ウサギの目が如何にも心外といった様子で真ん丸になった。
どうやら本当にそんなつもりはなかったらしい。
『全く、人間ってどーしてそんな恐ろしいことを考えるのですかね!私にはわかりませんな』
「悪かったって。じゃあ、遠慮なく……」
ぼくはぷくっとほっぺたをふくらませてしまったウサギの背中をポンポンと優しく叩きながらケーキを受け取り、試しに一口だけかじってみようと口にもっていってみる。
『おい』
ペシッ
だがそれが口に届く前に、リンドブルムの手が横から伸びてきて、まるで汚いものでも払うかのようにウサギのケーキを叩き落としてきた。
「な、なにするの!」
『それはこっちのセリフだ。お前『黄泉戸喫(よもつへぐい)』って言葉知らねぇのか』
「よ、よもつ……?」
『『違う世界の食べ物を食べること』だ。食ったら最後、元居た世界に戻れなくなる。そういう伝説の一つだ』
「えっ!?そ、そうなの……?」
『し、知りませんぞ私は!何も、そんなつもりは……!』
『ふん、そうだろうな』
リンドブルムは赤目を鋭く細めながら戸惑うぼくのことをじっとのぞき込み、隣で一緒に怯えているウサギの方へチラッと視線を送る。
『こいつは俺たち『伝説』の話だ。夢の世界の住人にはわからん話だろうな』
「……、……」
初めて聞いた話に驚きを隠せないぼくと三月のウサギに、リンドブルムは『フンっ……』と小さくため息をつき、一人で道の続く先へと歩きだしてしまう。
その足はやはり地面をすり抜けているようで、彼がどんなに足を踏み出しても、ぼくの時のように草原から鈴の音が鳴ることはなかった。
『……わかりませんなぁ、私には彼らの語る伝説というものが。ソータ殿、女王の命令で名前だけは知っていましたが、いったい『レジェンドホロウ』とは何者なのでございます?』
「わからない……それは、ぼくも知りたいっていうか」
『おや。お二人はお互いに協力し合っているのでは?』
「うん。そうだと、思う……」
ぼくはリンドブルムの透けた背中にふらふらと付いていきながら、ウサギの問いかけにふと我に返るような錯覚を覚えた。
言われてみれば、ぼくはリンドブルムの事を何も知らない。
名前だけは知っていたけど、それ以外のことは何もわからないままだ。
そもそも、なんでぼくが彼の名前を知っていたのか、それすらもわかっていないのに。それでも彼は、ぼくに力を貸してやると言ってくれているんだ。
リンドブルム。
彼もまた、誰かの語る『伝説』の一つなのだろうか。
『おい蒼汰、図書館ってどっちだよ』
「あっ、えっとね。そこを右だよ!」
ぼくはずっと先に行っていたリンドブルムに駆け寄り、薔薇づくりの花壁で区切られたT字路を右に曲がった。見た目はずいぶん変わっているけれど、道や地形自体は共通しているから、これで間違いないはずだった。
「ほら、こっち。……あれ?」
曲がった先には確かに建物が建てられていた。
ただ図書館があったはずの場所には、まるで教会のような背の高い三角屋根の建物があって、まるで全体がステングラスで出来ているのかのように、教会そのものが七色の輝きを放っていた。
「なにこれ……すごいキレイ」
『ふふ、ありがとうねぇ。坊やさん』
「だ、だれ!?」
リンドブルムとも三月のウサギとも違う、三人目の声。
まるで空間全体から伝わってくるように、声が辺りから響いてくる
『この世のものでない物を見た時、その反応は大きく分けて二つだ。『怖がるもの』と『感動するもの』。つまり君は後者というわけだ。うぅん、実にいい。実にいいぞ坊やちゃん、ふっふふふ……!』
声はからかうように笑いながら徐々に教会の入り口の門へと収束していき、「ギギギッ……」と重たい音を立ててゆっくりと開いていく。
『さぁ、こっちへ来なさい。知りたいことを教えてあげよう。まあ、別に来なくてもいいけどね。どうする?』
「……つまり、どっち?」
『坊やちゃんの好きなさい、ということだよ』
「……わかった」
ぼくは独りでに開いた教会の門にゴクリと息を呑んで、隣にいてくれるリンドブルムと三月のウサギに一度目を合わせてから、グッと両手を握りしめて中へと入った。
教会の中は外のキラキラとは正反対に真っ暗で、とても広いことはわかるのに何も見えない、まるで映画館のような空間が広がっていた。
『うんうん、いいよいいよ。とっても素直だ。出来ることなら、オイラも坊やちゃんの夢にお邪魔したいところだけど……まぁ、それは今度の機会としようかな!』
パチンッ
真っ暗な空間に、指を弾く乾いた音が響き渡る。
直後、入り口の扉が「バタンッ!」と音を立てて閉まり、中は完全な暗闇と化した。
「はッ……!」
『大丈夫だ』
一切の視界が利かなくなったぼくの背中に、リンドブルムの温もりが瞬時に重なってくれた。
『まずは、オイラたちの話をしよう。この世界に広がる『夢の力』の正体だ』
「夢の力?」
『そぉだ。夢の世界、まさしく『ワンダーランド』だよ!』
「ワンダーランド……っ」
声の主の呼びかけと共に、ぼくの目の前に一冊の絵本がふわりと降りてくる。
その本に触れようとすると、ぼくの手が届く前に自ら本が開き、そこからは紙仕掛けの絵が飛び出してきた。
仕掛け絵本で飛び出してきたのは、穴に向かって走るウサギと、一人の少女だった。
『……ある日、女の子は不思議なウサギについていって、そのまま一緒に穴の底まで落ちてしまいました。穴の底には、今まで見たことのないものでいっぱい!体の大きさが変わるキノコ、歌を歌うお花たち。いいかげんなお茶会に、わがままな女王様!女の子の目にしたそれはもう不思議でいっぱいな世界だったのだ』
楽し気な声の語りに合わせて本のページもぺらぺらとめくられていき、そのたびに色とりどりの仕掛け絵が飛び出していく。
そして、本のページは横シマ模様のニヤニヤした猫の顔の仕掛け絵の見開きで止まった。
『そして、オイラが『チェシャ猫』~。見ての通りのおネコさんだよ、坊やちゃん』
と、仕掛け絵の猫の口が動いて、目の前でささやいてくる。
「うわあああ!?」
『アッハッハッハ!!びっくりするお顔はいつみても素敵だねぇ~』
仕掛け絵の猫はいかにも嬉しそうに高笑いすると、今度は本そのものがふわりと浮かび上がって一回転し、たちまち香箱座りの格好をした横シマの猫の姿となって、これまたニヤニヤと口が裂けそうなくらいな笑顔を浮かべていた。
『やあやあどうも、坊やちゃん。君もよく知っているお話だ。かつて君たち人間がこの世に産み落とした、一つの夢のおとぎ話。『不思議の国のアリス』の一部だとも』
「アリス……じゃあ、貴方たちはやっぱり!」
『そうだよ、本物さ!オイラも、そこのウサギさんも。み~んなその通りだよ』
チェシャ猫のささやきと共に、真っ暗な教会にいくつものイメージが浮かび上がっていった。
それは絵本の挿絵だったり、映画やアニメとなって映像化されたものの一場面だったり。出てくるキャラクターは概ね共通しているのに、時々ぼくの知らない展開やキャラクターがあったりなかったりする。
その絵柄やストーリー展開も一つ一つが違っていたけれど、けれどその全てが、確かに『不思議の国のアリス』であった。
『この中に、坊やちゃんの知っている夢はあるかな?』
「うん、何個か……でも、どうしてこんなにバラバラなんだろう」
『それはそうだろう?人の数だけ夢があるように、夢の数だけ夢はあるんだ。例え似ていることはあっても、全く同じであることはないんだよ。今のアリスがそうであるように』
チェシャ猫はふわりと飛び上がり、無数のイメージの中から一つを選んでぼくの元へと持ってきてくれる。
映っていたのは、あの学校の屋上での出来事。
ぼくがリンドブルムと共に三月のウサギと戦った、あの出来事が映像として流れていた。
「これ、ぼくとリンドブルム……!」
『『今回のアリス』の一部だ。でも、君はアリスじゃなく坊やちゃんだ。つまり、今回のアリスの主人公は君じゃない。坊やちゃんとは別に誰かいるということだね』
「主人公……?」
チェシャ猫の言葉にぼくは首をかしげた。
不思議の国のアリスの主人公は、アリスではないのか?
『その通り。アリスは主人公であって、アリスそのものではない。オイラたちはみんなチェシャ猫で、三月のウサギはみんな三月のウサギであるように、オイラたちおとぎの住人は、みんな一緒にここで暮らしているんだ。でも、アリスだけは例外なく『人間』なんだ。主人公となる人間がいて、初めてアリスは存在できるんだよ』
「主人公となる、人間……」
おとぎの住人は、みんなおとぎの世界に暮らしている。
でも、アリスは外の世界からやってくる人間で、そしてこの物語の主人公はアリスなんだ。
主人公がいなきゃ、物語は始まらない。
「……じゃあ。今ここにも、アリスになりたい人間がいるって事?」
『ふっふふ……』
ぼくの問いに、チェシャ猫はニィッと口を歪めて目を細めた。
『なりたいんじゃない。もう、なってる』
ドゴォ
「わっ!?」
地響きがして、教会全体がグラグラと揺れ出す。
『彼女は夢を見ている。つまらない現実と引き換えに、自分の夢をこの世界に差し出したんだ。ここは、彼女の夢見た『不思議の国のアリス』。そして今のオイラたちは、彼女の夢見る世界の住人。っふふ。おとぎの住人は人間以外、つまりケモノたちでなければならないというわけだ……『ファンタジアニマ』とはよく言ったものだね。素敵な名前だよ』
チェシャ猫の体が透けていき、頭だけを残して消えていく。
『世界は『夢』と『現実』のバランスで成り立っている。彼女が夢を望む限り、世界のバランスは夢の方へと傾いていく。そして完全に夢の方に傾いた時、坊やちゃんたちの現実は失われ、夢を見られない人間たちはアニマに生まれ変わることもできず排除される。坊やちゃんも、現実の世界を守りたいなら急いだほうがいい。どんどん世界が塗り替えられていくよ』
「でも、どうすれば……!」
『大丈夫。坊やちゃんには現実の力、レジェンドホロウがついているからね!』
「……!」
レジェンドホロウが、現実の力……?
バァン!
「くっ……!」
教会の屋根が吹き飛ばされ、真っ暗な空間に光が差し込む。
吹き飛ばされた穴からは、いくつものトランプカードが集まって形作られた、巨大なハートのエースが見下ろしていた。
『見つけたぞホロウ!!そして、裏切り者のウサギめ!!』
『ひええええ!?見つかっちゃいましたぞ、ソータ殿!』
『おい蒼汰!いつまでぼんやりしてんだ?』
光でくらむ視界が元に戻るころには、ぼくの肩からはぴょんとウサギが飛び降りており、その空いた両肩に、リンドブルムの大きな手が置かれていた。
「……やるよ、リンドブルム」
ぼくはその手に体を預け、深く深呼吸をした。
『へへっ……待ってたぜぇ!』
それにこたえるように、リンドブルムは背中からぼくの体に覆いかぶさり、蒼い炎となってぼくの体を焼き尽くす。
「『この夢を終わらせる!』」
『首を撥ねよ!!』
トランプカードの体が崩れ、まっすぐにぼくの元へ向かってくる。
ぼくは蒼い炎を払い、リンドブルムのコートを着込んだ姿でまっすぐにカードの大群へと飛び出す。右手に握ったリンドブルムの剣は触れるだけでカードの一つ一つを焼いていき、その軌跡は蒼炎の渦となってぼくを守り、たった一回のジャンプで屋根の上に飛び乗ることができた。
『き、貴様……!』
「『女王に、そしてアリスに伝えろ。すぐにこっちから出向いてやるってな!』」
ぼくは剣を両手で握りなおし、剣から伸びる炎で薙ぎ払うように振り上げる。
蒼き龍の炎は巨大なトランプに巻きつくように伸びていき、集合していた無数のトランプたちはたちまちバラバラになって散っていった。
『女王の命令は絶対だ!貴様が無理でも、夢を見れない人間を一人でも多く葬ってくれる!』
と、トランプたちは離散したまま、下の方へ向かって真っすぐに突っ込んでいく。
その先には、図書館で待ち合わせをしていた啓介の姿があった。
「『ッ!!』」
ぼくは両脚を踏ん張ってトランプたちの行く先を見据え、まっすぐに飛び出した。
その速度はまるで弾丸のようで、あっという間にトランプの群れを追い抜き、つきすぎた勢いは剣を地面に突き立てることで相殺して、その勢いを乗せたまま振り抜いた剣が、トランプの群れを啓介の目の前で受け止めていた。
「う、うわあああああ!?」
ぼくの背中で、今更気が付いた啓介が悲鳴を上げる。
『ぬうぅ、おのれ~……っ!』
「『はああああああ!!』」
鍔ぜりあう剣を弾き、周囲を薙ぐように体全体で一回転の切り上げを繰り出す。そうすることで辺り一面に吹き荒れる蒼炎の嵐が巻き起こり、離散したカードたちを今度こそ一つ残らず焼き払った。
「『ふぅ……啓介、大丈夫か』」
ぼくは剣を逆手に持ち直して、啓介のいる方へと振り返った。
「うぅん……」
が、目の前で起きたことが受け入れられなかったのか、啓介はばったりと草原の上に倒れてしまって、そのまま気絶してしまっていた。
「『ありゃあ、全くだらしねぇな』」
ぼくは剣から手を放して蒼炎へと戻し、眠る啓介をおんぶした。
このまま一人でお家に帰せば、またさっきのようなことになるかもしれない。
一度出直すことにはなるけど、ぼくのお家に運んであげた方が安全だろう。
『ソータどのー!!』
「『おっ?』」
そう思って歩き出すと、崩壊した教会から抜け出してきた三月のウサギが塀伝いでぼくの所へ駆け寄ってきてくれた。
『いやはや、びっくりしましたぞ。ご無事ですかな?』
「『ああ。とりあえず、こいつを家まで運ぶ。いったん出直しだな』」
『は、はい!……というかソータ殿、なんか雰囲気違いますな?』
「『え、そうかな?』」
ぼくは三月のウサギの問いに首をかしげながら、啓介を負ぶって自分のお家へと続く道を進んでいく。あまり意識してなかったけど、確かに言われてみれば、ぼくの口調や性格に何となくリンドブルムの気配を感じた気がした。
『言ったろ、力貸してやるってな。』
「……うん」
ぼくはコートの内側で響く声に、そっと頭を下げてうなずいた。
アリスの夢を覚まして、この世界に現実を取り戻す。
それがきっと、ぼくが立ち向かうべきアニマとの戦いなんだ。
・第四話・空っぽな伝説
☓
『なぁ~にぃ!?それでおめおめと逃げ帰ってきたというのかい?お前たちは!!』
『『『はっ、申し訳ございません!!』』』
おとぎの城の玉座の間に、甲高い叫び声が響き渡る。
『謝って済むと思うのかい!?あのバケモノをどうにかしないと、あたしたちの存在自体が危ないんだよ?そういうことわかってるんだろうね!!』
『『『はっ!!』』』
『適当言うんじゃあない!あんたら全員打ち首だよ!!』
『『『はっ!!』』』
女王の理不尽な命令に、所々に焦げ目がついたトランプたちは精一杯に返事をしていた。
……だがトランプたちは口ではこう答えつつも、心の中では『首っていったいどこにあるんだろう』なんてことを考えていた。
そもそも彼らはトランプカード。
人間のような体を持たない彼らに『首がどこなのか』なんてことがわかるはずもなく、これまでに何度も打ち首の命令を受けていても、結局一度も切られたことはなかったし、何なら切ったことすらなかったのである。
『ええい、腹立たしい!さっさとあのバケモノを、邪魔な人間どもと一緒に撥ねてやるんだよ!!行きなさい!!』
『『『はっ!!』』』
まぁ、そんなことを女王様の前で言ってしまえばまたご機嫌を損ねられてしまうので、間違ってもこのことを報告したりなんてしないのであった。
☓
「……ぅう?あれ、どこだここ……」
「あ、起きた。大丈夫?」
日が沈み、辺りもすっかり暗くなってきたころ。
ぼくは自室の隣にある空き部屋に寝かせていた啓介に新しい濡れタオルを乗せなて、ぼんやりと目を開けた啓介の顔を覗き込んだ。
「……蒼汰?なんでおれ、蒼汰の家に?」
「途中で気絶しちゃってたんだよ。ぼくだってびっくりしたんだから」
「気絶……?」
啓介は辛そうに首を捻ってぼくと目を合わせると、しばらくして「あっ!」と大きな声と一緒に体を起こしてきた。
「そ、そうだよ!蒼汰、街がみんな!……いってぇ」
「ああ、ダメだよ!落ち着いて」
ぼくは慌てて啓介の肩を押さえて、もう一度ベッドの上に寝かせた。
目覚めたばかりのせいか、啓介は右手で頭を押さえてとても辛そうだった。
「うぅ……なあ、蒼汰。いったい何が起こってるんだよ。今朝送ってきた驚くなってやつ、こういうことなんだろ?」
「うん。なんでこうなってるのか、ぼくにもよくわかんないけど……でも、ずっとこうじゃないから、大丈夫だよ」
「……なんでわかるんだよ……」
「それは……っ」
ありのまま応えようとして、ぼくはハッと口を閉ざした。
ぼくがチェシャ猫から聞いた話。この世界の真相を話したところで、今の啓介にはさらに混乱を与えるだけになってしまう。
ぼくはグッと息を吸い込んで、一生懸命考えて言葉を選んだ。
「……だってこれ、夢みたいなものだよ。本当なわけない。だからすぐに戻る」
「夢って……まあ、おれだってそう思いたいけどさ」
「ならそう思おうよ!ぼくもそう思うから」
ぼくは不安そうな啓介にニコッと笑顔を見せて、取り換えたタオルを持って扉の方へ向かう。
「……なぁ蒼汰」
「なに?」
扉に手をかけた時、啓介に呼び止められて振り返った。
「お前、あの時……」
啓介は、まるで知らない物を見るような不安げな表情でぼくを見つめて、何か言いかける。
「……いや、やっぱなんでもない」
「そう……」
しかし、その表情もすぐに緩み、啓介は首を横に振ってすぐにベッドに横になっていた。
「じゃあ行くね。今日は泊まっていって大丈夫だから」
「ああ。ありがとう」
ぼくは啓介に軽く手を振って、扉を開けて外に出た。
『いかがでしたかな?』
部屋の外には、廊下で待ってくれていた三月のウサギが足元でグイっと見上げていた。
「とりあえず大丈夫だよ。後は、ぼくたちがどうにかしないとね」
『はい!』
ぼくはウサギと一緒に自室に戻り、部屋の明かりをつけた。
「それより、君はよかったの?ぼくたちと一緒に来ちゃって」
『あはは、もう戻るに戻れませんよ。女王に命令無視がバレてしまいましたからね』
ウサギはぴょんとぼくのベッドに飛び乗り、大の字で寝転んだ。
『私はただ、アリスともっとお話がしたかっただけなのですがねぇ。あの女王のわがままには、みんな苦労させられていますよ』
「みんな嫌いなの?」
『それはもう。アリスも、女王の気分次第でどうなるか……』
「……」
ぼくは窓際によって、夜に沈む街を眺める。
あれから夢の侵攻が進んだのか、朝の時にはまだ建物の面影があったのに、今はもうそれすらもなくなって更地になり始めていた。
「ねえ、ウサギさん」
『なにかね?』
「不思議の国のアリス。最後はどうなるか、知ってる?」
『いいや。何のことですかな?』
「……そっか」
ぼくは窓を開けて、グッと身を乗り出して屋根の上の方を見上げてみる。
啓介の看病についてから、リンドブルムの姿が見えなくなっていた。
お家の中は探しつくしたから、あと残っているのは一か所だけ。
「リンドブルム?」
『おーう?』
案の定、屋根の上からリンドブルムの眠たそうな声が聞こえてきた。
ぼくは窓から手を伸ばし、お家の屋根に手をひっかけて……。
「……うわっと!?」
と、窓際に掛けた足がズルッと滑る。
『おっと』
「うっ」
そのまま落ちてしまう前に、リンドブルムはぼくの左手をしっかりと掴んで、あの時のように力強く引っ張り上げてくれた。
「あ、ありがとう……」
『お前どんくさいよな』
「ご……ごめんって」
ぼくはリンドブルムに掴まって屋根の上に乗り移り、傾斜で足を滑らせてしまわないように気を付けながら足を運んで、屋根の一番高い所に腰を下ろした。
屋根の上からは部屋よりもずっと遠くを見渡すことができて、おとぎの城を中心にうっそうとした森が広がり、そこにあったはずの建物は跡形もなく消滅していた。
「……本当に、おとぎの国なんだね」
『ああ。キレイなもんだな』
「リンドブルムもそう思うの?」
『なんか変か?』
リンドブルムもぼくの隣に腰を下ろして、同じようにおとぎの城の辺りをじっと睨みつけていた。
夜が深くなるにつれて、森の中は草原の所々で、赤や緑といった色とりどりの明かりがぼんやりと灯り始めていた。
『光る花だ。この世のものとは思えん』
「うん……でも、きれいだ」
『……何なら、いっそこの世界を夢に渡すか』
「えっ」
思いがけない提案に、ぼくはリンドブルムの方を見上げる。
『俺は人間の見る夢が好きだ。つまらん現実と違って、夢の中はいつだって自由だからな』
「でも、ここに啓介の居場所はないんだ。それじゃダメだよ」
『……やっぱりお前は優しいな』
リンドブルムは寂し気に目を瞑り、前を向いたままポンっとぼくの頭の上に手を置いてくれた。
『お前、『ゲルマン神話』って知ってるか』
「げるまん……?うぅん、知らない」
『……だろうな』
初めて聞いた神話に首をかしげるぼくの頭を、リンドブルムはクシャッとなでる。
『遠い昔に人間たちが作り出した、古い古い言い伝えさ。知らなくてもしょうがない。誰も教えちゃくれなかったんだろう?』
「どういう話なの?」
『さぁね。よくわかっていない』
「わからないの?」
『ああ。伝わったのは、それに出てくる神々の名前だけだ。だが、それも全てじゃなかったがな……』
「リンドブルム……」
ぼくは頭の上のリンドブルムの手を握り返して、こちらを向いてくれないリンドブルムをのぞき込む。
『なあ蒼汰。知らないっていうのは、この世に存在しないのと同じなんだ。でもそれは、例え覚えていてくれれば、俺が俺のままでいられるってわけでもない。あの猫も言ってただろ。記憶や伝承は、その時々の都合で勝手に歪められちまうものなんだって。そして、最後にはいつも忘れられる』
「……ぼくは忘れるなんて」
『いい加減なこと言うなよ、おい』
「っ!?」
突然、頭を上からわしづかみにされて、鋭い牙をむき出しにしてうなるリンドブルムの前に無理やり引きずり込まれる。
「り、リンド……」
『今の俺、リンドブルムは『戦いの神』だ。伝説は歪められ、生み出したはずの人間が勝手におっぱじめた戦争のために利用され、そのたびに俺の姿は変わっていったんだ』
「……!!」
リンドブルムがうなるたびに、その姿が目の前で変わっていく。
長い体を持つ龍、獅子の体に翼が生えた獣、赤い体をしたドラゴン。
そのどれもがバラバラで、全く違う姿だった。
『だが戦争は終わり、戦いの神は……リンドブルムは『現実』に必要なくなった。そうしたらどうだ?人間どもはおれたちの事なんて簡単に忘れやがる。現にお前だって知らなかったんだろ。この俺の伝説を』
「……ううっ……!」
リンドブルムに頭を掴みあげられる。
「俺は今までそうやって消えてきた同志たちを何人も見てきた。なんで夢と現実のバランスが狂うかわかるか?それは人間たちが現実を捨てて、つまらん夢に逃げ込むことを選んだからだ!そうなりゃどうなる?……次に消えるのは俺の番って訳だ!」
「うあ……!」
リンドブルムの手が離れ、ぼくはリンドブルムのひざ元に倒れ込んだ。
『……なあ、蒼汰よ。お前にとっての俺ってなんだよ。なんでお前、あんなガキ共の中で、俺の事なんか知ってたんだよ』
「……、……」
掴みあげられた頭が痛い。
いきなりこんなことをされて、突然怖い声で怒鳴られて、お腹の中が震えてひっくり返りそうだった。
でも……それでもぼくは。
「……」
ぼくはリンドブルムのお腹に腕を回して、狼男の体にしがみつくようにぎゅっと力を込めて抱き着いた。
「……わかんない。でもあの時、なぜか思い出したような気がしたんだ。リンドブルム、きみの名前を」
『なぜかってなんだよ』
「わかんないよ。でも、今のリンドブルムの話を聞いて、少しだけわかった気がしたんだ」
『……なにをだよ』
冷静さを取り戻すリンドブルムの声に、ぼくはやっと顔を上げて、不安に震えるリンドブルムの赤い瞳を真っすぐに見つめることができた。
その目を見つめて、はっきりと聞こえるように言った。
「ぼくの一年前の先生が教えてくれたんだ。物語を作る時は、絶対に誰も悲しませちゃいけないって。今のぼくがリンドブルムのことを知らないなら、これからきみのことを知る。だからいなくならないで……一緒にいてよ」
『……!』
その時、初めてリンドブルムの表情が緩み、これまでと違って、ずっと柔らかくて素直な表情を浮かべてくれた気がした。
『……お前、本当に変わったやつだな。やっぱ夢に食わせるにはもったいねぇや』
リンドブルムは大きな腕をぼくの背中に回して、どこへも行けないようにぎゅっと抱きしめて捕まえてくれる。
その腕は確かに温かくて、なんでもすり抜けてしまう彼の体は、確かにぼくのことを強く包み込んでくれていた。
『……そうだよな。人間どもに忘れられた空っぽな伝説である俺がこうして触れられるのも、お前みたいなやつがいてくれるからなんだよな』
「ぼくも、ちゃんと思い出すよ。きみの事、もっと知りたいから」
『へへっ……そりゃあ、ありがたいことだな』
……ドゴォ!
「『……!』」
遠くで響く地鳴りがぼくのお家まで届き、グラグラと屋根が揺れる。
その音の方へ一緒に目を向ければ、建物を飲み込み侵食していた夢の世界の境界がついにぼくの向かいの家を飲み込み始め、いよいよ目の前にまで迫ってきていた。
もう、残された時間は少ない。
『……行くかぁ!』
「うん!」
ぼくはリンドブルムと共に立ち上がり、屋根の上から迷いなく飛び出した。
レジェンドホロウは、現実の力。
それは、人間たちが現実を変えるために作り出した、伝説の物語の記憶なんだ。
・第五話・目覚めの時
それは、決して誰かを悲しませない事。
そして、必ず完結させる事。
一年前の授業で、ぼくが先生から教わったことだった。
物語を考えるとき、必ず守らなければならない二つのルール。
この二つを守っていれば、どんなお話を作っても良いと言われていた。
でも、ぼくはあの時、どんなお話を書いていたんだっけ。
確か授業の終わりの日にお家に持って帰っていた気がするけれど、それをどこにしまったのかは思い出せなくなっていた。
「思い出せないのは……知らないことは、存在しないのと同じ。か……」
『おっ?どうした急に』
「ちょっとね……」
ぼくはリンドブルムに短く答えながら、共に夜の草原を進んでいく。
足を踏み出すたびに鈴の音がなり、建物を失って見晴らしの良くなった平原には、どこまでも続く花畑が、ぼんやりと優しい光を放っていた。
「こんなにきれいなのにな……」
『だが、現実には存在しない花ばかりだ』
ぼくはリンドブルムと手をつないで、小高い丘を越えて花畑を抜ける。
目の前にはおとぎの城へと通じる森の入り口があり、その中に咲く花々も、まるでクリスマスの飾りのようにキラキラと光っていた。
「……こんな世界が、現実にもあればいいのに」
『きっとアリスとやらも、同じことを考えたんだろうな。そして実際に作ろうとした』
「でも、なんでそんなことができたの?アリスをやっていると言っても、元はぼくと同じ人間だったんでしょ?」
『おいおい、俺と契約しているお前がそれを言うのかよ』
「だって……!」
ぼくはリンドブルムの手をぎゅっと強く握りなおして、鮮やかに煌めく森のトンネルに足を踏み入れる。
『……まあ、決まってんな。現実が楽しくなかったんだろ』
「現実が、楽しくない?」
考えたこともない言葉に、思わずリンドブルムの方を見上げた。
『だろ?考えてもみろ。蹴落としあいにだましあい、暇があったらすぐ戦争。相手がいなけりゃでっち上げ、獲物がいれば大喜びだ。これのどこが楽しいんだ?』
「それっ、は……」
あまりにも極端な例えに何か言いそうになるけど、冷静な眼差しで淡々と語るリンドブルムの真剣さに言いかけた言葉が出てこなくなってしまった。
『現実はいつだって現実的だ。目先の損得に拘って、一時の感情に爆発する。賢い奴はそういう感覚に頭のいい理屈をでっちあげて、その気持ちよさにどんどん酔っぱらっていくんだ。『夢見るバカは愚か者』ってな。だからいつも、最後は夢に殺されちまう』
「でも、ここは夢の世界だよ。愚かでもなんでも、確かに存在してるじゃないか」
『ああ、そうさ。全く、愚か者はどっちだって話だよな』
ぼくたちは森の道の真ん中に生えた、赤い巨大なキノコの前で足を止めた。
キノコはぼくの身長の倍の高さはあったけど、リンドブルムはその上にふわっと浮かぶように飛び乗り、そこからぼくに向かって手を伸ばしてくれた。
『お前はそんな奴らの世界を守りたいと思うか。夢も見ない、認められない。そんな人間たちが力を持つ現実の世界を』
「……っ」
リンドブルムの問いに、伸ばそうとした手が一瞬止まる。
でも、ぼくはすぐに迷いを払って、リンドブルムの大きな手をしっかりと掴み取った。
「……でも、現実全部がそうってわけじゃない。そうでしょ?」
『ほう?』
ぼくの答えに、リンドブルムは嬉しそうに耳を揺らしながら、力強くその手を握り返してくれる。
『……ふん。まあ、そうだな。お前みたいな面白い奴もいるからな』
そう鼻で笑いながら、リンドブルムはグイっとぼくの体を引っ張り上げて、キノコの房の上に立たせてくれた。
キノコの上はそのまま崖の上の道に続いており、その道の先に開ける森の出口には、赤いバラで彩られたおとぎの城の城門が見えた。
『さて、どうするよ』
「どうしようか……正面から入ったらすぐに見つかっちゃうだろうし」
カキーン
「んっ?」
何かを景気よく弾くようないい音がして、城門から何かが飛び上がってきたその時。
『あぶなーい!!そこどいてぇ!!』
「うわぁ!?」
何か茶色いトゲトゲした球体が悲鳴と共にぼくの顔面目掛けて飛んできて、咄嗟に頭を下げたおかげで直撃はしなかったものの、飛んでいった先で『ドゴォン!』というとてつもなく重たい音がした。
『ハーハッハッハ!とうとう見つけたよバケモノたち!!』
と、今度は城のてっぺんの辺りからものすごく野太い声が降ってくる。
その声のする方を見上げれば、おとぎの城のてっぺんの窓際で、まっすぐに伸びたフラミンゴを肩に担いで高笑いをする赤服のおばさんが建っていた。
「……まさか、あれが女王?」
『見る限りそうみたいだな』
ぼくはリンドブルムのそばへ駆け寄り、イヤな笑い声を響かせる女王の姿をじっと睨みつける。
『お前らを見つけたからには、役に立たないトランプ共に変わって、この私が直々に相手をしてやるよ!ほら、はやく次を持ってくるんだよ!!』
『『『はっ!!』』』
と、女王がトランプたちに合図をすれば、トランプたちは女王の周りにずらりと並べられた金の檻の一つからハリネズミを取り出し、それをボールのように丸めて、まるでゴルフボールをセットするかのように足元にそれを置いていた。
『ハッハッハッ!そぉら行くよ!!』
『ひいいいい、痛いのはやめて!』
「あ、あいつ!」
さっきの悲鳴。
あの女王がフラミンゴを使って、ハリネズミをこっちに向かって打ち出して来てたんだ。
『どうする。回り道するか?』
「いいや……!」
ぼくはリンドブルムの提案を間髪入れずに否定し、こちらを見据える女王に向かって一歩踏み出した。
いくらおとぎの世界だからって、こんなことが許されていいわけがない。
それにもう見つかっているのなら、今更隠れたところで意味はない。
だったらいっそのこと……。
『へへっ……お前のそういう思い切りのいいところ、好きだぜ!』
リンドブルムもそれを理解したのか、ぼくの背後に回って腕を回し、同じように女王のいる城のてっぺんを見据えていた。
「『ムカつくやろうは、まっすぐいってぶっ飛ばす!!』」
『なにッ!?』
ゴォッ!!
蒼い炎が巻き上がると同時に、女王がハリネズミを打ってしまうよりも先に、ぼくは女王のいる城のてっぺんの部屋まで一息に飛び込んでいた。
右手にはリンドブルムの剣を構え、女王の体めがけて水平に振り抜こうと力を込める。
『うぅ、貴様!!』
怒った女王は剣を打ち払うように、持っていたフラミンゴで剣を受けようと振り抜いてくる。
『うわああああ!や、やめてください女王様あああ!!』
「『ッ……!!』」
このまま振り抜けばフラミンゴに当たる。
ぼくは咄嗟に剣を引いて、体を捻ってフラミンゴの横薙ぎをかわし、握りなおした剣を床に突き立てて支えにしそのまま着地した。
『お、お前!よくも、よくも!この私を!!』
「『……私を、何だってんだ?』」
『……!?』
いきなりすぎるやり取りにすっかり慌ててしまっている女王の瞳に、リンドブルムの帽子をかぶったぼくの顔が映り込む。
そこに映ったぼくの目は、リンドブルムと同じ赤色の目をしていた。
……ぼく、こんな目の色だったっけ。
『ええい、何をしておる!首を撥ねよ!!』
『『『はっ!!』』』
女王の叫びと共に、辺りで控えていたトランプたちが一斉に舞い上がり、そのいくつかが集まって剣の形を形成し、ぼくの体に向かって突っ込んでくる。
ぼくは床から剣を引き抜いてそいつを弾き、その勢いを込めたまま女王の方へと踏み込むが、女王は『首を撥ねよ!』の命令でトランプたちを呼び出し、自分は螺旋階段を下ってどんどん城の下へと降りて行っていた。
「『逃がすか!くっ……!!』」
『貴様の好きにはさせん、レジェンド!!』
ぼくはトランプを弾きながら進もうとするが、何枚ものトランプが壁のようになって道をふさぎ、徐々に歯が立たなくなっていく。その隙に背後からは剣型のトランプが飛んできていた。
『伝説がいなくなれば、我らの世界は完全になる!それが我らのアリスの望みだ!!』
「『あんたの主は、あの女王じゃないのかよ?』」
『女王の望みを叶えることが、アリスの望みを叶えることになるのだ!!』
「『女王の望みが……?うっ!』」
背後から項めがけて飛んできたトランプ剣を弾きつつ、ふとぼくは考え込んだ。
不思議の国のアリスの主人公は、人間のアリスのはずだ。
主人公がいなきゃ、物語は成り立たない。
なのにこの街がおとぎの国に飲み込まれてから、ぼくはまだ一度もアリスと出会っていない。アリス本人こそが、この世界を望んだはずなのにも関わらず……。
『おい、何考えてんだよ?』
「……」
アリスの望みは、女王の望み。
女王の望みは、現実の人間と伝説を滅ぼすことで、この世界を完全なものにすること。
しかし、ぼくの知っている不思議の国のアリスの『結末』は……色んな違いはあれど、この結末だけは共通していたんだ。
主人公の役が、アリスである限り。
「『……そうか、そういう事か!!』」
『『『っ!!』』』
剣から蒼炎が走り、周囲のトランプをいっぺんに焼き払う。
ぼくは空いた道から城の中へ滑り込み、女王が逃げる螺旋階段の真ん中の空洞に向かって真っすぐに飛び降りた。その勢いのまま一階の広間にリンドブルムの剣を突き立て、それは丁度一階にたどり着いた女王の目の前に飛び降りる形となった。
『ぬうぅ!?貴様、なぜ……!』
「『……ずっと疑問だったんだ。このおとぎの国が、ぼくの知っている物語を参考にしているはずのに、肝心の主人公がどこにもいない』」
ぼくは深々と刺さった剣を引き抜き、その切っ先から蒼い炎がほとばしる。
「『おとぎの住人達。ファンタジアニマは、この物語の結末は知らないんだ。……当たり前だ。彼らにとっての現実はここで、今この世界でまさに生きている存在だから』」
『何を……なにが言いたい!』
「『もうわかっているはずだ、『女王』様』」
『ッ……!?』
ぼくは燃える切っ先をまっすぐに女王へ向け、汗をダラダラとたらし、何かを訴えるように首を振る女王を鋭くにらみつけた。
「『アリスは『人間』だ。人間なら、この物語の結末を知っているはずだ。だからこそ、アリスになるわけにはいかなかったんだ。アリスの最後は……必ず『現実世界』へと帰ってしまうから!!』」
『……ぁあああああああああっ!!』
女王の悲鳴が、世界そのものを震わせる。
まるで空気の抜けた紙風船のように女王の体はぺらぺらにひしゃげていき、おとぎの城のあちこちに亀裂が走る。
それに呼応するかのように、リンドブルムの剣や身にまとうコートからどんどんと蒼炎が広がっていき、背中に広がっていく炎はまるでドラゴンの翼のようにはためき、ぼくの体はリンドブルムの炎と一つになった。
「『はあああああああああああ!!』」
ぼくは、リンドブルムの剣を高く掲げ。
目の前の女王へ向けて、まっすぐに振り下ろした。
・第六話・ブレイカー
この世界が、『おとぎ話』のようであればと思った。
草木が歌って、動物たちがお話をして。見えるものすべてがキラキラしている。そんな素敵な世界がこの世のどこかにあってもいいのに、どうしてどこにも見つからないんだろう。なんで誰もそんな世界を作ろうとしないのかな。
あ~あ。どうせ現実がこうなら、全部夢に置きかわっちゃえばいいのに。
いっそこの世界の全てが、おとぎの世界に変わればいいのに。
だから、私は……。
☓
『中学受験過去問題集』
私のバッグがほかの人よりも重たいのは、こんなものが入っているせいだった。
みんな小学校を卒業すれば、何もしなくても当たり前のように中学生になれるのに、なぜか私は中学生になるために人よりも勉強させられていた。
「優秀な学歴があれば、将来で必ず役に立つのよ」
「頭のいい学校へ行けば、いじめられるようなこともないのよ」
「今は頑張って、全部あなたのためになるのよ」
お母さんの言う事は、大体いつもこうだった。
いつも私を気遣ってくれて、優しくて。そして自分の言っていることは何も間違っていない、そういう確信がずっとある人だった。
きっと長い目で見た時、お母さんの言っていることは全て正しいのだと思う。
でも、なんでだろう。正しいことのはずなのに、私の心はちっとも楽しくないの。
「みんな誰もが感じることよ」
ある日、食卓の席でお母さんは言った。
「お母さんも、あなたぐらいの時は本当に大変だったから。毎日勉強ばっかりで、今のあなたの方がずっとマシよ」
お母さんとの会話は、仕事と幼少期の苦労話で出来ていた。
今日はお客さんに嫌な顔を向けられた。すれ違った男の顔が気に入らない。学校が大変だったと言えば、昔はもっとつらかったから、今のあなたはずっとましだと。
そう言ってお母さんはいつも笑っているのに、何も楽しくなさそうだった。
「ねぇ、お母さん」
でも、私には望みがあった。
「なに?」
だって、こんなに頑張っているお母さんだから。
こんなに私を気にかけてくれるお母さんだから、きっと教えてくれると思ったんだ。
「お母さんって、小さい頃は何になりたかったの?」
「……」
魚の切り身を取ろうとした、お母さんの箸が止まる。
目を真ん丸に開いて、まるでバケモノでも見るような目で私を見つめてくる。
「……なんてこと聞くの?」
「え……」
別に、特別な理由なんて何もなかった。
この日、私は学校の先生に進路希望の相談を受けていて、その時にふと不思議に思っただけなんだ。
お母さんが私くらいの時に、どうやって進路希望を決めたんだろうって。
「そんなこと聞いて何になるの?」
「い、いや……そんな」
ただ、参考にしたかっただけなのに。
「あなたがそんなこと言えるの、私が毎日働いてるおかげだってわかってる?」
「っ……!」
お母さんは、怒ってはいなかった。
ただ真顔で淡々と、穏やかな声で言っているだけだった。
「わかってる?」
「え、えっと……」
怖い。怖いのは嫌だ。
「わかってるの?」
「はっ……」
怖いお母さんなんて見たくなかった。
だから、私は嘘でも返事をした。
「……はい」
パキンッ
その瞬間。
私の中で、なにかが音を立てて崩れたのがはっきりわかった。
「なら、早く食べなさい。夜更かしはダメよ?」
でもお母さんは、そんな私を見て、にっこりと笑っていた。
……なんで笑うの?
お母さんは、私が幸せになっちゃダメなの?
将来のことを、私がなりたいものを真剣に考えることが、そんなにいけない事なの?
教えてよ。お母さんがそうなら、大人の人ってみんなそうなの?
教えてよ。大人になったら夢を見ちゃいけないの?
教えてよ。私もいつかは、お母さんと同じ大人になっちゃうの?
そうしたら私も、お母さんと同じように。
誰かの夢を握りつぶして、そうやって笑う大人になるの?
教えてよ。……ねぇ、教えてよ!
頑張ったら嫉妬されて、誰かを傷つけて引きずり落して。
そんなに大人にいつか私もならなきゃいけないなら、なんで私に心なんて与えたの。夢を持っちゃいけないなら、私はもう、お母さんと同じ人間になるしかないじゃない。それなのに、なんで先生は進路希望なんて聞いてくるの。
……教えてよ!
どうせ、こんな風にしか生きられないなら……!
「なんで私に……『不思議の国のアリス』なんて買って来たのよ!!」
☓
蒼い炎が穏やかな風に乗って散っていき、トランプたちのざわめきでにぎやかになっていたおとぎの城が、シンと静まり返る。
女王の抜け殻は蒼炎に焼かれて散り散りになり、その亡骸が横たわるはずの場所に、金の髪に水色のカチューシャをはめた一人の少女の姿があった。
座り込む少女の胸元には、ただ一冊の絵本が、とても大切に抱えられていた。
「『……不思議の国のアリス……』」
「……私が六歳の時に、お母さんに買ってもらったの」
少女は両手で絵本を抱えたまま、ゆっくりと頭を上げた。
その時、金髪に思えた髪がカチューシャと一緒にほんの少しずれて、その隙間から本来の黒髪が見え隠れしていた。
「あの頃はね、あんなじゃなかったの。きっと色んな事に、まだ余裕があったんだと思う。だからお母さんは、絶対に悪い人じゃないの」
「『……そんなわけないだろ』」
ぼくは少女に歩み寄って、蒼い炎の向こう側に見えた彼女のイメージを思い返す。
「『悪くないなら……なんでこんなことになったんだよ!こんな……!!』」
許せなかった。
ものすごく腹が立つし、信じたくもなかった。
あんなことが、現実で起こったことなんて。
「……あの日の夜ね、本の中から声が聞こえたの。『こっちへおいで』って。それがみんなの声だってすぐにわかったわ。だから、本を開いたの。そうしたら……っ」
少女は立ち上がり、向かい合うぼくのことをまっすぐに見つめてきた。
その目には、後悔にも悲しみにも似た、冷たい涙が浮かんでいた。
「でも私……結局アリスになれなかった。それどころか、こんなになっちゃって……!私、こんな大人にだけは絶対なりたくないって、子供のころからずっとそう思ってたのに!!」
大粒の涙と共にアリスの金髪が剥がれ落ち、元の人間の黒髪へと戻っていく。
「私、ひどいことしちゃった!!私は、ただ夢の中にいたかっただけなのに、みんなを巻き込んで……!気に入らない人をたくさん……たくさん……!!……ごめんなさい。ごめんなさい!!」
少女の号哭がお城を超えて、世界中に響き渡る。
おとぎの国には到底似つかわしくないあまりにも悲痛な叫びに、ぼくは目を瞑って黙ることしかできなかった。
現実が楽しくなかったんだろ
リンドブルムの言葉が、ぼくの心に深々と突き刺さる気がした。
現実全部が、苦しいことばかりじゃない。
そう彼女にも言ってあげたいのに、言葉が何も思いつかなかった。
『何をためらうことがあるのです、アリス』
「『ッ……!』」
そんなぼくの沈黙を破ったのは、頭上を漂う一枚のトランプの発言だった。
『みんなあなたの望むままですぞ、アリス』
『あなたの望むままに、私たちは力になりますぞ』
『ええ、そうですとも』
『『『すべてはあなたのワンダーランドのために』』』
「はッ……!」
トランプの言葉たちに、少女は息を呑む。
周りを漂うトランプたちは、ただ静かにぼくたちのことを見つめて、彼女の次の言葉を待っているようだった。
「『これは……』」
『決まってんだろ』
「え?」
コートの内側で、リンドブルムの意思がこだまする。
『ファンタジアニマはおとぎの世界の住人だ。自分たちの世界を広げるために、アニマは現実を喰らい、殺す』
「じゃあ、まさか……」
ぼくは無数のトランプたちを見上げ、そして彼女の方へと視線を戻す。
彼女は今のこの光景に、ひどく怯えていた。
今の彼女は女王でも、アリスでもなかったんだ。
『『『……失せろ、人間!!』』』
無数のトランプが水平になり、彼女の首めがけてまっすぐに飛び出した。
「いや……!」
ガァンッ!!
耳をつんざくような金属音が辺りに響く。
「『うぅ……!』」
ぼくは咄嗟に前に飛び出して、リンドブルムの剣でとびかかるトランプたちを弾き飛ばしていた。でも、そのうちのいくつかをさばききれなかったのか、足やわき腹の辺りにピリッと鋭い痛みが走った気がした。
「な……なんで……」
ぼくの後ろで、震える声が聞こえてくる。
でも、ぼくは痛いのをごまかすために必死に前に向き続けて、剣を握っていない左手をまっすぐに後ろへ伸ばした。
「『……逃げるよ』」
「で、でも私は!」
「『このまま殺されちゃう気!?』」
「っ……!」
図星だったのか、彼女の声がピタリと止まる。
ぼくは辺りを漂うトランプたちに剣を構えながら、目だけ後ろに向けて彼女を睨んだ。
「『……ダメだよ、そんなの。物語の主人公が、こんな所で死んじゃうなんて』」
「主人公……私が?」
「『そうだよ。だってここは、君の夢見た世界なんだろ?なら、せめてこの物語の最後位、ハッピーエンドでなくっちゃ……!』」
「ハッピーエンド……?」
「『そうでしょ!』」
ぼくは自然と笑みを浮かべて、もう一度左手を伸ばした。
「『さあ立って!一緒に逃げよう、今度こそ本物のアリスみたいに!!』」
「ぁあ……!」
彼女は本を抱く手を放し、ぼくの左手に指を重ねた。
『『『首を撥ねよっ!!』』』
「『そりゃあ無理だ!』」
「きゃああ!」
ぼくは彼女の手をいっぱいに引いてトランプの飛び掛かる軌道から彼女を連れ出す。そのままおとぎの城の門へ向けて、二人一緒に走り出した。
『門を閉めろ!!』
トランプの呼び声で、ハートをあしらったおとぎの城の城門が左右から勢いよく閉まりだす。
「『邪魔するな!!』」
ぼくは走りながら剣を構えなおし閉まる城門の真ん中めがけてダーツのように剣を投げた。それが城門のハートを綺麗に撃ち抜くのと同時に、彼女の手を引きながら城門を勢いよく蹴り飛ばせば、それはキレイにハート型にくりぬかれて破壊された。
「ら、乱暴じゃない!?」
「『そんなこと言ってる場合!?』」
『『『逃がすなぁ!!』』』
ドゴォ!!
城の門が吹き飛ぶのと同時に、おとぎの城の建物を吹き飛ばしてとてつもない量のトランプたちが列をなして飛び上がっていた。
「『ほら、走って!』」
「う、うん!」
ぼくたちは互いの手を握りなおして、元来た道を遡るように森の中へと入っていく。だが、入ってすぐの所には例の巨大キノコがあり、あの高さは飛び降りるには少し高すぎるはずだった。
「『飛ぶぞ!!』」
「え?わあぁ!!」
ぼくは握る彼女の手を引き寄せて、そのまま片手で担ぎあげてキノコの上から飛び出した。普通の時ならダメだっただろうけど、今のぼくなら着地の時にズザーッと土煙を上げる程度で大丈夫だった。
「ちょ、ちょっと!危ないでしょ!!」
「『だ、だって!しょうがないでしょ!!』」
『『『逃げるな貴様ぁ!!』』』
「『うおっ!?』」
と、飛び降りた先で一息ついたのもつかの間、もうトランプの一群の先頭がぼくらの元に追い付いてきて、それはぼくの足元に勢いよく刺さり、その衝撃で深々と地面をえぐった。
「は、はやく……!」
「『わかってるって!』」
「キャッ……!」
肩に担いでるんじゃ走りにくい。
そう思ってぼくはリンドブルムの剣を手放し、彼女を両手で正面に抱き抱えた。
「あっ……」
「『ッ……』」
その時、偶然にも黒髪の彼女と、すぐ近くで正面からつい目が合ってしまった。
「……」
「『な、なんだよ……』」
ぼくは背後からの追撃を振り切りながら、ずっとこっちを向いてくる彼女に意地悪く聞いてやる。
すると彼女は「ふふ……!」と小さく笑いを浮かべて、それはいつしか、走っているぼくにもしっかりと聞こえるような確かな笑い声になっていた。
「『な、なんだよ!』」
「あはは……!なんでもない!」
「『……なんだよ、まったくっ!」
その楽しそうな笑い声につられて、ぼくもいつの間にか自然と同じように笑みを浮かべて、森の木々を飛び越えて一気に夜空の下に飛び出した。
光る花畑の丘に浮かぶ満月はぼくたちをシルエットとしてかたどり、甘く優しい夜風が吹き抜けて、とても気持ちが良かった。
「……キレイ」
「『うん……』」
眼前に迫った満月の輝きに、ぼくらは追われていることも忘れてすっかり見とれてしまっていた。
こんなにも美しくて、幻想的で。
こんな世界が現実でもあれば、いったいどんなに美しくあれたのだろうかと。
そう思わずにはいられなかった。
『『『追いつめたぞ!!』』』
空中で身動きが取れないぼくらの元に、トランプ軍団の切っ先が迫る。
『そぉ~れ!』
『『『なに!?うわぁ!!』』』
しかしそれがぼくらの元へ届く前に、上から降ってきた巨大な紫のカップケーキがトランプ軍団の上から重なり「ズシンッ!」と大きな音を立てて花畑に落ちた。
『アリス!ソータ殿!』
足元からは、もうすっかり聞き親しんだ声が呼びかけてきた。
「『ありがと、ウサギさん!』」
ぼくらは三月のウサギの待つ花畑の丘の上のてっぺんに降り立ち、抱えていた彼女をウサギのそばへそっと降ろした。
『おお、アリス!よくぞご無事で……!』
「あなたは……!」
彼女はウサギの前で膝をつき、抱えていた物語を手放して両手でウサギを抱き上げていた。
「ごめんなさい!私、あなたにも酷い命令を……本当に、ごめんなさい……!」
『……大丈夫ですよ。やはり、あなたには女王なんて似合いません。戻ってきてくれて、本当にうれしい限りです』
ウサギは彼女の胸元で穏やかに目を細め、涙に濡れる彼女の頬にそっと優しく触れていた。
『そんな顔をしないで。これで私たちは、いつでも貴方の元へ会いに行けるのですよ。だから、ここで終わろうなどとは思わないで』
「でも私、どうすればいいのかわからないの!どうやったら戻れるのか……」
『あはは、簡単ですよ。ね、ソータ殿?』
「『……うん!』」
ぼくは得意げに微笑むウサギに軽くうなずいて、両手にもう一度リンドブルムの剣を握りなおした。
世界を元に戻す方法。
それは、あの屋上での出来事ですでに分かっていたことだった。
『一つの夢を破壊するか』
「……」
リンドブルムは問う。
『同じ原理だ。ファンタジアニマが現実を食ったように、レジャンドホロウが夢を食う。世界のバランスはふたたび現実に引き戻され、こいつらの世界は、もう一度人間の記憶と、何ページかの絵本に閉じ込められることになる。今ここに広がっている世界を、壊すことになるぜ』
「……わかってる」
あの時、世界が塗り替わる瞬間を見た。
塗り替わった世界は、とても色彩豊かで美しかった。
「今日の事、絶対に忘れないから」
『……わかったよ』
ゴォオオ!!
リンドブルムの剣に炎が走る。
炎は空高く伸びていき、まるでとぐろを巻くようにぼくたちの周りを取り囲んでいく。足元の花畑を焼いて、舞い上がった花弁が炎に触れ、線香花火のようにはじけて光輝いた。
『『『な……なんだこれは……!』』』
トランプたちはおののく。
彼らの知らない物語の、伝説の存在。
燃え上がる蒼き炎は一対の翼を広げるドラゴンとなり、その頭上で、ぼくは高々と宣言した。
「『……夢よ、お前たちのあるべき姿に戻れ!』」
剣を掲げれば、ドラゴンの首は空高くに持ちあがった。
「『ブレイカーーーッ!!』
その言葉と共に振り下ろされた剣は、ドラゴンの口からまっすぐに放たれた蒼炎の刃と共に世界を切り裂き。
まるで絵本のページを切り開くように分かれた裂け目の向こう側に、ぼくたちの街の夜景が映り込んでいた。
『ああ……我々の世界が……』
『我々の夢が……』
『身体が……』
『……また、あの中に戻される……』
おとぎの国は裂け目に沿って散り散りに砕けていき、消滅に連れて現実の世界の領域が元に戻っていく。
無数のトランプたちは境界の裂け目へと吸い込まれていき、蒼い輝きと共に消えていく。
『……ありがとうございます。ソータ殿』
「『……!』」
ウサギの呼び声で、ぼくは彼女の方へと視線を落とす。
彼女の腕に抱かれていた三月のウサギは、トランプたちと同じように蒼い輝きを放ちながら、足の先から徐々に砕け始めていた。
「『ウサギさん……!』」
『いいのですよ。もとより私は、現実の世界にも、この体にも興味はなかったのです。私の楽しみはただ一つ。貴方がたのような愉快な人たちと、一緒に楽しくお茶をすることだけなのですから』
ウサギはにっこりとほほ笑み、そして彼女の方へと向き直った。
『ですから……どうか悲しまないで。『結衣』」
「……!!」
彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ、その涙をウサギは両手で受け止める。
『六歳の時、背表紙に貴方が書いてくれた名前ですよね。……アリスではない。あの時、貴方が夢を見てくれたから……今の私だから、やっと言葉で伝えることができる。ありがとう、結衣。こうして伝えられただけで、現実に出てきた意味はありました』
「ウサギさん!!」
彼女は蒼く輝く三月のウサギを抱きしめ、ウサギは短い小さな手で、結衣の頬をそっと優しくなでた。
『……大丈夫。貴方が私たちを忘れない限り、私はいつでも貴方の元へ会いに行けます』
「……うん!」
『ですから、今度こそ一緒にお茶を楽しみましょう。ケーキを焼いて、貴方の夢へ遊びに行きます。約束ですよ』
「うん……!」
体が透けていくウサギを力いっぱいに抱きしめ。
彼女、結衣はしっかりと答えた。
「……私、絶対に忘れない!」
『……はいっ!』
……ザアアッ……!!
ウサギの体は、裂け目から吹き込み冷たい夜風によってほどけていき。
世界中を彩っていたおとぎの国は、蒼い光の粒子となって、跡形もなく消え去った。
「……、……」
ぼくたちは見知らぬビルの屋上にいて、青い光の舞い上がった先には、黄金色に輝く満月があった。そこから下を向けば、駅の近くに密集したビルやデパートなどの電光掲示板がギラギラと光り、それに映ったデジタル時計には『02:15』と表示されているのが見えた。
耳をすませば、車がいくつも通り過ぎていく音が聞こえてきて。
風は冷たく鼻の奥をついてくる、冷たい現実の匂いがした。
「……結衣さん」
ぼくは夜風の音に耳を澄ませて、座り込む結衣の方へと振り返る。
するとそこでは、離散したはずの青い光が結衣の胸元へ一か所に集まっていて、それはやがて一冊の絵本の形となって収束した。
その絵本のタイトルが何なのか。今更言うまでもない。
「……私、忘れないわ。もう絶対に、失くしたりなんかしない……!」
忘れてしまうことは、消えてしまうことと同じだ。
だから、絶対に忘れない。
忘れない限り、夢は永遠に心の中で生き続けられる。
そうすればいつか……現実で叶う時がやってくるかもしれないから。
・最終話・物語の在りか
『昏倒生徒、全員覚醒。命に別状なし』
「……ううん?」
「あ、起きた!」
「裕也!」
翌朝、スマホに流れてきたニュースの見出しを見たぼくと啓介は、朝一番に病院へと飛び込んでいた。
あちら側に行っていた人たちの心が、全員帰ってきたんだ。
「大丈夫か?どこか痛いとか、気持ち悪いとかないか?」
「……大丈夫だよ、啓介。全然平気だから」
「そうなんだ!ほんとによかった……!」
ぼくは啓介と一緒に顔を見合わせて、ホッと一息ついた。
眠っていた時間自体はほんの二日くらいだと思うけど、それでもずっと心配だったから、目覚めてくれて本当にうれしかった。
「……ねえ、蒼汰」
「なに?」
寝起きの裕也に呼ばれて、ぼくは病院のベッドの枕元によって裕也の顔をのぞき込んだ。
「……夢の中に、蒼汰が出てきたんだ」
「……!」
裕也は眠たそうに眼もとを擦りながら、にっこりとほほ笑んでくれた。
「……すごいかっこよかった。ありがとね、蒼汰」
「……うん……!」
ぼくはそっと裕也にうなずいて、つい泣き出しそうになってしまうのを、グッと我慢した。
☓
「ええ~!じゃあ、結局あの事件って嘘だったの!?」
「嘘も嘘!大嘘だってよ!!始めから事件なんて起きてないって、言い出しっぺが自白したんだってさ!」
「ほ~らな!だから初めから嘘だっていったじゃないか」
その日のお昼。
教室の真ん中にできた人だかりからは、やっぱりいろんな声が聞こえてきていた。
「結局、あの事件って嘘だったんだな」
「そうだねぇ……」
ぼくは啓介と一緒に人だかりから離れた窓際によって、スマホにアップされた例の首無し事件の真相をぼんやりと眺めていた。
『自作自演をネット拡散か?『首無し事件』と呼ばれる仮想事件の真相が明らかに』
結論からいってしまえば、この事件は一人の人間が面白半分にでっちあげた事件が独り歩きしてしまって、都市伝説的に周りの人々が事件を捏造してしまった。というものらしい。
まあ、実際不可解な点は多かったものだし、仮にアニマによる襲撃だったとしても、犠牲者が出ていないのならそれに越したこともなかった。
「しっかし、この言い出しっぺってのも趣味が悪いよなぁ」
「そうだよね。わざわざこんなことで騒ぎを起こさなくたって」
「いやいや、それもそうなんだけどさ。これ見てみろよ」
「ん?」
と、ぼくは啓介にスマホの画面を差し出されて、そこに映っているものを見た。
どうやら、この噂を最初に言い始めた人のアカウントのようで、そのアイコンというのが『縦長の黒帽子』の絵だった。
「……これ……!」
「な?『嘘つき帽子屋』かってーの」
「う、ううん……」
そういえば、あの世界には三月のウサギもチェシャ猫もいなかったのに、嘘つき帽子屋だけはいなかった気がする。
……まさか、こんな所にいたってことなのだろうか……。
「……すっかり、忘れてた……って事か」
忘れるのは、存在しないのと同じ。
ぼくは大事なことを思い出して、バッと勢いよく席を立った。
「うおっ、どした」
「図書室行ってくる!調べもの思い出した!」
ぼくはタタッと小走りで教室を出て、すぐ下にある図書室へと滑り込んだ。
そう、ぼくには知りたいことがあったんだ。それを知るために……。
「お願いします……!」
と、図書室に入った途端、しんと静かな室内に昨晩聞いたばかりの声がこだました。
「この声……」
ぼくはその声のする方をほんの少しのぞいてみると、その視線の先に、あの黒髪の少女、結衣が先生と向かい合って真剣に話をしていた。
「私、どうしてもあきらめたくないんです!自分の将来の事、もっと真剣に考えたいんです!だから、お願いします!お母さんだけじゃなくて、先生とも相談したいんです!」
「結衣さん……」
と、先生は一瞬驚いたように体をこわばらせていたけど、でもすぐに安心した様子で目元を緩めていた。
「当たり前です。結衣さんの将来、とても大事なことですからね。先生も精一杯協力しますよ!」
「……ありがとうございます!」
結衣の返事はとても元気いっぱいで、もう何も心配する必要もなさそうだった。
キーンコーンカーンコーン
「あっ……」
その話を盗み聞いている間に、お昼休みが終了してしまう。
「ほら、休み時間終わりだよ」
「せ、先生!ちょっとだけ待って!!」
「うん?」
ぼくはカウンターに座っていた図書室の先生に咄嗟に呼びかけて、図書室のずっと奥の方でほこりをかぶっていた本棚へと小走りで駆け寄り、その中の一つ『リンドブルムの神話』と書かれた古びた本を、ぼくは両手で大切に抜き取った。
「あの、これ借りていいですか!」
「おお?なんだ蒼汰君、神話の勉強かい?」
先生はいかにも驚いたといった様子で目を丸くしていたけど、すぐに読み取り機を手に取って、なんだかうれしそうに目をキラキラさせていた。
「あの辺りって誰も読もうとしないからねぇ~。掃除してもすぐにホコリ被っちゃうから、なんかうれしいな」
「そうだったんですね……」
「そうだよ~。みんな文庫本とかの方に行っちゃうからね」
「……」
言われてみれば、確かにそうだったかもしれない。
ぼくはまだ、何も知らないことでいっぱいだ。
「はい!返却は一週間後だ、大事にするんだよ」
「……ありがとう、先生!」
ぼくは先生の手から重たい本を受け取って、そっと胸元で抱きしめた。
☓
『リンドブルムの神話』
その歴史は古く、その姿も様々だったが、ほとんどは蛇のように長い体に一対の足。そしてコウモリのような翼をもつ龍の姿をしていた。
リンドブルムの伝説は各地に存在し、稲妻や流星の正体と言われたり、雄々しさや容赦のなさを示す象徴、そして印象的なものでは『孤独に苦しみ悲しんだ一人の王子』という者だった。
生まれながらにドラゴンの姿、リンドブルムとして生を受けた王子さまは、その恐ろしい姿からお父さんであるはずの国王に我が子と認めてもらうことができず、ついに怒りをあらわにしてしまう。
「『我が姿を恐れぬ者は、この世界にはいないのか』……」
夕暮れ時。
リンドブルムの神話をお家に持ちかえったぼくは一度本を閉じて、窓際に備え付けていた勉強机の上に置いた。その音が「トス……」と夕暮れで赤く染まる部屋に静かに響いて、背筋をヒヤリと冷たくなでられたような錯覚を覚えた。
ぼくは部屋の電気をつけようと……。
「……っ……」
……その手をスイッチに伸ばす前に、ぼくは勉強机の引き出しを引いて、その中に放り込まれた無数のプリントの山を引き出した。
いつからこうだったかはわからないけど、プリントの中にはぼくが小学一年生になったばかりの頃もあって、何かあったたびにこの中に放り込んでいたのは確かだった。
そして。
「…………あった」
プリントの沼に沈んだ一番底に、それはあった。
タイトルは、『狼男のリンドブルム』。
たったそれだけが書かれた原稿用紙の束が、机の底に眠っていた。
『思い出したか?』
「……」
力強い声がして、あんなに寒かった背中がどんどんと熱くなっていく。
ぼくは暗くなっていく部屋の明るさなんて忘れて、そこにいるふわふわな狼男の体にぎゅうっと苦しいくらいに抱き着いた。
すべて思い出した。
ぼくはあの授業で、物語を書くことができなかったんだ。
リンドブルムという名前も、どこかのゲームで見かけたカッコいい名前くらいの印象しかなくて、何も知らなかったから、何の関連もない狼男なんて要素を勝手に付け加えていたんだ。そんなきっかけだったとしても、ぼくはその物語を必ず完結させなきゃいけなかったのに、結局タイトルを書いただけで、それっきり何もできなかったんだ。
だからぼくは先生に謝って、こんな物語捨ててしまおうとしたんだ。
でも、先生は言ったんだ。
今は何もできなくても、いつか完成させられる時が来る。
だからこれは捨てずに、大切に持っていなさいと。
「……ごめんなさい」
『何がだよ』
「ぼく……ずっと忘れてた。一番忘れちゃいけなかったのに……」
『でも、思い出しただろ』
ぼくの頭の上に、あの手が置かれる。
とても大きくて、温かくて。それだけで涙があふれて止まらなかった。
『……読んだんだろ。俺の事、少しはわかったか』
「……うん……」
『まあでも、俺にとっては過去の話だ。正直もうどうでもいいんだよ。俺の不確かな神話なんて』
「え……」
その答えに疑問を感じて顔を上げれば、夕焼けよりも深く美しい赤色の瞳を優しく細め、リンドブルムは確かな声で答えてくれた。
『物語が確かだった例なんて一度もない。なら今の俺は、人間どもの力と戦いの象徴ではなく、お前だけの神話になってやるよ。その方がずっと面白そうだ……!』
「……!」
ぼくの頬に、温かい水がポツリと落ちる。
それはごまかすようにリンドブルムは両手を回して、ぼくの視界は真っ青な胸元にうずめられてしまった。でも、そこから聞こえてくるリンドブルムの心臓の音がとても大きくて、その事実が何となく面白くて。
こんなに涙があふれて止まらないのに、とっても温かくて、ぼくたちは笑顔でいっぱいになっていた。
『……そういえばだ、蒼汰』
「うん?」
『お前の書いてたそれ、結局どういう話なんだ?』
「え?えーっとね……」
ぼくはしばらく考え込んでみて……でも、ぼくはパッと頭を上げてにっこりとリンドブルムに言ってやった。
「……教えない!」
『ええ~!そりゃあねえぞ?』
「えっへへ!だってまだわかんないんだもん!」
ぼくはリンドブルムから離れて、タイトルだけの原稿用紙の前へ駆け寄った。
長い間しまわれていたせいで原稿用紙はクタクタになっていたけど、タイトルから続く世界はいまだきれいな真っ白だった。
「……必ず完成させるよ。約束する」
『ああ。楽しみにしてるぜ』
ぼくは牙をむき出して笑う群青の狼男に元気よく振り返って、それに負けない位に力いっぱい笑顔を見せた。
おとぎブレイカー ・狼男のリンドブルム・ 駿河一 @suruga-1ab
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