第1話 絶対に遊んじゃいけな恋愛シュミレーションゲーム(前編)
「よーし、みんな! どうも、サクランチャンネルへようこそ! 今日も元気に参りましょう!」
カメラに向かって両手を広げながら、僕ら——桜木翔と五十嵐隼人は今日もいつもの時間に配信をスタートさせた。小さなワンルームの部屋の一角に設置された配信スペースには、赤と黒を基調としたロゴが壁に貼られている。
大学入学と同時に二人で始めたこの番組。最初は適当に始めた配信だったが、今ではそれなりに装飾も整い、プロっぽい雰囲気が出てきた。
画面には二人の男たちの姿が映し出され、左上には『LIVE』の文字が光り、今リアルタイムで放送が行われていることが示されている。右下に表示されるコメント欄には、早くも常連視聴者たちの挨拶が流れ始めていた。
『こんばんはー!』
『サクランきたぞ!』
『おつかれー』
「ポンタさん、テンラクさん、いつもどうもー。イペイペさんもおつかれっすー。今日は特別な企画を用意してるんで、最後まで見ていってくださいね!」
僕の隣で、黒髪にブルーのメッシュを入れた友人の五十嵐隼人が、いつものように的確なタイミングで常連に挨拶を返していく。
隼人とは小学生のころから一緒にゲームを楽しんでいた親友で、大学に入学してから二人でこの「サクランチャンネル」をはじめた。
チャンネル名はふたりの苗字、桜木と五十嵐から一文字ずつ取った『桜嵐』が由来だ。昨年2人そろって無事に大学は卒業したが、就職もせずに大学卒業後もこのゲーム配信を続けてきた。
僕の方はギリギリ単位をそろえて卒業するような底辺大学生だったが、隼人は派手な見た目とは正反対に、驚くほど頭が切れる男だった。
僕が徹夜で課題に追われている横で、彼は余裕でレポートを仕上げ、テストでも常に上位をキープしていた。それでいて決して他人を見下すことなく、むしろ僕の勉強を手伝ってくれることも多かった。そんな彼が首席で卒業したにもかかわらず就職もせず、いまだにゲーム配信を主な収入源にして生活しているのは、単なる怠惰ではない。
「人に支配される仕事は嫌だ」——隼人のこの言葉は、単なる反骨精神ではなく、組織に属することで失われる自由や創造性、そして時間に対する主導権を冷静に分析した結果だった。彼なりの戦略的な人生選択なのだ。
配信においても、隼人の頭脳は遺憾なく発揮される。
視聴者の反応を瞬時に読み取り、適切なタイミングでコメントを拾い、場を盛り上げる術を心得ている。僕が感覚的にゲームをプレイするのに対し、隼人は常にメタ的な視点を持ち、「今何をすれば視聴者が喜ぶか」を計算している。それでいて、その計算高さが鼻につかないのは、根底にある「みんなで楽しもう」という純粋な気持ちがあるからだろう。
現在はそこそこ登録者数もあって、ゲーム配信者としては中堅といったところだが、この世界は競争が激しい。常に最新のゲームや話題について配信していかないと、すぐに視聴者は離れていってしまう。
格闘ゲームやFPS、時にはRPGなど様々なジャンルに手を出してきたが、最近は正直なところ停滞気味だ。アナリティクスのグラフを見ると最近は登録者数の伸びも鈍化し、同時視聴者数もわずかに減少傾向にある。この状況を誰よりも危惧しているのは隼人だった。
そこで、この状況を打開すべく、今日は起死回生のための秘策を用意した——というのが相方である五十嵐隼人の言い分だった。きっと彼なりの綿密な分析と計算の産物なのだろう。期待と同時に、少しの不安も感じている。
「おい、隼人。今日のゲームって何なんだよ。全然教えてくれないじゃん」
僕は不満そうに言う。
今日の配信ゲームについて、隼人からは前もって具体的な話を聞かされていなかった。いつもは内容はともかく、ゲームタイトルくらいは教えてくれるっていうのにどういうことだろうか?
不安に思いつつも、すでに配信が始まっている手前いまさら文句を言っても仕方ない。流れに合わせて会話を進める。
「教えたら新鮮なリアクションが撮れないだろ?」
隼人はにやりと笑って、カメラの外から段ボール箱を取り出した。
「実はなぁ、最近ネットで話題になってるあのゲームを手に入れたんだよ」
箱から取り出したのは、派手なピンク色のパッケージ。
そこには『トキメキめめんともり♡』と書かれている。少女漫画のような可愛らしいタイトルロゴの下には、制服を着た三人の女の子のイラストが描かれていた。
「まじかよ!」
僕は目を丸くして驚く。
コメント欄が一気に盛り上がる。
『マジでときめも持ってるの!?』
『やばい見るわ』
『それってマジであの呪いのゲーム?』
『プレイした奴が消えるっていうやつ?』
僕は隼人の手の中にあるA四サイズぐらいの箱を奪い取り、じっくりと観察する。
パステル調で統一されたカラーリングの箱にはかわいらしい三人のヒロインが描かれている。一見ただの恋愛シミュレーションゲームだが、このゲームにはネット界隈でささやかれる不穏なうわさがあった。
「そうそう、通称『ときめも』。このゲームをプレイした人間が次々と行方不明になるって噂で、発売からわずか一ヶ月で販売中止になったっていういわくつきのゲームだ」
隼人は意図的に声を低くして、ホラー話のような口調で説明する。
「おい、それマジでヤバいんじゃないのか?」
僕は本気で心配そうな顔をする。正直オカルトは苦手だ。配信でもホラーゲームだけはやらないと約束しているのに。
隼人は肩をすくめる。
「まぁ、都市伝説だろ。でも面白そうじゃん?」
隼人をにらむが奴は意にも返さない。ひょうひょうとした表情でゲームの解説をすすめる。
『ヤバすぎ』
『マジで呪われてるって本当?』
『配信者消えたらどうすんの?』
視聴者数がみるみる増えていく。
ある意味隼人の作戦は成功だ。まだゲーム画面すら映していないのに、すでに同時視聴者数は通常の倍近くになっている。
すでにSNSでも拡散が始まったらしく、新規の視聴者も続々と増えてきた。
最近停滞気味だったこのチャンネルも、噂のゲームで活気を取り戻せるかもしれない。しかし、僕はまだ納得がいかない。
「おい、どういうことだよ。僕はホラーNGだって言ってあるだろ」
マイクに乗らないように小声で隼人に抗議する。
「あれあれぇ? 翔くんは何かビビってる? これはホラーゲームでも何でもない、ただ、かわいい女の子との生活を楽しむ恋愛シミュレーションゲームなんだぜ?」
人のことをおちょくるように隼人が僕をいじる。ここまで盛り上がっていたら、いまさらやめることなんかできない。今日はこのまま配信を進めるしかない。
僕がこんな反応をするのも計算のうちだったのだろう。
だから配信スタートまで今日やるゲームを教えてくれなかったのか。
悔しいが隼人の作戦通り、僕らのやり取りをみてコメント欄も盛り上がっている。
『ビビってんじゃねーよ』
『いつ消えますか?』
『いいから、ハヨヤレ』
「まあまあ、翔くんはおこちゃまですから、みなさお手柔らかにお願いしますね」
隼人は大げさな動作でぼくを慰めるように肩をたたくと、すぐに今から行うゲームの解説を始めた。
「このゲームのあらすじを説明するぜ、まずメインヒロインは三人いるんだ」
隼人はパッケージ裏のキャラ紹介を指さしながら説明する。
「ピンクの髪の秀才で、クラス委員の霧島詩織。主人公の幼馴染で、スポーツ万能、青いボブカットの南小鞠。そして金髪ツインテールのアイドル、星野舞美」
「まあ、基本的には普通の恋愛シミュレーションゲームなんだよな」
気を取り直した僕もパッケージを覗き込む。特にパッケージにおかしなところはない。一昔前に流行ったかわいい女の子との恋愛青春ゲームと言った見た目だ。
「イベントをこなして好感度を上げて、狙ったヒロインと付き合う。みたいな感じか?」
「そう、ゲームそのものはどっかで見たことあるような内容ばっかなんだけど」
隼人は視聴者に向かって身を乗り出し、声をひそめる。
「問題はエンディングなんだ。どのヒロインとエンディングを迎えても、主人公には『死』しか待っていないんだよ」
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あとがき
新作、長編ストーリー本日からスタートしました!
小説完結済み、約15万字、50章。
本日から毎日投稿予定です。
呪いのゲームに取り込まれる主人公の物語、ぜひお楽しみください!
当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!
過去の作品はこちら!
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