第2話 絶対に遊んじゃいけない恋愛シミュレーションゲーム(後編)


 僕の顔が引きつる。


「え、マジで?」


「クリア動画も一部流出してるんだけど。詩織エンドだと、彼女のストーカー行為が悪化して、最後は『永遠に一緒』ってことでホルマリン漬けにされる」


「なんだよそれ……」

 ぞっとする内容だ。パッケージの微笑む少女の笑顔が突然不気味に思えてくる。


「小鞠エンドだと、SMプレイがエスカレートしてプレイ中に死亡。舞美エンドは、彼女がアイドルのコンサートの最中に突然交際を発表して、激怒したファンに殺されるらしい」


 僕は引きつった笑顔を浮かべる。


「じゃあ、ハーレムエンドしか助かる道はないのか?」


「とんでもない! ハーレムエンドはヒロインたち三人で仲良く主人公の体を切り刻んで三等分にして分け合う仲良しエンディングなんだぜ」

 何が仲良しだよ、完全なサイコパスじゃねーか。


「じゃあ、誰からも告白されない、ボッチエンド最強ってこと?」


「世をはかなんで、伝説の木の枝にロープをくくって自殺だな」


「なんだそりゃあ!」

 僕はオーバーリアクションで驚きの声を上げる。期待通りという顔で隼人が笑う。


 画面を見るとコメント欄もさらに盛り上がっている。まだ始めてもいないのに、いつの間にやら同時接続数は四桁に迫ろうとしていた。



『怖すぎるだろ……』

『マジでそんなエンディングなの?』

『配信者さん、身の安全を……』



「何かおかしくない? どのルートを選んでも死ぬなら、このゲームの目的って一体なんだ? 開発者の趣味がサイコパスすぎるだろ!」

 恋愛シミュレーションゲームは今までにも相当数こなしてきたが、最後は『死』あるのみなんて、そんなゲーム聞いたことがない。

 パッケージを見る限りヒロインたちはめちゃくちゃかわいい。だが、もれなくサイコパスだ。


 「もちろん、最終目的は恋愛成就両思いさ。ただ、愛の形は人それぞれってことさ」隼人が意味ありげに言う。


 「なんかいいこと言ってる風だけど、それ知ってたら誰もヒロインと接近したがらないだろ」


 「いーや、始めてしまったらもう後戻りはできないぜ。ヒロインたちを放置すれば彼女らの不満度がたまって爆発。途中でもデッドエンドが待ち構えてるんだ。もちろん一人のヒロインばかりを優遇しても同じく不満度がたまって爆発するぜ、中には嫉妬に狂ったヒロイン同士が殺しあうルートもあるって噂だ」

 隼人は説明を続ける。


 「おい、これ恋愛シミュレーションだよな? 殺しあいとか、デッドエンドってなんだよ、サスペンスホラーじゃねえか……」

 僕はあきれてため息をつく。


 「まあ、ゲームとしても難易度は高めらしいぜ」

 隼人はパッケージを手に取りながら言う。「いわゆる『死にゲー』ってやつさ。何度も失敗と学習を繰り返して、ようやくクリアできるタイプのゲーム。しかも、このゲーム、プログラムからシナリオまで、ほとんどはたった一人の女性プログラマーが作ったっていうから驚きだ!」


 「そりゃ相当頭のいかれた女だったんだな」

 これだけのゲームを一人で作り上げるのはある意味、天才なんだろうけど、このシナリオを聞く限りまともな人間じゃない。

 

 「いいのかな?翔くん。そんなこと言ってると君も呪われちゃうかもしれないぜ」

 脅すように隼人が僕をあおる。

 

「なんだよ!作者がわかっているのに呪いのゲームなんて言われちゃってるのかよ。本人は何て言ってるんだ?」


 「フフフ、それがまたミステリーなんだ。調べてみな」

 隼人はもったいぶって教えてくれない。

 

 気になった僕はネットで『トキメキめめんともり♡』の作者のwikiを検索してみた。

 検索結果には赤髪を腰までのばしたそばかす顔の女性の写真が標示された。


 「なになに、『熊代 紫苑くまよ しおん』ネットで呪いのゲームと呼ばれる『トキメキめめんともり♡』のチーフプログラマー。ほとんどのプログラムを彼女が一人で書き上げた。

 このゲームをプレイすると行方不明になると言う噂がある」

 その後の解説に、読み上げる僕の言葉が止まった。内容をかみしめながらゆっくりと続きを読む。


「……最初の被害者は熊代 紫苑、本人で、テストプレイ中に行方不明となり、今も見つかっていない。そのことは秘匿されたまま販売されたが、ゲームをプレイした人間が同じように行方不明になる事件が多発。事件が明るみになり発売から約一か月で販売中止となった……」


「そう、最初の犠牲者が作者本人だってことは意外と知られていない。でも、行方不明になるって言ったって、ネット上には結構な数のプレイ動画や画像付きのクリア報告も出回ってるから、信ぴょう性は微妙だよな。今回はその辺も含めて検証できればッて思ってまーす」

 隼人が視聴者に向けて明るく宣言する。 



『うんちくいいからハヨヤレ』

『ビビってる? ねえ、ビビってる??』

『リアル都市伝説配信』



 コメント欄は滝のようなスピードで流れていく。コメントを拾っている暇が無いなんて、いつもの配信ではあり得ないことだ。


「よーし、コメントも盛り上がってきたことだし始めるか。まずは俺から、一度エンディングまで行ったら交代な」隼人は気合を入れる。


「ギャルゲー百本制覇の俺がサクッとクリアしてみせるぜ」


 ここまで来たら腹をくくるしかない。僕も配信を盛り上げるために隼人をいじり返す。


「ゲームだと無双してるのに、なぜか現実では彼女いないんだよなぁ」


「うるせー!」

 間髪入れずに反応が返ってくる。


 僕もいつもの調子を徐々に取り戻し、配信に集中する。

 基本的にゲームの攻略を計画的に進めるのは隼人の役目だ。ゲームが得意な隼人に対し、僕は失敗したり、間違えることで視聴者に共感されるキャラを演じる。


 しっかりした攻略動画でありつつも、エンターテイメント性もあるのがこのチャンネルの特徴だ。


「で、誰から最初に狙うんだ?」


「まずはもっともチョロそうな、アイドルの舞美だな。攻略の肝は、小鞠の対処だな。結構面倒で、両親公認の仲だから家にまで上がりこんでくるんだ。基本的にアクティブ女子だから、図書館や美術館みたいな静かな施設にはついてこない。幼馴染をうまく避けつつ、不満度を爆発させないってのがポイントだな」


 隼人はデータ収集型のゲーマーだ。事前に様々な角度から情報を集め、ゲームを攻略していく戦略家タイプ。


 今回のゲーム『ときメモ』も、行方不明云々うんぬんの噂はともかく、実在しているのは間違いない確かなゲーム。ネット上にもすでにいくつかのプレイ動画は散見される。

 本物かどうかはわからないが、実際にエンディングまでたどり着いたという画像なども存在する。隼人はすでに攻略の道筋を立てて臨んでいるのだろう。


「一人のヒロインの好意だけに集中すると、他のヒロインの不満が爆発して、悪いうわさが流されるなどの妨害が起こり、狙っているヒロインの好感度にも悪影響が出る。他の女の子たちの機嫌を取りながら、狙いの女の子にアプローチし続ける必要があるんだ。不満度が爆発したらそこでゲームオーバーだ」


「まあ、何はともあれファーストチャレンジ始めようぜ、ゲームスタート!」

 隼人はゲームをコンソールに挿入して電源を入れる。画面にタイトルロゴが表示された。


 三人の可愛いアニメ声が重なりタイトルをコールする。


『トキメキめめんともり♡』


 オープニング映像が流れ始め、主人公と三人のヒロインとの最初の出会いが映し出される。アニメーションの質は意外と高く、今風のアニメを思わせる洗練された画面だ。隼人は興味深そうに画面を見つめている。


 だが、突然、画面が乱れ始める。


「なんだこれ?」隼人がコントローラーを操作するが反応がない。「おい、操作が効かなくなった!」


「マジかよ……配信中に不具合とか最悪じゃん」僕も心配そうに画面を見つめる。


 ここでゲームを止めたら配信は大失敗だ。せめてゲームが動けば……


「ちょっと貸してみろよ」僕は隼人からコントローラーを取り上げ、メニューコマンドなどを触るが、全く反応しない。


「おい、マジでヤバくない?」隼人の声が少し震えている。「あの噂……」


 その時、突然画面が眩しい光で満たされた。それはただの映像ではなく、まるで画面から実体を持つ光が溢れ出しているようだった。その光は画面から溢れ出し、部屋全体を包み込んでいく。


「なっ……!?」


 僕の視界が真っ白になり、意識が遠のいていく。最後に聞こえたのは、隼人の叫び声と、画面の中からから聞こえてくる、不気味な笑い声だった。


「ようこそ、『トキメキめめんともり♡』の世界へ……」


 意識が完全に途切れる前に、僕の頭に奇妙な声が響いた。


「命懸けの恋愛ゲーム……始まります」


 光に包まれた最後の瞬間、僕は思った。


 これは——都市伝説ではなかったのだ。







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あとがき

 新作、長編ストーリースタートしました!

 小説完結済み、約15万字、50章。


 当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!

 



 過去の作品はこちら!


女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語

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三か月後の彼女~時間差メール恋愛中:バイトクビになったけど、3ヶ月後の彼女からメールが届きました~ -

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