『彼女を愛す「僕」と、否定する「僕」』
夜中3時、マンションの一室。
ある人を愛した男が布団の中で狂っていた。
「ねえ君はどうして僕を見たんだろうね最初のときただのクラスメイトだったはずの僕に無防備な笑顔を向けて僕の中の何かを壊したあの瞬間に君はたぶん気づいてなかったし今もきっと分かってないけどあの一瞬が全ての始まりだったんだよわかるかい君の瞳に映った“僕”はもう僕じゃなかったんだ僕の形をした“誰か”が君の中に入り込んで崩して腐らせて食い破ってそのまま心臓を盗んだんだだってねあのときから僕はずっと君を見てる見てる見続けてる見飽きることなんかできない永遠に飽きないよ君の呼吸ひとつにも意味があるまばたきの回数すら美しい毎朝君が選ぶリップの色に理由があること知ってるよ昨日とは違う意思が宿っていること知ってるよ昨日より少しだけ早く登校した理由が何かの不安を押し込めようとした痕跡であること知ってるよ君のすべてを知ってるよそれでも君は僕のことを知らない知らないまま笑って他人と喋って他人と笑って他人と帰って他人と視線を交わしてまるで僕なんかいないみたいに振る舞って僕の存在を透明にしてそれでおしまいだと思ってるんだろうでも違う違うんだ違うって言ってるだろそうじゃない彼女はお前のものじゃないどこまで勘違いすれば気が済むんだお前はただの器であって意思じゃない制御でもない理性でもない感情ですらないただの欲望だろ本能だろあの女を壊したい奪いたい閉じ込めたい焼き付けたいそう思ってるだけだろわかってるわかってるよだけどそれが愛なんだよ愛っていうのはね合理でもなければ正義でもないましてや相手の幸せを願うことなんかじゃないそうじゃない愛っていうのはなにかもっとドロドロとしたもっと原始的で内臓の奥から湧き上がってくるものなんだよ彼女を壊したい彼女を裂きたい彼女の中身をぜんぶ取り出して整理して僕の理解の及ぶ形にしてガラス瓶に保存して毎日語りかけていたいその欲望こそが愛なんだそうだろう違うよ違うそれは愛なんかじゃない支配だ執着だただの所有欲だお前が彼女を欲しがってるのは“彼女”が好きなんじゃなくて“自分のための彼女”が欲しいだけなんだろ違う僕は彼女が笑えば嬉しいし彼女が泣けば胸が裂けるし彼女が怪我をすれば僕は代わってやりたいって思うし彼女が他人といるときの不安はそりゃあるけどそれは彼女を守りたいからでしょ守りたいなら触れるな関わるな黙って見送れ影で祈れ彼女の幸せだけを願えそれが本当の愛だそれじゃ何も残らないじゃない僕の中に彼女がいなくなるじゃない意味がなくなるじゃない君が幸せになった世界で僕は空っぽだそれが愛だとするなら僕は愛なんかいらない君が僕を見てくれる世界のほうがまだましだだから壊すのかそうだ壊したいでもそれは彼女のせいじゃない彼女が僕を選ばないことが悪いわけじゃない彼女が僕を知らないまま笑ってくれるのが耐えられないだけだそうやって理由を外に向けるな全部お前の問題だお前の執着でお前の病でお前の責任だ君が僕を知らないままでいたのは当然だよね誰も見えないものは知らないよ君は悪くないでも僕は許せない君が誰かと話してるとき僕の視界が真っ赤になるのはどうしようもないし誰かと連絡を取り合ってるスマホの画面が光るだけで指を折りたくなるのはどうしようもないし君が僕に笑ってくれたその一瞬を永遠に閉じ込めたくて教室の時計が止まってくれないことが腹立たしいのも仕方がないことでしょ時間が動くと君が僕から遠ざかる気がするから君が他の誰かに変わっていくような気がするから僕は時間が嫌いなんだ時間が君を連れていくことが怖いだからせめて止めたい止められないなら壊すしかない君を壊して世界を壊して時計を壊して全部を壊してゼロにしたいでもそれじゃ彼女はいなくなるぞいなくならないいなくならないいなくなっても僕の中にはいるよ骨になっても内臓が腐っても僕は彼女の声を覚えてる顔を覚えてるまばたきのタイミングも髪の流れも呼吸の揺れも匂いの微粒子まで記憶してるそれだけで充分だそれで満たされるわけがないだろいいや満たされる満たされるから僕は笑ってるよ彼女が誰のものにもならない世界を想像するだけで笑えるよ彼女が僕だけのものになるその一瞬を夢見ていられるだけで生きていけるよその一瞬が現実になったらお前は壊れるぞ壊れてもいいんだよ彼女の最期の記憶が僕なら僕の手の中で壊れてくれるならそれでいいよねえ君はどう思うの僕のこの声は届いてる君の中に僕がいなくても僕は君の中に入ってると思ってるよだってね一度でも僕の方を見たじゃないかその視線が僕を生んだんだよその一瞥が僕の人格を分裂させて狂わせてここまで引きずってきたんだよ責任とってよ君は僕を生んだんだから責任とってよちゃんと壊れるまで見届けてよこの愛がどうなっていくのか最後までちゃんと見てよ逃げないでよお願いだから逃げないでよ壊さないでよ僕を壊さないでよ彼を黙らせないでよお前が黙れ彼女に触るなもう手遅れだよほらこの手は震えてるこの手は止まらないこの手が次に何をするのか僕にもわからないよでも確かなことがあるひとつだけあるそれはね君が笑った瞬間僕はもう人間じゃなくなったんだってことだよ。あは、あはは、あはあはああははああはあははああはははははっはははハハハハハはははははははははあははははハハハははははハハハハハははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハクァは母はハッhづい青江をファrhwボエrwv;glqかsのパ;えうbnごぶぉt4ウィっっっがt」
鉄の匂いがしたマンションの一室。
彼は笑っていた
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