第9話

『お前、人の指輪とったのかよ。やめろよな、いい歳して幸せな家庭に嫉妬するなんてよ。ちゃんと返せよな。』


毒島が嘲笑しながら注意する。

桃は反論しようとしたが、相手にしても時間の無駄と判断し、再び左の胸ポケットに指輪を入れ、座席を軽く倒しくつろぐ。

その後、暇つぶしに毒島が教育の一環だ。と柚子に銃の使い方を教えていた。柚子は、ひきつった顔をして話を聞いているのが見え、毒島の被害者がまた一人増えた。と桃はそっと同情した。

人通りが全くない閑散とした街角で、後ろから黒のセダンがかなりのスピードで走ってくるのが見えた。林檎は、平日の昼にそんな急ぐことがあるのか。と思うと同時に、並走し右側から遠慮なく衝突してくる。桃たちの車は、ガードレールと黒のセダンに挟まれ、金属を擦り合わせる甲高い音と、柚子の不満げな訴えが聞こえる。シェイクがひっくり返り、桃が、ナゲットのバーベキューソースを車のフロアマットにべちゃりと落とした。林檎は、即座にブレーキを強く踏む。黒のセダンもそれに合わせてぴったりと密着して止まる。中から体つきのよい男が飛び出してきた。


『目ぇついてんのかよ!早く娘見つけねぇと怒られちまうんだよ!』


毒島は声を荒げていたが、あまり焦ることはなかった。仕事柄、多少荒っぽく絡まれることは、滅多にはないが経験はあった。銃を構え車から足を出すが、男がすぐそこまで来ているのを見て、銃を置いてナイフを選択する。男の拳が飛んでくるのを見て、体を素早く折り畳んでかわす。右手のナイフを首に振り上げるが、左腕で塞がれた。塞いできた腕に刺さるが、右腕で手首を捻られナイフを落とす。すかさず、男の下腹部に前蹴り入れ距離を取る。

一方、桃と林檎は挟まれたガードレールとセダンによりドアが開かず、争いに乗り遅れていた。

毒島は、男が飛ばした回し蹴りを受け止める。腹に鈍い痛みが走るが、よろめきなが立て直し、左の脇腹を殴ったあとに男の顎に横から拳を叩き込んだ。地面が傾いたかのようにふらつく男に、拾い上げたナイフを左胸に刺し込む。肋骨の隙間にきちんと収まったナイフの周りからは、ずっとここで閉じ込められて我慢していたんだ、と言わんばかりの血が勢いよく吹き出す。

楽勝だな。と肩で息をする毒島に、運転席にいた女が銃口を向ける。男との戦闘に必死で、気づかなかった。心臓がきゅっと締め付けられ、心に冷たい風が通り抜けるのを感じた。桃との仕事で、初めて人を殺したときの走馬灯が見えたような気もする。

静かで寂れた街角で、銃声が鳴り響く。

音と同時に女が倒れ込み、毒島は思わず目を丸める。


『あぁ、やっちゃったぁ...。あんたが銃の使い方を教えるからこうなったのよ!あたし、まだ子どもなのに!』


柚子が、銃を持ってからだを震わせながら、この世の終わりかのように嘆いている。憤りを感じる柚子とは裏腹に毒島が、


『やっぱ教育って大事なんだな。』


と呟き、肩を撫で下ろす。

ようやく、車の窓から這って出てきた桃は、毒島を見て安堵すると共に、なんで死んでないんだよ。と顔をしかめて、銃を持って電池が切れたかのようにうなだれた柚子を見る。


『こんなやつのために、人生棒に振るんじゃないよ。』


と、桃はぼやいてタバコに火をつける。

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