【第10章】予備準備日:2/6 〜SNOの隠された側面〜
カトリーヌが私の横を歩き、カリーヌが私たちを将校食堂へと案内する。
「ケン、将校食堂って何だか知ってる?」
「名前からすると、将校たちが食事をする場所じゃないかな。」
「そう、でもそれだけじゃないの。家族も一緒に来られるんだよ。いわば、メニューが決まったカフェテリアみたいなもの。ここには個室もあって、ちょっとしたプライバシーが得られるのよ。」
食堂に入ると、確かにそれは学校の食堂に似ているな、と感じた。
トレイを取った後、カリーヌは私たちを一つの部屋に案内した。
その部屋はシンプルで機能的だった。入り口の反対側の壁には、小さな窓、テレビの画面、そして時計がすぐに目に入った。
カリーヌがブラインドを閉め、カトリーヌが私の後ろでドアを閉めた。
「ママ、またやりすぎたでしょ!『カリーヌは恋人用の名前』って何よ?
パパが天国で泣いてるわ!」
カリーヌは少し寂しげな笑みを浮かべた。
ステージでの堂々とした姿は消え、娘に叱られる孤独な未亡人がそこに残った。
カリーヌが私たちを個室に案内した理由が、ようやく分かった。家族の問題は家族の中で話すもの――そして私はすでに、その「家族」に含まれていたのだ。
「アンリの話はやめて、
カトリーヌは苦々しい顔で口をつぐんだ。
そんな二人を疑った自分が恥ずかしい。
私の心は、この女性たちが抱える喪失の痛みを思うと締め付けられる。
「ママ……パパが亡くなってから、あなたは変わった。まるで何もかも投げ出してるみたい」
誰かの死を経験した人に出会うのは、これが初めてだ。
カトリーヌはもう大人だ。男性の生殖能力は四十歳を過ぎると急激に下がる。
つまり、彼女の父親はおそらく、私の父と同年代だったのだろう。
何かを聞きたくても、怖くて聞けなかった。
もし父や母が明日亡くなったら、私はどう感じるのだろう?
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
「何が問題なの? いつも通りのことを言っただけよ!」
「でも、もしクレームが入ったら? 改革派はSNOの廃止を狙ってるのよ!」
――えっ? 初めて聞いた。
SNOが……廃止されるかもしれない?
カリーヌは大きくため息をつき、天井を仰いだ。
昼食は私が想像していたものとは全く違っていた。
重苦しい空気が漂い始めていた。話題を明るいものに変えなければ。
「カリーヌさん、本当にそう呼んでもいいんですか?」
カリーヌの態度は、さっきの壇上での姿とは大きく異なっていた。
「もちろん。許可したでしょ?」
ステージ上では派手に見えたけど、実は孤独と闘う戦士だった。
私は、喪失の中で気高く振る舞うこの女性に深い敬意を感じた。
「壇上のスピーチ、すごく印象に残りました。いつもあんな感じなんですか?」
カリーヌは驚いたように私を見た。
「私の歓迎スピーチを褒めてくれるなんて、あなたが初めてよ。面白い子ね!」
彼女は得意げにカトリーヌをチラリと見た。
「内容はすごく共感できました。言い方はちょっと衝撃的でしたけど」
「人生は甘くないのよ。男の子たちは学校を出たら、すぐにハーレム生活が始まると勘違いしてる。でも実際は、そこからが“自立”との戦いなの」
正直、まだよく分からない。男性の立場は社会的に守られているはずだ。
「分からない? じゃあ聞くけど、あなたの兄・エンゾは、結婚したらどこに住む予定?」
「たぶん、国から支給された住宅で、パートナーたちと一緒に住むと思います」
「じゃあ家事や家計管理は誰がやるの? 家族の助けは最初だけ。誰かが妊娠したら、男は一人で全部こなさなきゃいけないのよ」
確かに、父も家でたくさんのことをしていた。
でも、いつも妻たちの誰かが手伝ってくれる。
「正直、軍が家事の指導をするなんて想像もしていませんでした。もっと体力的なこと、例えば護身術とかを教えるのかと思ってました。」
カリーヌは自分の仕事について話すのが嬉しそうだった。
「その考えも間違ってないわ。実際、それが唯一、私たちが教えていることよ。ここには民間の女性指導者もいるのよ。」
彼女の答えに驚いた。軍人がこんなに多いから、全部彼らが担当していると思い込んでいた。
「ねえ、ケン。このセンターには今、何人の男性が集まっていると思う?」
歓迎のスピーチのとき、ホールにはテーブルが並んでいた。
10列のテーブルが8つずつ、左右に分かれた中央の通路で区切られていた。
各テーブルには10席くらいあったはずだ。
でも、人が少ないテーブルもあった。
「えっと、歓迎スピーチに参加していた人数を基準にすると……毎月行われているってことは……6000人から8000人くらい?」
二人の女性は一斉に笑い出した。
「違うよ、ケン。ぜんぜん足りない。今見ていたのは昼の歓迎会で、夜にもう一つあるのよ。」
私はその数を想像するのに苦労した。
ということは、私が思っていた数の倍ってこと?
「現在、SNOに参加している若い男性は1万3000人以上、女性は約6万人。それに、常駐の軍人5000人もいるわ。」
7万5000人近く? それは私の故郷の街の人口よりも多い!
「こんなにたくさんの人が一か所に集まっているなんて、想像もできませんでした!」
私の言葉に、カリーヌの態度が少し変わった。
「残念ながら、それは国の安全保障上の問題でもあるの。
こんなに多くの若い男性が一か所に集まるのは、特定の国や組織の欲望をかきたてるわ。そして、それが一部の政治勢力を心配させているの。」
カトリーヌが言っていた改革派のことだろう。
「つまり、男性を誘拐するためにセンターを襲う国があるってことですか?」
「国とは限らないわ。『アマゾネス』のような犯罪組織が、こういう襲撃を専門にしているの。
SNOのセンターは、何千人もの若い男性を集めるから、彼女たちにとって絶好の機会なのよ。場所も日程も分かっているから、タイミングを待つだけでいいの。」
アマゾネス? そんな名前の犯罪組織があるなんて知らなかった。
男を誘拐して性的欲望を満たすことで知られる女性たちにちなんだ名前……
その犠牲者の運命は簡単に想像できた。
「お母さんの言う通りだわ。偽タクシーで新兵を誘い込むこともあるの。
4年前には、アマゾネスがSNO用の偽バスを仕立てて、50人ほどの若い男性が誘拐されたのよ。」
カトリーヌの声は怒りで震えていた。
カリーヌの顔も一瞬曇り、胸にかけたドッグタグを強く握りしめた。
彼女の笑顔は消え、代わりに怒りが宿る。
その態度が、私の心に浮かんだ疑問に答えてくれた。
彼女の夫は、おそらくその事件で命を落としたのだろう。
SNOの裏には、私が想像していた以上に複雑で危険な現実があった。
「
ケン、私のスピーチで言ったように、男性はその価値を誤解している。
彼らの希少さと高い生殖能力が、犯罪者にとってどれだけ大きな利益になるか、想像もしていないの。」
「じゃあ、軍がSNOを管理しているのは、男性の安全を守るためなんですか?」
「その通り。男性をただの種馬として扱う国もあるの。一生小さな部屋に閉じ込められ、薬を飲まされて不妊になるまで搾り取られる。そんな運命、誰も望まないでしょう?」
その話は背筋が凍るようだった。
「でも、心配しないで。私たちの仕事はフランスの子どもたちを守ること。経験は十分にあるから、信じて。」
カリーヌはそう言いながら、軍の認識票に触れ、懐かしそうな表情を浮かべた。
それはきっと、アンリのものだ。
「カリーヌ、あなたは本当にすごい人です。もうすぐ家族になれるなんて、嬉しいです。」
彼女は今度は心からの笑顔を見せた。
「こんなふうに名前で呼ばれるなんて、男の人からだと本当に久しぶり!」
「ママ、冗談でしょ! エンゾもカリーヌって呼んでるよ!」
「でも、あれはあなたの彼でしょ?」
そのあとは、冗談も混じった和やかな会話が続いた。
SNOについて興味深いことを学んだが、SNALについても同じように学べるのだろうか?
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