【第11章】予備準備日:3/6 SNAL について

食事も終わりに近づき、和やかな雰囲気の中、カリーヌはとても気さくに振る舞っていた。


「こんな若い子がSNALを選ぶなんて珍しいわね。

専門的な勉強を続けたいの?

それとも海外に移住するつもり?」


「いえ、そういうわけじゃないんです。

実は、親友がSNALのことを教えてくれたんです。

彼はアメリカで遺伝子工学の研究者を目指してSNALに参加しました。」


「なるほど……じゃあ、彼に合わせてSNALを選んだの?」


「いえ、ちょっと違います。

僕にはそんな能力はないんです。

母が日本人なので、彼女が育った国を知りたいと思ったんです。」


カリーヌは私の話を真剣に聞き、カトリーヌも、すでに私の経歴を知っているにもかかわらず、じっと耳を傾けていた。


「できれば、日本の学校も見てみたいんです。

日本では学年が4月から始まるので、フランスの9月とは違います。

10月にSNALに参加すれば、基本訓練を終える時間は十分あるはずです。」


「なるほどね。

フランスで基本訓練を前もって済ませておけば、

日本での自由時間が増えるって知ってた?」


そんなこと、初めて聞いた。フレッドのガイドには載っていない情報だった。

カリーヌは私の驚いた表情を見て、楽しそうに微笑んだ。


「知らなかったのね。まあ、これは“非公式のルール”だから。」


「訓練した分が自由時間に変わるんですか!?

それなら日本をめいっぱい楽しめるってこと?

最高じゃないですか!」


この情報、絶対にフレッドに教えてあげなきゃ!


「カリーヌ、さっき言っていた“基本訓練”って、具体的にどういうことをするんですか?」


「演説でも言った通りよ。

家事訓練と体力強化に加えて、護身術も含まれているわ。理想的な男性は、自分を守れる力を持っていて、なおかつシックスパックのような引き締まった腹筋を持ってるべきだってこと!」


腹筋の話になると、カリーヌが夢見るような表情になる。

きっと彼女の夫は、鍛え上げられた体を持っていたのだろう。

軍人だったなら、それも不思議じゃない。


「護身術か……確かに、海外に行ったら軍に守ってもらうわけにはいかないですよね。でも、領事保護があるじゃないですか? それとどう違うんですか?」


「領事保護は主に法的なものよ。例えば、悪徳な店が値段を吊り上げて法外な金額を請求してきた場合、あなたは被害者として扱われ、徹底的な調査が行われるわ。そして、詐欺の企てがあれば、その店は大使館の弁護士によって訴えられるの。」


「そういう意味だったんですか? てっきり、身体的な保護かと思ってました……」


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。海外でも、新入りはちゃんと守られているわ。

普通は、どんな状況にも対応できるチューターが同行するし、男性には専属の護衛がつくことも珍しくないの。」


少し間をおいて、彼女は説明を続けた。


「それに、『アマゾネス』みたいな組織は、一人の男性を狙うことはほとんどないわ。

よほど重要な人物とつながりがない限りね。」


「でも、海外にいたらフランス大使館と連絡を取ることになりますよね?」


「私が言ってるのは、大使よりもっと大きな存在よ。

国の指導者とかと親しい関係でもない限り、彼女たちの注意を引くことはないわ。」


ここでカトリーヌが口を挟んだ。


「日本なら、そんなに危険はないよ。せいぜいチンピラみたいなのに絡まれるくらい。

そういう相手への対処法も訓練で身につけられるの。

敵を少しでも食い止めることができれば、その分、護衛が介入する時間ができるの。」


カトリーヌは何か思い出したような表情を浮かべた。


「そういえば、チューターの話だけど、明日には君の担当者と会えるわよ。

斎藤さんが今日の午後、日本から到着する予定なの。」


「もう? ずいぶん早いんですね。

SNALで男の子を受け入れるなんて、久しぶりなんでしょうね。

何か特別な計画があるのかも……」


カトリーヌはそれ以上何も言わず、カリーヌが再び話を続けた。


「SNALの場合は、それだけじゃないわ。

『フランス的生活芸術』の教育もあるの。

文化や礼儀作法に重点が置かれていて、海外でも有名なフランスの歌を学んだりするのよ。

母の世代の曲さえ出てくるの!」


母の世代の曲?


彼女をじっと見ると、金髪の中に白い髪が混じっているのが分かった。

年齢は四十代半ばくらいだろうか? けれどもその所作は十歳以上若く見える。

60〜70年代のフレンチポップなんて、正直僕の好みじゃない。

一体それが何の役に立つんだろう?と疑問に思った。

私の表情の変化に気づいたのか、カトリーヌが口を開く。


「ケン、納得してないみたいね。日本にはカラオケがあるでしょう?」


「はい、でも、それと昔のフランスの曲に何の関係が?」


「カラオケに日本歌曲しかないと思う?

斎藤さんの履歴書には、フランスの歌をカラオケで歌うのが好きと書いてあったわ!」


カリーヌはとても母性的な笑顔で私を見た。


「想像してごらんなさい。君のパートナーが、カラオケでフランス語の歌をリクエストしたのに、君が何も歌えなかったときの彼女の落胆を」


言葉を失った。こんなことを考えるなんて、これまで想像もしていなかった。

日本でフランス語の歌を歌うなんて、そんな可能性、今まで一度も考えたことがなかった。


カリーヌとカトリーヌとの昼食で、SNOとSNALの本質が少し見えてきた気がする。


「さて、ケン。そろそろ本番よ。テストルームに案内するわ」


カリーヌは一瞬ためらうように私を見て、母親のような声で言った。


「ケン、無事に、しっかり戻ってきてね」


女性たちへの態度を見られると聞いていたが、この言葉が引っかかる。


「無事に戻る」?


テストで何を失う可能性があるのか?

彼女がわざわざ忠告するくらいのことって……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る