第5話 地縛霊は頭が良い

「ねえ。その問題僕が教えてあげよっか」


 定期テスト二週間前。


 テスト期間は、毎日図書室に残って勉強するのがマイルーティーンだ。

 その日も、図書室で数学の演習をしていた。もちろん一人――と言いたいところだが、隣にはなぜか幽霊君がいる。


「話しかけないで」


「でもわかんないんでしょ」


「まあそうだけど」


 今、つまずいてたのは二項定理の問題だ。

 数学は別に得意でも苦手でもないが、この範囲だけ公式が理解できずなかなか苦戦中。


「他の子と一緒にやればいいのに。教室で女子が何人かで勉強会開いてたよ」


「別にいいでしょ。私は一人で黙々と勉強するタイプなの」


 まあ、なんともお節介である。


 幽霊君は、昼休みや放課後にいつも、一人でいる友彩にちょっかいを掛けてくる。「今日のお弁当は何?」とか「さっきの先生のギャグ滑ってたね」とか他愛もないことならまだマシだが、今みたいに「一人でいいの?」とか聞いてくると、なかなかカチンとくる。


 私だって、一人が好きで一人でいる訳じゃない。友達がいるなら、もちろんみんなでワーワーしながらJKっぽく毎日過ごしたいものだ。

 でも、そんな能力は残念ながら持ち合わせておらず、一人悲しく図書室で、よくわからない幽霊と一緒に教科書に向かっているのが現実である。



「あー違うよ。そこは――」


「もうっ!うるさい!幽霊なんだから幽霊らしく静かにしててよ!」


 思わず声を荒げてしまった。

 司書さんがちらっとこちらを見た気がして、顔を赤くしながらおずおずと肩をすくめる。


 ――幽霊君なんてやっぱり嫌いだ。



 — — — — — — —



「ねー今日さ、みんなでフェミレス行って勉強会しよーよ」


「お!いーね!あたし英語がわかんなかったんだよー」


 授業終わり、すっかり確立したグループの一員となった野々原美咲の声が聞こえる。見た目がギャルっぽい割に、勉強はしっかりしてるみたいだ。


「友彩も行けば?」


「何言ってんの。私はあのグループの子とは喋ったこともないんだけど」


「でもあの茶髪の子とは最初仲良かったじゃん」


「あんなのボッチ回避のためのその場しのぎでしょ。向こうはきっと仲良いなんて思ってないわよ」


「そーかなー」


 実を言うと、ちょっぴり悲しい。

 最初は毎日一緒にお昼ご飯を食べて、一緒に帰ってたはずなのに、今ではまるで別世界の住人だ。


 まあ、愛想の悪い私が悪いんだけどね。


「じゃあ、今日は僕と一緒に勉強ね」


 乾いた瞳を伏せたのがバレたのか、幽霊君はいつもより押し気味にそう言って来る。

「わからないとこは教えてあげるから」とあまりにも自信満々の表情なもんだから、思わず首を縦に振ってしまった。


「『今日は』じゃなくて『今日も』でしょ」




「そうそう、二項定理はこのピラミットみたいな表を使えば一発だよ。それで、ここをこーしてこう。はい、できた」


「うぅ…わかりやすい」


 幽霊君は想像の百倍、人に教えるのが上手だった。授業中外を眺めているだけで、勉強をしている素振りなんてないのに、なんとも憎たらしい。


「なんでそんなに頭いいの?」


「もう何回も同じ授業受けたことあるからね」


「それってどういう意味よ」


「ずーっとあの教室に僕はいるってこと」


「どれくらい?」


「うーん、もう正確にはわかんないけど、結構長いこといる気がするなー。地縛霊みたいなものなのかな?一人でずーっとね」


「ふーん、幽霊も大変なんだね」


「まあね、でも今は友彩とお喋りできるから楽しいよ」


 にかっと歯を見せて笑うのは反則だ。ずっと一人で学校を彷徨っているなんて、少し同情してしまうではないか。

 そう思ってちらっと幽霊君の顔を見ると、ニコッと笑い返された。


 そういえば、いつの間にか幽霊君と話していても『怖い』とは思わなくなったな。


 ――かわいそうだし、もうちょっと構ってあげようかな。

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