だって誰もいないからさ
朝野 結子
☆
この曲大好きだ。寂しくて悲しくて落ち着いていて、私のどんな気持ちにも合うから。
だって誰もいないからさ、この家には誰もいないから、私は裸で寝転がる。この夏も暑くなるみたいで、汗ばんだ体に埃がまとわりついて気持ち悪い。でも私は自分が自分のものにできているという実感でとても満たされる。満たされる。やっぱり裸は良いものだ。
だって誰もいないからさ、この教室には誰もいないから、私は教卓の上に寝転がる。ちょうどまな板の上の魚みたいに仰向けに。窓から風が入ってきて涼しい。カーテンが結んであってブラみたいに膨らんだ。面白い。こんなことで面白がれるから、私の人生はお得なのだと思う。
『誰もが一人、すべては一つ』とその歌はうたった。いつも私は一人で、いつも誰かと一緒と言うことか? それはいい。一人だと思えば一人だし、誰かといたいと思えば誰かと一緒なのだ。いいことを聞いた。私は頭が悪いので、簡単な解釈しかできない。でも私の頭にはそれで充分だと思う。お腹の中にカフェラテがたまっている。紙パックのカフェラテをさっき飲んだから。教卓から起き上がった私はカーテンブラを解いてきちんとまとめて置いた。このカーテンのまとめるのはなんていうんだろう? とにかくまとめて置いた。夕方の教室は西日を受けて輝いている。赤く染まって、舞台の上みたいだ。窓辺に机を置いてその上に座った。お母さんのことを何となく考えてしまう。お母さんは今頃病院で働いているだろうか。病衣を配ったりする仕事だから、感染しないように一日に何度も手を洗うのだと言っていた。お母さんに今すぐ会いたいなあ。舞台女優みたいな西日を受けて私は長い長いスカートの裾を持ってみた。
机の上に立って踊ってみる。裾をもってひらひらしてみる。私は舞台女優になりたかった。歌も演技も下手だけれど、とにかく舞台女優になりたかった。セリフも暗記できるか怪しいけれどもとにかくスポットライトを浴びたかった。いま、私は西日と言うスポットライトを独り占めして踊っている。演目はミュージカルだ。私はイヤホンから流れるあのお気に入りの音楽を歌った。
『誰もが一人、すべては一つ』
私は一人、すべては私!
私はこの震えるまつげを、鮮やかな赤を、誰もいない観客に見せつけた。
だって誰もいないからさ 朝野 結子 @asanopanfuwa
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