第15話
深く穏やかな眠りの海から、私の意識はゆっくりと浮上していった。最初に届いたのは私の名前を何度も切実に呼ぶ彼の声。背中には硬くも確かな温もりがあり、ごつごつとした腕が私の体をしっかりと抱きとめている感触があった。
重たい瞼をゆっくりと押し上げると、ぼやけていた視界にはっきりと像を結んだのは、私の顔を覗き込む彼の姿だった。その紺碧の瞳が私を捉えた瞬間、大きく見開かれる。安堵と、今まで見たこともないほど深い感情の奔流が、その瞳の中で揺らめいていた。
「……ルティ……。気がついたのか……」
彼の声はひどくかすれていた。私が意識を失ってからずっと、こうして私を抱きかかえ呼び続けてくれていたのかもしれない。私は彼の腕の中にいる自分とそのあまりの近さに、頬がじわりと熱を帯びるのを感じた。
「ノアキス様……。私……」
「もういい。もう何も言うな」
彼は私の言葉を遮るようにそう言って、私を抱きしめる腕にそっと力を込めた。その強さと優しさが、私の冷え切っていた体に温かい血を通わせてくれるようだった。私は彼の肩に顔をうずめるようにしてゆっくりと周囲を見回した。
もうあの肌を刺すようなおぞましい気配はどこにもない。代わりにこの広大な空間はどこからか差し込む柔らかで清浄な光に満たされていた。祭壇の表面を覆っていた禍々しい魔法陣の輝きは消え、ただの静かな石の台座へと戻っている。そしてそのすぐそばには一人の老人が力なく倒れていた。かつて人の領域を超えた魔力をその身に宿していた学園長は、今やその全ての力を失い、ただの抜け殻となってそこにいた。
その時だった。
静まり返った祭壇の上から、ふわりと一つの小さな光の粒子が浮かび上がった。それを合図にしたかのように、数えきれない光の粒子が祭壇のあちこちから天に向かってゆっくりと立ち上り始める。青い光、緑の光、金色の光。一つ一つが異なる色と輝きを宿していた。
それはまるで夜空に放たれた無数の灯籠のようだった。
私は直感的に悟った。あれはこれまでこの非道なシステムに囚われ続けてきた生徒たちの魂なのだと。長い長い苦しみの時からようやく解放されたのだ。
光の粒子たちは互いに寄り添い慈しみ合うかのように、この広間の高い天井へと昇っていく。その光景はあまりにも幻想的で神聖で、私は言葉もなくただ涙を流しながらそれを見上げていた。
無数の光の中にひときわ優しくそして穏やかな輝きを放つ一つの光があった。その光はまるで私たちに別れを告げるかのように一度強くきらめくと、他の光たちに導かれるようにして天の闇へと溶けていった。
隣で彼が息を詰める。彼はその優しい光の最後の軌跡を一瞬たりとも見逃すまいと、ただじっと見つめていた。その横顔に浮かぶのはもはや悲しみや怒りの色ではない。長い旅を終えた魂を静かに穏やかに見送る、深い愛情だけがそこにあった。彼のその表情を見て、私はあの優しい光が誰のものであったのかを確信した。
落ちこぼれな私でも、あなたの隣で 速水静香 @fdtwete45
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