第24話 幕間 正義は力なき
首都星系第七惑星の衛星に築かれた宇宙軍駐屯基地は、機能美すら拒絶した無機質な空間だった。
白い照明が天井から降り注ぎ、通路の壁面は滑らかな金属パネルで均一に覆われている。
天井には非常灯が等間隔に並び、淡い赤色の光を静かに放っていた。
紺青の軍服は、金属特有の冷たい質感の中でひときわ寒々しく、味気なく映った。
「俺は納得できん!」
拳を握りしめ、怒りに顔を紅潮させたクレイグ・フレミング少佐は、一目で軍人とわかる佇まいだった。
身長は百九十センチを超え、鍛え抜かれた肉体が軍服の上からもはっきりわかる。
広い肩幅と厚い胸板が、日々の厳しい鍛錬を物語っていた。
精悍な顔立ちに鋭い眼光。赤錆色の髪はゆるく波打ち、前髪は目や額にかからぬよう丁寧に撫でつけられている。
引き締まった口元は彼の厳格さを示していたが、笑えば意外なほど柔らかくなることを知るのは親しい者だけだった。
「フレミング、落ち着いてくれ。俺が怒るタイミングがないじゃないか」
ギュスターヴ・パスカル少佐は肩をすくめ、片眉を上げた。
彼の外見は、軍服姿とは思えないほど洗練されていた。
整った顔立ちに、涼しげな青緑色の瞳が理知的な印象を添えている。
女性たちが騒ぐのも無理はないだろう。
フレミングほどではないが、百八十センチを超える長身は十分に堂々としていた。
鍛えられた体つきは確かに軍人としての厳しさを感じさせるが、全体としてはすらりとした印象が強く、軍服のモデルだと言われても信じてしまいそうになる。
「納得できるやつなんて、いるわけないさ」
二人の同期であり悪友でもあるカラム・ブライアーズ少佐は、冷静に状況を分析していた。
「クソ野郎はマルケス侯爵家の縁者だ。人事部の決定なんて、形だけだ」
カラムはパスカルよりわずかに小柄で、細身ながらも引き締まった体格をしていた。
いかにも切れ者といった容貌で、薄い唇と細い目が特徴だ。柔らかな藁色の髪と穏やかな緑色の瞳が、その鋭さを和らげている。
三人は分野こそ異なるが、士官学校時代を共に過ごした親友だった。
いまや同じ階級で肩を並べる関係にあり、遠慮のない言葉が自然と交わされる。
パスカルはワンショルダーのダッフルバッグを肩に担ぎ、フレミングとカラムの前で立ち止まった。中身は必要最低限の荷物だけで、ほとんど身一つのような移動だ。
「あのクソ貴族が……!」
フレミングは怒りに任せて壁を殴りつけた。
下げた軍刀の鞘が壁に当たり、鈍い音を響かせる。
「物資の横流しだぞ?血税でまかなわれてる物資を横流しして私腹を肥やしていたんだぞ?それを質したお前がなぜ飛ばされるんだ!」
「声が大きい。お前まで目をつけられるぞ」
カラムがフレミングの肩を掴み、声を落とすよう促した。
フレミングは震える拳を握りしめ、低く唸るように言葉を絞り出した。
基地の廊下は人影こそまばらだが、どこで誰が聞いているか分からない。
フレミングの激昂が理に適っているとしても、不用意な発言は軍人として致命傷になりかねない。
「……すまない。だが、この不条理はどうにも許せん」
「わかってる。だがもう決まったことだ。俺はあの星系で資材管理をすることになる。
僻地に飛ばされるなら、ぶん殴っておけばよかったな」
パスカルは淡々と述べたが、言葉の陰には諦めが滲む。
片田舎の星系での資材管理。それは昇進の可能性もほとんどない、事実上の左遷だ。
軍人としてのキャリアをほぼ棒に振るようなものだった。
「物資の不正を暴いて資材管理の部門送りか。あいつらにしては皮肉が効いてるじゃないか」
カラムは無理やり笑みを浮かべたが、瞳には複雑な感情が渦巻いていた。
「あの上官がやったことと、お前がやったこと。どちらが正しいかなんて、誰が見ても明らかだ!」
「正しいだけで飯が食えるなら、誰も苦労はしないさ」
王国宇宙軍は三十を超える艦隊を抱える広大な組織であり、それゆえ腐敗の温床ともなっていた。
「フレミング。この間の仮想軍事演習で、ランキング入りしたそうだな?」
カラムは話題を変えて、フレミングの才能を認める言葉を口にした。
仮想軍事演習は、軍務省が主催する統一テストのようなものである。
現場での演習とは異なり、シミュレーション空間で戦略眼や指揮能力が問われる。
これは、航宙保安省との合同演習で連敗を喫していた軍務省が、その打開策として導入した制度だった。
航宙保安省も巻き込まれているため、上位十名の大半はそちらの所属だが、宇宙軍士官たちの士気向上には一定の成果を上げている。
フレミングは初参加の少佐でありながら、十五位と大健闘したのだ。
「だからもうすぐ中佐になるだろう?同期の中で、お前が出世頭だ」
「……出世頭、か」
現実には彼は少佐であり、彼が指揮するのは駆逐艦か軽巡洋艦程度だ。
「出世したら、パスカルを呼び戻せ。今は息を潜めろ。お前は声が大きすぎる」
カラムがフレミングの背中を叩いた。
フレミングの真っ直ぐすぎる性格と正義感は彼の美徳ではあるが、時に彼を危険な立場に追い込むこともあるとカラムは危惧していた。
「……わかった。必ず俺が呼び戻す。それまで待っていてくれ」
「出世したらちゃんと忘れずに呼んでくれよ。じゃあ、そろそろ行く。
見送りはここまででいい。絶対着いてくるなよ、いろんな意味でな」
パスカルは肩にかけたダッフルバッグを持ち直し、歩き出した。
「パスカル、達者でな」
カラムの言葉にパスカルは軽く手を上げて応え、廊下の角を曲がっていった。
残された二人は、足音が完全に聞こえなくなるまで、黙って見送った。
「カラム、俺は……貴族なんて滅べばいいと思っている」
「奇遇だな、俺もだよ。」
金属の壁がフレミングの拳を冷やし、怒りを静かに沈殿させていく。
それは憎しみに変わって、確かに彼の中に根を下ろしていた。
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