第23話 テウメッサの子狐・7

「自然な流れだね。それからどうするんだい?」


ようやく蹴られた痛みから立ち直ったニールが、身体を起こして尋ねる。


「マクスウェルさんを、モニターの一人として名簿に紛れ込ませます。実際にお渡しするのは、ジェスターですが。これで“モニター謝礼”という名目で報酬も出せますし、苦学生が高価な狐ロボットを所持していても、不自然ではありません」


「いかがです?」と視線を向けるジークリンデの前で、ジェスターは尻尾を勢いよく振っていた。

彼女の紡ぐ言葉は寸分の狂いもなく繋がり、あっという間に未来図が織り上げられていく。


(こんなふうに考える人なんだ……)


思考が追いつかない。

常に何手も先を読み、整合性を取るために環境を調整する思考は、いかにも五家当主らしいものに思われた。


「ありがとうございます!ジェスターと一緒に暮らせるなんて、本当に嬉しいです」


小さな友人と同じ家で暮らせる――それがただ、素直に嬉しかった。

それに、テウメッサ族が目立たず街に溶け込めれば、もっと自由に動けるはずだ。

「隠される」というのはつまり、「隠れなければならない」ということだ。


「ナイジェル! ナイジェル!」


ジェスターが感情を抑えきれず、跳ね回る。

そんな無邪気さを制すように、ジークリンデが扇を鳴らした。


「はしゃいでいるところ悪いけれど、これは国家機密。お分かりですね?

口外した場合、あなたと相手の首をいただきます」


姿勢を崩すことなく、ただ軍刀の柄に人差し指を軽く添えただけ。

けれどその仕草だけで、剣も武術も無縁のナイジェルでさえ悟ってしまった――この人は今、本気で、自分の首を斬る選択肢を持っているのだと。


ジェスターが「ぎゃう!」と吠えた。

怒りと焦りで、発声器官も声帯もひきつっていた。


「ナイジェルは悪くない!」


その言葉に背を押されるようにして、ナイジェルは腹の底に力を込め、背筋を伸ばす。


「……必ず、秘密は守ります」


どんな声が出たのか、自分でも分からなかった。けれど、確かに空気が震えた。

ジークリンデが柄から指を離した。

緊張の糸が解け、部屋に温かな空気が流れた。


「……ジェスター。あなたはまだ子供です」

「おう」

「けれど、少なくともあなたには、テウメッサ族の口伝を受け継ぐだけの力があると、シュレディンガー当主の名において認めましょう」


ジェスターの尾がピンと立った。


「ウィグナー伯爵家での待機中に、口伝を受けられるよう手配しておきます。……まずはムルムルのお説教を受けなさい」

「ムルムルのお説教……」


ジェスターの耳がしおれていく。


「ムルムルが伝えるんですから、仕方ないでしょう?

それとも、口伝を受けるのをやめますか?」

「いやだ! 俺様、ちゃんと受ける!」


尻尾をぴんと張って、ジェスターが大声で叫ぶ。


「じゃあ、お説教は甘んじて受けなさい」

「うん……」


撫でられて少し元気を取り戻したジェスターを横目に、ジークリンデは扇をウィグナー長官に突きつけた。


「ウィグナー伯。ロボット導入の予算案、通してくださいね?」

「む……予算か……一体当たりいくらになる?」

「警察用なら一体五千万カウリほど。あら、ずいぶんお安いじゃありませんか」

「……なかなかの額だな」


ウィグナー長官は苦い顔で腕を組んだ。


「心配なさらずとも、航保の巡洋艦を警察庁に譲渡する案が明日の昼議会で可決されますよ。AI狐ロボなんて、一隻の巡洋艦で何体買えると思ってるんですか。」


ウィグナー長官にジークリンデは扇をぱたぱたと煽ってやる。


「譲渡だと?初耳だが?」


巡洋艦を譲渡してもらえるならば、ネックとなっていた警察庁の予算問題が一気に解決する。

首都星系周りの再編計画も大きく進む。


「お誕生日に教えて差し上げようと思ったんです。そろそろ新型に替えようと思いまして。私物の譲渡なら問題ないでしょう?」


巡洋艦一隻――おおよそ千億カウリ。強化改装を含めば、千五百億。

たった一隻で、それだけかかる。


「とりあえず五隻くらいなら乗組員を揃えられるかしら?一度にお渡ししても、置物になってしまうものね。」


ジークリンデは扇で口元を隠してうっすら笑ったようだった。


「もちろん大丈夫だ、問題ない!」


ここまで整えられた条件を前にして、もはやAIロボットの予算ごとき通せぬようでは、警察庁長官の面目は立たぬ。



順番としては、まずジークリンデの所有する企業『ミナカミ・インダストリー』が、AI狐ペットロボを大々的に宣伝する。

少し遅れて、警察庁が商品モニターの募集を開始。

そして、当選発表から一週間ほど経った頃――ジェスターはナイジェルの家にやってくる。

高性能AIロボットとして登録され、ジェスターは“ふり”をして暮らすことになる。


「ざっと見積もって……二ヶ月ね。ジェスター、いい子で待てるかしら?」

「おう!」


元気よく返事をしたジェスターの尻尾が、ちぎれんばかりに振れている。


「ナイジェルさんと仲良く。いい子で暮らすのよ」


ジークリンデがソファから立ち上がったところで、副官らしき男が応接間の扉を開けた。

どうやら急ぎの案件が入ったようで、すぐに戻るよう促している。


「もう行っちゃうのか、シュレディンガー?」

「草刈りも大変なのよ。いっそ根切りの方が楽かもしれないわ。

じゃあね、ジェスター。また、いずれ」

「おう!」


ジークリンデはウィグナー父子に軽く頷き、背を向けた。


「おい! 待てよ、シュレディンガー!」


ジェスターが叫ぶ。


「ナイジェルのことも、ありがとな!」


ジークリンデは振り返ることなく、閉じた扇を肩越しにひらりと一振りして、部屋を出ていった。

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