第11話 梓視点
今日は2話投稿しています。
藤崎梓視点
春の風が吹くたび、思い出す。
幼かったあの頃、私はいっくんといつも一緒だった。
一緒に帰って、一緒に笑って。
彼は無口だったけど、私の言葉をよく聞いてくれていた。
てんとう虫を指に乗せて見せてくれた日。
私にとっては、あの小さな世界が、全部だった。
私は、きっとあの頃から、彼のことが好きだったんだと思う。
だけど中学に上がるとき、急に「転校」って言われた。
親の都合だった。仕方なかった。
伊吹くんには、ちゃんとお別れも言えなかった。
連絡も途切れて、それきりになった。
たぶん、あのとき私は「時間」を信じなくなったんだと思う。
未来に期待するよりも、「今」何ができるかの方が大事だって。
その矢先だった。
ある日、机の引き出しに入っていた、一冊のノート。
まるで日記みたいな文体。
だけど、そこには「未来」の出来事が書かれていた。
4月7日、教室のドア前で立ち止まる。右手の女子が声をかけてくる。それには笑って答えること。
そう書かれていて、その通りにしたら、
クラスで初めて、友達ができた。
ノートに従えば、失敗しなかった。
ノートに従えば、嫌われなかった。
まるで誰かが、私の未来を最適化してくれてるみたいだった。
私はどんどんノートに頼るようになって、
自分の選択を、自分でしなくなっていった。
でも、それでもよかった。
孤独にならないなら、それでよかったんだ。
そう思っていた。
ある日、そのノートの一番最後のページに、こう書かれていた。
17歳の夏。藤崎梓は、存在を終える。
存在を、終える?
意味がわからなかった。
けれど、何度も読み返すたびに、胸が締めつけられて、
私はようやく気づいた。
これは「未来の正史」なんだって。
そしてその未来では、私はもういない。
ページを破っても、ノートを焼いても、次の朝にはノートは元通り。
それだけは、変わらなかった。
それが、何よりも恐ろしかった。
未来は決まっていて、私の意思では壊せない。
その感覚が、絶望よりも冷たかった。
それからだった。
夢に見た。
何度も、何度も伊吹くんと、違う形で出会う夢を。
私は何度も彼と再会して、
そして必ず、彼の隣からいなくなっていた。
ある夢では、車道に飛び出した私を彼が抱きしめていた。
血の気が引いていく身体の中で、心電図の音だけが響いていた。
別の夢では、彼の腕の中で息をするのも苦しくなっていって、
最後に見たのは、涙でにじんだ彼の顔だった。
事故。病気。記憶の欠落。
どの未来でも、私は「正史」から消えていく。
私は、そういう存在なんだ。
いなくなることが、この世界の正しさ。
それが「選ばれた未来」なんだと、思い込もうとした。
でも。
あの日、再会してしまった。
「藤崎……梓? だよな? 久しぶり」
彼は笑っていた。
まるで幼かった、あの頃の続きのように。
放課後、並んで帰って。
映画を観に行って。
シャツの裾を掴んでしまったあの瞬間。
ふとした優しさに、ドキドキしてしまう自分がいて。
気づけば、ノートにない未来を、
私は望むようになっていた。
でもそれは、選んではいけない道。
だって私が消えなければ、世界が壊れてしまう。
それでも
あの告白が、本当は嬉しかった。
「一緒に歩いていきたい」って言われた瞬間、
本当は、抱きしめられたくてたまらなかった。
あの声に、応えたくて仕方なかった。
だけど私は、選べなかった。
「私が幸せになること」が、誰かの未来を壊すかもしれないから。
私はそれが怖くて、怖くて
だから「ごめん」って、嘘をついた。
いっくん、ごめんね。
最新話まで読んで戴きありがとうございました。
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