茄子とトマトのパスタと若鶏のマレンゴ風味
「作れるなんらかの材料はあるんだよね、苺さん、今日は本来は外国人の料理人の方がくる予定だったんだろう?」
一緒に説明を聞いていた鳴海は苺に問いかけると、青木が会話の間に入ってくる。
「あるある、材料はあるんだよ」
「は、はい」
そこまで聞いてから、鳴海は退屈そうに待つ二人に流暢な英語で話しかける。
「お待たせしました。こちらのお嬢さんがお二人の料理をお作り致しますのでどうぞ中でお待ちください」
そこで目を見開いて驚愕の表情を浮かべたのは青木と苺だった。明らかに鳴海は英語を喋った。そのことが如何にこの時代に於いて異常であるのか鳴海も分かっていた。なぜならこの時代、伊藤博文が英語力を買われて総理になったという経緯があるからだ。しかし怪しまれても行動に移すしかなかった。
「え、英語……確かに君は今英語を喋ったよね……」
「鳴海さん……まさか……英語を……」
鳴海は着物の襟を触ると、深く深くウルドとマーガレットに頭を下げた。対してマーガレットは気さくな様子で言葉を交わしてきた。
「あなたも英語を喋れるの、驚きましたわ」
「本当だね、青木だけかと思っていましたよ」
微かな笑みを浮かべつつも内心では驚いているウルド。そんな二人に鳴海は微笑みながら言葉を返した。
「ちょっと習っていたことがありまして」
(どこでだ、どこで覚えたんだ……外国に渡るか、それとも外国人に教えてもらわない限り、ありえないんだ……この男何者なんだ、そもそも記憶喪失ではないのか?……)
青木は三人の会話を聞いて何度か頭を振った。凄い武道家であることは良介から聞いていたが、こんな博識な男とは聞いてなどいない。
秋風がふわりと吹き、服がゆらりと揺らぐ。
「季節ももう十月です。いつまでも、外では寒いでしょうし、お疲れも取れないでしょう。どうぞ中へ入ってお休みください」
鳴海は歴戦の修羅場をくぐってきた政治家のような接待を始める。マーガレットは満足そうな表情をして鳴海へ言葉を掛ける。
「まずは、お水ですわ、ウルド様も、喉が渇いていらっしゃいましたわよね?」
「まあ、そうですね。喉が渇いて仕方がありませんね」
「分かりました」
鳴海はそう言うと使用人と瑠衣に通訳した内容を元に指示を出していく。
「まずはお二人を客間へお通しください。お水が飲みたくて仕方がないようですので、料理の前に水を汲んでもってきます」
「は、はい」
「りょ、了解しました」
鳴海のてきぱきとした指示に、ここにいる全員が面を食らうようになった。事の流れを傍観していた青木だが鳴海の言葉を聞いて行動に移す。
「と、とりあえず、中へ入ってお休みください。お水などをお出しいたしますので、あ、それとも紅茶の方が宜しかったですかね」
「いえ、紅茶は後でいいですわ」
「私もです」
かなり遠い距離を歩いてきた二人にとって熱々の紅茶を今出されるのは地獄以外の何物でもない。
「あ、ところですみません、私は生まれに食事の決まりごとがありまして」
鳴海に向かってウルドは自分の食事事情を伝える。
「はい、どのような物が食べられませんか?」
鳴海はこういう席に何度も立ち会ったことがある猛者なので、聞き逃しがないように聞いていく。
「乳製品と肉を同時に食べられないんです」
「念の為にお聞きしますが、魚と乳製品は?」
「それはいいです。牛肉と豚肉そして鶏肉、獣肉の全てが駄目でして、食後のミルクも駄目なんです」
「卵はどうなんでしょう?」
「あ、それは乳製品ではないのでOKです」
「アルコールや鱗のない魚は?」
「それもOKです」
「承知いたしました。それに合わせた献立にします。えーと」
(宗教か生まれの土地の問題かな。海外は色々決まりがあるところもあるしな)
そこで二人の名前が分からず、鳴海は少し考える風にしていると二人は名前を告げてきた。
「マーガレット・ル・ラフェイユと言いますわ」
「私はウルド・イルベルトと申します」
二人の名前を聞いた鳴海は再度深く頭を下げた。
「鳴海景太郎です、よろしくお願いします。ラフェイユ様。イルベルト様、お出しするのに時間が掛かっても宜しいでしょうか。前準備がしっかりとできていないものでして」
鳴海の言葉にマーガレットは顎に指を置き、ウルドへ問いかける。
「どうしますか? ウルド様。お時間が掛かるようなお話ですが」
「それは一からだと時間が掛かるだろうね。そんなことは承知しているのでいいですよ」
「ありがとうございます」
お礼を述べた鳴海にマーガレットとウルドは気さくな様子で言ってきた。
「私はマーガレットでいいですわ」
「僕はウルドで、というか父もイルベルトなので、何人もイルベルトはいらないでしょう、ははっ」
「了解しました。マーガレット様とウルド様で」
鳴海は青木の方へ向き直り、だそうですとだけ告げる。
「た、助かるが、き、君は一体何者なんだ……」
「今はいいじゃないですか、まずは目の前の問題を解決しましょう」
「そ、そうだな」
「それじゃ苺君、行こう」
苺さんから苺君へと名前が変わっているのは鳴海が既にシェフモードに入っているからである。
「わ、私は作れません……」
「任せてください。俺を信じてください。絶対に悪い風にはしませんので。良介さんの許可を取らないといけないという約束を破ることになりますが」
鳴海は真剣な表情を苺へ向ける。そんな鳴海の頼れるような瞳を見て苺は、ダメ元で賭けてみたくなった。
「わ、分かりました」
「台所へ案内してください」
「は、はい」
苺は鳴海を連れ立って屋敷の庭先の方へと歩き出す。暫く庭先を歩くと、隠れた道があり、そこへ苺は向かっていく。砂利が草履に擦れてジャリッと音がする。
隠れた道へ入ると、煤けた色の木製作りの建物があった。壁の側面からは煙突らしきものが出ている。緑に隠れていて、この庭にこんな建物があることは鳴海は知らなかった。
「ここから洋食の香りがする」
「ここで作っていますから。と、ところで鳴海さん、こ、これからどうする気なんですか」
「もちろん、俺が料理を作ります。約束を破るようで申し訳ないが、俺は良介さんが嫌な目に遭うのだけは避けたい」
「……」
「その嫌な波は、苺君や瑠衣さんにも来るからね」
「……」
鳴海の言葉に苺は黙る。苺はその瞳を見やると鳴海は微笑みながらこう言ってきた。
「とりあえず、今回は俺を信頼して貰えないかな」
「……は、はい」
鳴海はぽんと手を苺の頭にやると、微笑みを浮かべた。なぜか苺は今の鳴海を逞しく感じて任せたい衝動に駆られた。だからこそ、はいと頷いた訳だが。
鳴海は建物のドアに手を掛けると開く。開けると扉からぎしぎしと木製が擦れる音がして心地よかった。まず玄関先に現れたのは内履きである。靴置きの中には清潔に手入れをされた内履きが置かれていた。
「なるほど……」
「そこで内履きと外履きを変えるんです」
鳴海は外履きを脱ぎ、内履きへと変える。下駄に似た内履きだった。苺も慣れた動作で内履きに履き替える。
鳴海が中を見やると、黒光りをしているストーブやオーブンなどがあった。外に出ている煙突はこの調理器具の物なのだろう。
それを見て鳴海は、友達に薪で火を起こすタイプのストーブを持っている奴がいたので、火の起こし方は知っていた。
「着火剤はないから、あれでいくか」
現代のように分厚い新聞などが無くても紙と焚きつけ、そして薪などがあればなんとかなる。
「マッチはある?」
「あ、そこにあります」
苺は右側の壁に並んでいる棚の上部を指さした。茶色の食器棚であり、そんな棚は左右を合わせると三つであった。苺は中央の棚の上部を指さしていた。
「うむ」
鳴海が室内を眺めると三十センチから四十センチほどの薪があった。小さく薄い木、通称焚きつけもあり、これなら直ぐに行動に移れると鳴海は計算をする。
「紙とかあります? 木片とかは?」
「それならあそこに」
部屋の隅を指さし、苺はてきぱきとした様子で場所を教えていく。
「材料はどこかな?」
「今日業者さんが持ってくる予定だったので、あ、あそこにあります!」
外国人の料理人が本来は今日来る予定だったので、来るとばかり思っていた使用人は材料を受け取り暗所に保存をしていた。
鳴海はとりあえず、ストーブの中を調べると既に灰があった。更に燃料である薪を確認する。薪がないとお話にならないので鳴海は安堵の息を漏らす。どうやら誰かが用意をしてくれていたようだ。それらを確認すると、手をぽんと叩き薪や焚きつけ、そして紙やマッチなどを室内で集めていく。
「さてと」
ストーブとオーブンのふたの中に最初に木片や紙を包んだ物を入れ、マッチで火をつけて燃やす。最初は赤く弱い火であったが、火は徐々に大きくなる。苺は鳴海に防火用の手袋を渡すと、手際の良い動作でそれを填める。
「サンキューです」
「いえいえです」
鳴海は苺にお礼を言っている間も、火がどんどん大きくなる。頃合いを見計らって、ストーブやオーブンの蓋を開け、そこへ徐々に薪を追加して燃やしていく。久しぶりの厨房の熱気を味わう鳴海。その感触が非常に心地よかった。
「さて……三十分ぐらいかかるか……」
その間にやることは山のようにあった。水が入っている大きな水入れを鳴海は見やる。今朝方に鳴海が汲んだ水が入っていて、それが新鮮なのは分かっていた。手早く棚の中から西洋風のコップを取り出すと、その水入れから三人分の水を注いだ。
「よし、まずは水だ」
「は、はい」
鳴海から渡された水入れとコップをお盆に載せ、苺は青木達の所へ運んでいく。流れるようなスピードで仕事をこなしていく鳴海。
その間に鳴海は材料を見に行く。暗所に置いてある大きな紙袋に入った材料を見て嬉しさのあまり、にっと笑みが浮かび口元が綻んだ。
「おお、これは、素晴らしい。これが俺に料理される材料達か」
外からドンという空砲が鳴り、お昼を告げていた。最初はこの音に驚いた鳴海だが、この音を頼りに、街の人や労働者は昼ご飯の時間などを判断しているらしい。
「えーと、なすやじゃがいも、トマト、香草のたぐい。おお、これは若鶏かな、ブロイラーがいなかかったから高価だったらしいが、遠慮無くこれも使わさせてもらおう。それと牛肉、もったいないから後でなにか作ろうかこれで。それと、えーとマッシュルーム、チーズやバター、香辛料とか色々あるな……うん? 卵とこれは……」
粉っぽいのが二つあった。鳴海はその白砂のような物の質感を確かめる。
「薄力粉に強力粉なのだなこれは……パスタでも作る予定だったのかな?」
色々実験をしたいタイプの方なのかなと鳴海は考えていると閃いた。
「あんまりお待たせする訳にいかないし、あれでいくか」
作る品目は二種類に決めた。壁際を見ると、料理人の仕事道具であるフライパンや包丁、鍋などの調理器具などが置いてあった。鍋やフライパン、そして材料などを台所のテーブルへ載せていく。
「えーと、鍋、鍋、フライパン、フライパンと。包丁の匂いを嗅いで点検してと」
鍋やフライパン、そして包丁をテーブルから取り出すと鳴海は次々に匂いを嗅いだ。
「うん、乳製品の匂いは僅かながらも残ってはいないな」
安心した鳴海はその鍋の中へたっぷりと水を入れていく。水を張った二つの鍋をストーブに掛け熱していく。
「トマトと」
鳴海はまな板を取り出し、状態を見てにおいを嗅ぐ。
「うん、綺麗だな」
しっかりと洗っていることが分かり安心をするが、念の為に鳴海は再度まな板を洗った。まな板の上にかなり多くの数のトマトを載せるとトマトを水で洗ってから上部に十字の切れ目を入れる。
サクサクと切れるトマト。赤のボディーから汁が浮かぶ。鍋の中の水が沸騰していくのを見やるとその中へトマトを入れていく。
「とりあえず、水煮を作らないとな」
ぐつぐつと湯気を立てている鍋の中でトマトが踊り始める。暫く煮ると皮が剥けてくる。鳴海はトマトをトングで取り出し、水で冷やした後にまな板の上へ載せると皮を剥き、へたを取って種も取り除くと次々にトマトを包丁で細かくコンカッセにしていく。コンカッセにすると美しいルビーのような潤沢で華麗なエキスが浮かんだ。
「さてと、皮を剥いた後は」
湯気を浮かべて皮が剥かれたトマトを深皿の上へ移す。鳴海は強力粉と薄力粉を取り出すと、真ん中にあるテーブルへ載せた。
卵を取り出し、殻を割って中身を取り出したボールの中へ落としていく。
「オリーブオイルは」
棚の上にオリーブオイルが置いてあるのを見てそれを取り出し、卵の中へふんだんにオリーブオイルを入れる。箸で黄金の卵液になるようにとろみがつくまで箸でしっかりとかき混ぜる。その次に別のボールを取り出すと強力粉と薄力粉を入れて混ぜた後に、その上へ黄金のとろりとした卵液を入れる。
「手で真剣にまぜて、ふんふん!」
生地になるように手で真剣に混ぜ合わせて、しっかりと混ざったことを確認すると、ボールの中からパスタの生地を取りだして、しっかりと捏ねていく。
「ふんふん」
大変な労力を必要とするのはこの場面だった。しっかりと生地になるように捏ね、鳴海のお眼鏡に叶った生地になると少し寝かせる。寝かせている間に若鶏を胸肉ともも肉に捌いていく。
「よしと、マッシュルームを刻んで、にんにくを刻んでいくと」
にんにくの皮を剥き、芯を取りスライスにしていくと鮮烈な香りがした。そんなにんにくをマッシュルームとは別皿に取り分ける。寝かしたパスタ生地をパスタにする為に棒で伸ばしていくことにする。
「戻りましたー、なにかとお話に時間を取られてしまいまして」
「おかえりー、ふんふん」
「な、なにをしていらっしゃるんですか……?」
鳴海の不可思議な調理シーンを見て苺はあんぐりと口を開けた。
「まあ、見ていてください。ふんふん」
どんどん薄くなっていくパスタ生地。ある程度の薄さになると黄金色が加えられたシルクを想像させる生地がお目見えする。オリーブの香りがふんだんにする良い生地の香りだった。それを重ねるようにして纏めて、包丁で麺になるように切っていく。
「よしと、こんなもんか」
三つのフライパンを用意し、その内の一つをストーブに乗せた。
「さてと、次は……」
ストーブに乗せたフライパンの中へ先ほど作ったトマトの水煮を加えて煮詰めていく。じゅわあああああああああっという小気味の良い音が流れ、熱せられるトマトの水煮。
トマトの水煮を木べらで潰しながらペースト状にしていく。暫く炒めると、トマトがとろーりと溶けてもったりとした感じになってきた。フライパンを何度か振り、よく煮込んで平成の市販品のようなホールトマト缶のトマトを潰したぐらいにしていく。この後、煮込んでいくのでこれぐらいの状態が丁度よかった。
「事前に知っていれば手早く水煮なんかも作り置きできたんだけれども、手際が悪くなったけど、なんとか良い状態になってよかった」
「でも、綺麗な色です。トマトだけでも美味しそうです」
「まあ、おいしいけど、これからもっと美味しくなるからね」
苺と会話をしながら一連の工程を終えると、フライパンを火から下ろし、残りの二つのフライパンを取り出してオリーブオイルを注いでいく。オリーブオイルが熱せられると、地中海を思い浮かばせる豊かな香りとゆらゆらとしている湯気がじんわりと厨房へ広がった。その香りを嗅いだ苺の表情が綻んだ。
「なんか、いい香りです。うふふ」
「でしょう、ふふっ」
一つのフライパンにはバターを入れる。もう一つのフライパンにはオリーブだけだ。乳白色のバターがふつふつと気泡を浮かべ湯気を上げるオリーブの中へ溶けていく。じんわりと気泡を浮かんでは沈み、混ざっていく様だけで苺は食欲を覚えた。
「さてと、箸は厳重に二つにしないとな……」
バターが溶けたところで、にんにくとパセリを加えていく。パチパチとした音を立てて鮮烈な香りを浮かべながら炒められるにんにくと爽やかな香りを浮かべるパセリ。よくオリーブオイルに香りが移ったところで飴色になったにんにくを取り出す。
更にバターありとバター無しのフライパンの中へさいの目切りにした茄子を投入していく。
ある程度しんなりとした感じになるまで炒められ、きつね色になった茄子。表面は食欲をそそる飴色へと変化していた。そんな二つのフライパンに先ほど作ったペースト状のトマトを加えてからひとつまみの砂糖を入れてどんどん熱していく
時折フライパンを激しく揺らしながらトマトを宙に浮かせるようにして焦げ付かせないようにしていく。それでもストーブの温度は高い。だから極力フライパンをストーブの端に置いておく。
「火なしこんろというわけにもいかないけど、温まった鍋やフライパンに毛布を被せておくことも考えないといけないな……」
ソーストマト状になってきたトマトを見た後に塩と黒胡椒で味を調えていく。鳴海はふつふつと沸いた鍋を見やると即座に行動に移る。
「さてと。パスタを投入と」
深い鍋の中へ塩を加え、その中へパスタを投入していく。ここから五分が勝負だ。ことことと具材を煮ていくフライパンと深鍋。
フライパンに鍋から引き上げたパスタを入れ、パスタとソーストマトを絡ませるようにして素早くかき混ぜていく。そこからが超人的な動きであった、バターの香りがついた菜箸、全くついていない菜箸を使い分け二つのフライパンを素早く踊らせるようにして浮かして振りながら中の茄子とソーストマト、そしてパスタをよく絡ませていく。激しい音と気泡を浮かばせて、蒸気を上げるソーストマト。そんな鳴海の動きを見て苺は感慨の声を上げた。
「うわあああ、凄いです鳴海様。まるで手品みたい」
「ははっ」
少し笑みを浮かべた鳴海はパスタの味を確かめる為に、フライパンからパスタを一本取り食べる。
「少々塩気が多いか」
パスタを茹でていた深鍋の中からレードルでお湯を取り出すと濃度の調整と塩気を緩和させる為に二つのフライパンへお湯を加える。勘でしっかりと具材が絡まったことを確認すると一つのバター入りのフライパンの中だけにチーズを入れてしっかりと、余熱だけで溶かして絡ませていく。ここで激しくフライパンを動かし、菜箸を駆使してしっかりと絡ませていく。
少し宙を舞い、フライパンに戻っていくパスタ。ソーストマトとチーズが絡むことによって乳白色の入り交じった柔和でもったりとするパスタソースと、そうなっていないオリーブ風味のパスタがあった。ウルドの分はトマトとオリーブだけなので赤の生命を感じさせる色彩でとろみがついていた。
「よいしょっと。苺君、ごめん、大皿三つとって」
「は、はい」
苺はてきぱきと動き、大皿を三つ用意をする。鳴海はそこにパスタを持って行くと旨そうにしながら菜箸でくるくると巻いて盛りつけていく。見栄えが良いようにパスタを盛ると深い湯気とトマトの甘み、そして酸味などのきめ細かい香りが入り交じったなんとも言わせない素晴らしい香りがした。そのパスタに旨味の随である茄子を盛りつけ、ソースをしっかりと木べらでこそげ落とすようにしてパスタに加えていく。
「はううう……こ、こんな料理みたことないです。でも美味しそうです……じゅる」
そこでいけないと言いながら苺は正気を保つ。そんな苺を見た後に鳴海は指示を出す。
「休む間もなく申し訳ないけど、この三つの皿にフォークを添えて運んで。あーごめん、ちょっといいかな」
「は、はい」
食事を運ぼうとする苺を鳴海は引き留めた。鳴海は苺の方へ振り返りながら注意点を述べた。
「今からいうことは必ず守って、この二つの皿は青木様とマーガレット様、そしてこのパスタの皿はウルド様に、絶対に間違わないでね。間違えると大変なことになるから。バターとチーズは抜いてあると伝えて欲しい。青木さんに言えば通訳してくれるから」
「は、はい。バターとチーズ抜きですね」
「うん。料理名は茄子とトマトのパスタだよ」
「了解です、茄子ととまとのぱすた……で、このお皿はウルド様のお皿ですね」
鳴海は更に休む暇もなく動く。先ほど切った若鶏にまんべんなく塩とこしょうを振る。じっくりとした様子で湯気と気泡を上げるオリーブオイルの中へ、にんにくを入れて炒めていく。パチパチとした音を上げて焼かれていくにんにく。これは香り付けの為であるので軽い飴色の状態で直ぐに取り出した。骨付きのジューシーな部位と胸肉をフライパンへ入れると、皮目を下にして色づけと脂分を落とす為に焼いていく。更にその中へ純白なマッシュルームを加える。
じゅわあああああああ、しゅわああああという小気味の良い音を立てて焼かれていく若鶏。 オリーブオイルで若鶏の両面を焼くと皮は少し縮み、そして皮と身にはこんがりときつね色の焼き色がついた。じっくり炒めることによって内包されている肉汁と脂がじんわりと気泡を浮かべながら浮き出てきて、その香りは香ばしくもあり気品高くて愉悦さえ感じさせるほどだった。
「こんなもんかな……さてと、とりあえずフランベ」
そのフライパンの中へ肉の臭みと柔らかさを引き出す為に赤ワインを加えてフランベをしていく。マッチで火をつけると炎が浮かぶ。火が消えると余計な赤ワインを取り除く為にフライパンの中へ布などを押し当て、赤ワインを吸い取る。
フランベをしたフライパンの中の中の若鶏を取り出して、オーブン皿へ入れると細かく切ったトマトの水煮を皿の中で均等になるように加え、赤い炎を上げるオーブンの中に入れて若鶏とトマトをじっくり焼いていく。
「ここから十五分程か」
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