第四章(4)
「夜凪さんと一緒に帰るの、なんか新鮮です」
「……まあ、普段は勤務する時間帯が違うからな」
昼の殺人的な熱気が嘘のように、夜になると涼しくなった。すっかり人気の少なくなった繁華街を、夜凪さんとぶらぶら歩く。
夜凪さんは手にコンビニの袋を持っている。昼間買った『パンツァーメタル』のレアカラーだ。鞄にしまえばいいものを、わざわざ手にぶら下げているあたり、新しいおもちゃを買ってもらって喜ぶ子供のようでかわいい。
「しかし、本当に良かったのか」
「レアカラーですか?」
「ああ。その……お前も集めているんだろう、これ」
「まあ、集めてはいますけど……。夜凪さんのコレクションの方が多いじゃないですが」
「コレクションの数でオタクとしての愛の深さが決まるわけじゃないだろう」
……名言だ。ちなみにこれは、今晩夜凪さんが思う存分遊び倒すらしい。
「じゃあ、興味深いお話のお礼、ということで」
「あれは、さっきいった通りコーヒーの礼だ。……しかし参ったな、そうなると私は小鳥遊にあげられそうなものがない」
考え込んでいる。それならと、僕は訊ねた。
「夜凪さん。僕が出来ることって、なんだと思いますか?」
「なんだ。まだ自分のことを、役に立たないと思っているのか」
僕の肩をぽん、と叩いて夜凪さんは笑ってくれた。
「お前、まだ入社して三か月だろう。そんなすぐいっちょ前に戦力になられたら、私の立場がない」
「……それは、そうかもですけど」
「……それでも出来ることがあるとすれば……そうだな。朝霧を支えてやってくれ」
気が付けば駅まで来ていた。神辺にはいくつかの路線が同じ駅に乗り入れていて、夜凪さんが「私はこっちだから」という。
「すまんな、今日は付き合わせて」
「いえ。好きで残っていたのは僕ですから。それに、僕は夜凪さんとたくさん話せましたし、一緒に帰ることもできてラッキーでした。ありがとうございます」
そういうと、夜凪さんはくすくすと笑う。
「……なにか、おかしいこと言いました?」
「いや。以前お前に話した『武器』の話。ちゃんと自覚しているじゃないか、と思って」
朝霧にも言われたかもしれないが……。そう言って、夜凪さんは考えるような素振りをする。スマホを取り出し、画面を見ながら、彼女は言葉を続けた。
「『あの時、空中ブランコで酔っていなければ、こんな出会いもなかったと思います。体調を悪くしてしまいましたが、こんな偶然の出会いがあるなら、すべて良しですね!』……か。この文章は、お前のいいところが出ていたと思う。自分の身に降りかかったネガティブな出来事を、ポジティブに変換する力。それは小鳥遊の武器だ」
思いもかけずとてつもなく褒められてしまい、言葉が出てこない。
「役に立たないなんていうな。小鳥遊には、小鳥遊にしかできないことがある。小鳥遊だけの武器で、会社を……お前の先輩のことを、支えてやってくれ」
じゃあ、また明日。言うだけ言うと、買い物袋を持った小さな後ろ姿が、改札の向こうへと消えていく。
僕はその背中に、小さく一礼。
ふぅ、と一人で息を吐いて、自分の方面の改札へと向かう。
『お前の先輩のことを、支えてやってくれ』
……出来るだろうか。僕に。
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