第三章(7)
渡会花ばたけを出た僕らは、それから夕刻まで、いくつかの観光名所を巡った。
『小鳥遊くんなりの視線で、小鳥遊くんにしか見えない景色を書きとめてほしい』
朝霧さんの言葉がずっと頭に残っている。
今でも朝霧さんの足を引っ張るまい、という気持ちは変わらないし、僕になにができるのだろう、という自分に対する問いも変わらない。だけど、朝霧さんが『僕にしか見えない景色』があるというのなら、それを見つけるために頑張ろう。そう、思えた。
だけどそれは、取材の先々で全神経を使う。おかげで。
「いやあ、小鳥遊くん、ずいぶん眠そうだねぇ」
「……はい、疲れました」
素直にいうのもどうかと思うが、誤魔化してもすぐにバレそうだったので、正直に伝える。
「まあ、仕事熱心なのは上司として嬉しいから、いいけど。無理しないようにね」
「いえ、そんな……。むしろ朝霧さんこそ、ずっと運転させてしまってすみません。疲れたら代わるので、いつでも言ってください」
車は今、ホテル渡会に向かっている。現在時刻は十六時。朝の八時に合流して以降、ずっとステアリングを握っているのは朝霧さんだ。取材もあるからぶっ続けではないにせよ、もう四時間くらいは運転しているんじゃないだろうか。
「いやいや。取材に行く時は車が基本だし、慣れてるから大丈夫」
「あ、そうなんですか」
「うん。電車は……短い距離だと大丈夫なんだけど、長い距離だと、ちょっとね」
「酔うからとか、ですか?」
「ふふふ。まあ、そういう事にしておいて。……お」
朝霧さんが前方を見て声を上げる。なんだろうと思って視線の方を見ると、小さな鳥居が見えた。
「小鳥遊くん、ちょっとだけ、寄り道いいかな」
「あ、はい」
ぱっと見た感じ、駐車場と呼べるものはなさそうだ。邪魔にならないように、鳥居の横手に車は止まる。
元々赤かったであろう鳥居はくすんでしまっていて、境内に続く道も野放図に生えた草木でどこか鬱蒼としている。
「有名な場所なんですか?」
「ううん。そんなことは無いけれど」
車の外に出て、まるでなにかに呼ばれたように境内に足を進める朝霧さんは、後ろをついていく僕にいった。
「取材の時の、決まりみたいなものなんだよね」
木々のざわめきが耳に心地よい。入り口近くは海風の匂いがしたけど、少し中に足を踏み入れると、濃厚な草木の香りが僕の肺を埋め尽くす。それは、『生』の香りだった。
「……古いわね」
「古いというか、ボロボロですね」
入る前からある程度は想定していたが、実際に中に入ってみるとほとんど廃墟同然だった。手水舎の屋根は崩れ、水は枯れてしまっている。参道の石畳もボロボロで、その先に続く小さな本殿も傍から見たら朽ち果てているようにしか見えなかった。
そんな道を、朝霧さんと並んで歩く。なにか肌が粟立つような感覚がして、もしかしたらここには神様が本当にいるのかもしれないな、なんてふと思った。
二礼二拍手一礼。
二人で揃って賽銭を投げて、頭を下げる。なにを願ったらいいかわからずに、とりあえず『東西旅行の面々が元気に過ごせますように』と心の中で唱えた。
僕たちが頭を上げるのも同時だった。最後に一礼をして、本殿を後にする。
「先輩がね」
ぽつりと朝霧さんが呟く。
「取材先で神社を見かけると、お祈りするのがクセだったんだ。そのクセが移っちゃったみたいで、神社を見かけるとつい寄っちゃうんだよね」
「……いい、クセですね」
なんとなくそう思ったので、そう伝える。朝霧さんは視線を空に飛ばすと、「そうだね」とだけ言った。
それ以上は会話もなく、車に乗り込む。
「さ、今度こそホテルに行こうか」
なんとなくふわっとした不思議な気持ちのまま、車は発進する。
右手には、そろそろと暮れ始める夕陽と、黄金色に光る海原が見えた。
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