白百合の勇者
unknown K
白百合の勇者
悴む手をそのままに霜柱を踏みしめる。いつもの道を抜けた先には、君の墓標が立っていた。いつもと変わらない光景。だが、その景色が私を少し失望させるのを感じた。
私は腰掛けて物思いに耽る。君が居なくなってから、一体何年が過ぎたのだろうか。私は途中で数えるのをやめてしまった。幸い吸血鬼である私は人族と比べて多めの寿命が与えられている。しかし100年はやはり長い。それでも100年経って君に会えるのなら、私は何年でもここに通うだろう。そういえば、今日は君の夢を見た。懐かしい夢だった。私はふと君との出会いを思い返した。
……
今でも鮮明に覚えている。君と出会ったのは、白百合の咲き乱れる丘の上だった。同族たちが無惨にも君の手によって殺され、白百合を血で赤く染めていたと言うのに、月光を背にこちらに聖剣を向け、冷たい眼差しで私を見据えた君の姿は卑怯なくらい美しかった。
君は昼の一族の中で"勇者"と言われる少女だった。私はその時初めて"勇者"と言う者が、吸血鬼を含む夜の一族の長、"魔王"を殺す運命を背負った人族である事を知った。
「最期に言い残す言葉はある?」
君はそう問いかけた。酷く冷たい声だった。私は肩をすくめて夜空を眺めた。もう私の命が終わるというのに恐怖は無かった。ただ、次に発するのが最期の言葉になるのなら小洒落た事を言ってみたいものだ。丁度満月が美しく輝いた夜だった。
「月が綺麗ですね」
そう返しても、君は私を殺さなかった。全く抵抗せずに、ただ夜空を眺めた者は初めてだと、気が抜けたように君は笑った。先ほどまでの冷徹な表情と違い、君の笑顔はまだ幼さの抜けないあどけない物だった。そしてその表情こそが、本来の彼女の表情なのだろうなとうっすらと理解した。
「私は魔王を殺す」
君はきっぱりとそう言った。その声からは彼女の決意と覚悟が感じられた。
「殺したいなら殺せば良い」
私はそう返した。会ったことのない魔王の生死など正直どうでも良かった。
「やっぱり君は変わっているよ」
君はまたクスッと笑った。君にとって仲間や魔王、自分の生死、何よりも"勇者"の存在にここまで無頓着な夜の一族は初めてだったそうだ。
なぜ君が笑うのか私にはわからなかった。だが、君の純白の髪、湖のように透き通った青い目、そして無邪気な笑み。その全てが私の心を乱したことはわかった。
「ねぇ、私の仲間にならない?」
君は私にそう提案した。思いがけない質問だった。君が言うには、夜の一族が住まうこのレヴァイア大陸には土地勘が無く、魔王城までの道がわからない。なので丁度道案内役が欲しかったそうだ。
私はコクリと頷いた。恨みや復讐心は全く湧いてこなかった。仕方ないだろう。彼女もそうせねばならない理由があったのだから。
「じゃぁ、決まりだね。一緒に魔王を倒そう」
私は君が差し伸べてきた手を握った。その時から私と君との長い旅路が始まった。
……
ある日、私は君にこう質問した。なぜ君は魔王を倒すのかと。君は跳躍し、目の前の魔物を切り裂きながら言った。
「えっと……難しいなぁ。私の役目、だからかな。勇者は世界に定められた"勇者の因果"を背負って人々の為に戦わなきゃいけないの」
君は涼しげにそう答えた。でも出会ってから1年経っていた私は君の癖を見抜いていた。君は、隠し事をしている時は左手で右手の甲に触れる。でも、今君が何を隠しているのか私には見当もつかなかった。
「そういう君は? どうして私の旅についていってくれたの?」
君の質問に私は躊躇してしまった。特に理由はなかったからだ。私は普段惰性で動く。自分でも自分の行動理由がわからない。
「わからない」
「そっか」
君は感情の読み取れない表情で短くそう返した。君が何を思っているのか、やはり私にはわからなかった。
……
ある日、私は啜り泣く声を聞いた。魔王城付近、オーガの国を君と滅ぼした頃だった。吸血鬼に睡眠は要らないので、私はいつも君の隣で寝ずの番をしていた。いつもなら少しうるさい寝息が聞こえてくる頃だというのに、その日の君はまだ起きているようだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
震えるように、罪悪感を滲ませて発する言葉が君の物だと気づくのに暫しの時間がかかった。それくらい、普段の君からは考えられない言葉だった。もう3年間を君と共にしていたのにも関わらず、私は前向きで明るい"勇者"である君が抱えていた闇に気づくことができなかった。
「私が、みんなをいっぱい、殺して……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
私は何をすれば良いのかわからなかった。ただ、君の孤独を、君の罪悪感を少しでも減らしたいと思った。私は衝動的に君の手を握った。
「……ありがとう」
君の手は想像以上に冷たかった。私は気の利いた言葉をかけられない。代わりに夜が更けるまでずっと君の手を握り続けた。
次の日の朝、君は私に短く謝った。なぜ君が私に謝るのかがわからなかった。君は怪訝そうな顔をする私にこう続けた。
「私が君の故郷を奪ったのに、殺したい程憎んでいるはずなのに、私は強制的に君をここまで連れてきたよね」
私はその時とても戸惑ったのを覚えている。そんな感情、私には微塵も無いからだ。
「あの日、王城で勇者のお告げを受けた時から、私は今まで自分の心に蓋をして、ずっと"夜の一族"を殺してきた。そうしたら、王国の人たちもパパもママもみんな喜んでくれる、私のやっている事は正義で、私は人類を救う"勇者"なんだって。でも、もう限界なの。敵にも大切な家族と仲間がいる。それなのに、私はずっとその大切な人達を奪い続けてきた。悲しみの連鎖に陥れてきた。そんなの勇者でも何でも無い! ただの殺戮者だよ……」
そこには"勇者"としての使命と一人の人間としての"正義"に挟まれた、いたいけな少女の姿があった。きっと感情が溢れるのにきっかけはいらない。日に日に心に溜まっていき、器に注がれた水のようにある日突然溢れ出るのだ。君の言葉を否定しようとした私を遮るかのように、君は口を開いた。
「ねぇ、どうしてあの日、私が君を仲間にしたか知ってる? あの時、私は君に赦された気がしたからなんだよ。実際、君と回る旅は殺戮者には似合わないほど凄く楽しかった。一緒に釣りをした時も、迷宮で冒険した時も。でも、そんな君との日々を言い訳にして私は現実から逃げてきた。私は赦されるべきじゃない。だから、君が私を裁いてほしい。今まで沢山の命を奪ってきた、この私を」
そう言い切り、君は観念したかのように両手を開き目を瞑った。正直、混乱した。ただ君がそう言うのならば、私のやることは一つだ。
「どうして……」
君の目から涙が溢れ出す。私は君を強く抱きしめた。
「君を救いたいから」
「でも、私は……」
君の言葉をかき消すように、私は一際大きく声を張り上げた。
「私は君の残酷な運命を変えられない。けれど、君と一緒に居ることはできる。それが私の出来る精一杯なんだ。どうか、君の孤独と罪を私にも分けて欲しい。君が大切なんだ」
君を憎んでなんかない。君を救うのに理由なんて要らない。私は君と旅に出た理由をようやく理解した。ただ君と共に居たかったんだ。私は無力だ。だが、私はこの小さな力で君の救いになりたかった。私は君が泣き止むまで、ずっと背中をさすり続けた。
……
その日から一年後、私達は魔王を倒した。
魔王を倒した後、私は君と一緒に君の故郷へと向かった。君の帰還は、王都で英雄の凱旋として言葉で形容できない程の歓迎を受けたが、君は私と共に姿をくらませてしまった。
私達は小さな山小屋で暮らし始めた。君が獲物を取り、私が家事を引き受ける。私は動物の生き血を吸うだけで食事が済むので、君と食卓を囲む事はなかった。だが、君が美味しそうに私の作った食事を食べてくれることが小さな幸せの瞬間だった。君と一緒に笑い、君と過ごす。そんな幸せな日々はそう長くは続かなかった。
ある日、君は私に突然抱きついてきた。何故か不吉な予感がして、私も君を抱きしめ返した。
「ごめんね、私もう死んじゃうみたい」
あまりに唐突で、私は君が何を言っているのかさっぱりわからなかった。現に、君の身体はまだ温かい。どこも身体が悪そうには見えなかった。私は君が死ぬわけないと言った。いや、もう終わりみたいと君は返した。君が言うには6年前、魔王と戦った時に受けた呪いが今も体を蝕み、寿命を減らしていると言うのだ。そんなのおかしいと私は思った。葛藤の末、人々の為に戦い抜いた少女の末路がこんなにも残酷であるはずがない。むしろこれから有り余る程の幸せが起きるはずだ。私はもう一度君の体温を感じた。やはり亡くなるようには思えなかった。
「ねぇ、私が死んだらお願いがあるの。その……」
君は少し気まずそうに沈黙したが、すぐに意を決したかのように口を開いた。
「100年待ってくれるって約束してくれないかな?そうしたら、ずっと君に言えなかった事を伝えに、会いに行くから」
私はうんと頷いた。やっぱり亡くなるなんて嘘だと思った。だけど、今は君が風と共にどこかに消えてしまうような儚い印象を受けた。やはり死んでしまうのかなとも思った。
「うん、ありがとう」
君はそう笑って、眠るように私の腕の中で目を閉じた。君は既に亡くなっていた。
……
私は裏庭に君のための墓を立てた。そして、来る日も来る日もそこに向かった。あんなに大切な君が亡くなったと言うのに、悲しみは一向に訪れなかった。まるで心に埋められない空洞が広がってしまったようだ。
1年が経って、10年が過ぎた。何年経ったかもわからない。人々が"勇者"である君を忘れ去ってしまうくらいの年月が経ったのは確かだ。
本当に100年後、君が私の元に来てくれるのかが不安で仕方ない。もう忘れ去られてはいやしないか。嫌われてはいやしないか。そんな不安は日に日に増していき、遂にはあの日の別れは私の見た幻想だったのではないかとさえ疑い始めた。
どうしても、もう一度君に会いたい。君がずっと言えなかった事を知りたい。君の存在を感じたい。そして、これは虫の良い望みだが、
もう一度君の声を聞きたい。
そう強く願ったその時だった。私は一輪の白百合が君の墓石から伸びていることに気づいた。百合はすくすくと私の元へと伸びてゆき、目の前で蕾を開いた。私はそっとその白百合に触れた。百合は少しくすぐったげに身を揺らした。
どこか懐かしい感触だった。そう言えば君と一輪の白百合を見つけたことがあった。大雨の中、雨風に耐えて花を咲かせている姿はとても健気で、君の生き様にとても似ていた。
「綺麗だね」
思わず、私はそう呟いた。それを聞いて君はニヤッと悪戯な笑みを浮かべた。
「じゃぁ私とどっちの方が綺麗?」
「君かな」
「冗談で言ったのに、なんか調子狂うなぁ……じゃぁ、私のことどう思ってるの?」
「わからない。でも、君と一緒にいると心が弾む」
「それってもう言ってるのと同じだよ。全く、殺し文句が多いんだから……」
そんなやり取りをしていたっけ。あぁ、君との幸せの証はこんな近くにあったのだ。柔らかな月光が純白の花弁を艶やかに映し出す。その時私は気づいた。君はもう来ていたのだ、と。その幻想的な姿が歪んで見える。いや視界が歪んでいる。私は泣いているのか。
嗚咽が止まらなかった。涙が止まらなかった。もう君に会えないという事実が、悲しくてたまらなかった。それは私にとって初めての"悲しみ"だった。いや、それは違う。きっと今までずっと悲しかった。でも、君の死という衝撃が心を乾かしてしまって、それすら感じる余裕が無かったのだ。
私は墓の前で突っ伏して泣き続けた。延々と泣き続けた。その時、私は背中に仄かな温もりを感じた。
「100年も待たせてごめんね。私の心を救ってくれてありがとう。有り余るくらいの幸せをくれてありがとう、ユリウス」
耳元で、君の声がした。私は君に後ろから抱きしめられているらしかった。私は君の手にそっと触れた。何だ、君が100年間言えなかったのはそんなことか。わざわざ言葉に出さなくとも、私には伝わっていたと言うのに。
「あぁ。私も愛しているよ、ルドヴィカ」
私が微笑んでそう伝えた瞬間、君の感触は満足したかのようにふっと消えてしまった。ありがとう、
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