第26話
片山中学校・1年B組の森山 奏汰(もりやま・そうた)は、
常に「優等生」であろうとした少年だった。
──というより、“そうあれ”と育てられてきた。
ゲームは禁止。
漫画もテレビも1日15分まで。
友達と遊ぶのも、週1回まで。
スマホは持たされておらず、外食すら「時間の無駄」と言われていた。
家の中には「自由」などなかった。
ただ、決められた時間割と、親が望む「理想の子ども像」だけがあった。
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そんな奏汰は、今日も昼休みに図書室へ向かっていた。
しかし通りすがりの教室から、楽しげな声が聞こえてくる。
「なあ、また放課後、バスケやろうぜ!」
「マリオカートで負けたやつ、ジュースおごりな~!」
……奏汰は立ち止まる。
胸の中に、モヤモヤとした感情が浮かぶ。
(くだらない。遊んでる暇があったら勉強すればいい。
そう思ってるはずなのに……なぜ、こんなに腹が立つ?)
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その夜。
勉強机に向かいながら、ペンを握る手が震える。
(なんで、俺はいつも我慢してるのに、
あいつらは笑ってていいんだ……?)
(努力してるのは俺のほうなのに……!)
(俺だけが、間違ってるのか?)
ペンが机に突き刺さる。目から涙がこぼれる。
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次の日の朝、
人気のない校舎裏で、奏汰は拳を握っていた。
その前に――白い着流しをまとい、木刀を携えた男が立っていた。
「……宮本武蔵、と申す」
「誰……ですか。今、話しかけないでください……」
「されど、話しかけねばならぬ。
なぜなら、そこに“闇”があるゆえに」
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武蔵は、そっと言葉を投げる。
「お主、心が乾いておるな。
されど、それは“学ばぬ者”が持つ乾きではない。
“遊びを奪われた者”が持つ、深き渇きなり」
奏汰は、ぽつりと漏らす。
「遊びなんて、いらないと思ってた。
でも……気づいたら、誰のことも楽しそうだと思えなくなってて」
「なるほど」
「遊んでるやつを見ると、**ムカつく**んです。
でも、同時に……羨ましいって思ってる自分が、情けなくて」
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武蔵は静かに、木刀を構えた。
「人は“義務”だけでは生きられぬ。“遊び”があるから、心が耕される」
「遊びは、サボりじゃないのか」
「否。遊びとは、“自らの喜びを知る時間”なり。
それを知らぬ者は、何を目指せばよいかも、わからなくなる」
「……でも、そんな時間をくれなかった。
親はずっと、“無駄を省け”って」
「親は、“自分の理想”をお主に託したのだろう。
だが、人生は“誰かの理想”ではない。“己の道”である」
奏汰の目に、また涙が浮かぶ。
「俺、本当は、友達と遊びたいです……
くだらない話で笑って、ゲームして、くだらないことでふざけたい……」
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武蔵は、木刀を振り下ろす――地面に向かって、一閃。
その風に乗って、空気が変わった。
「それが“己の願い”ならば、まずは自らに許しを出せ。
“楽しみたい自分”を、斬ってはならぬ」
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その日、放課後。
教室に残っていた奏汰が、戸惑いながらも声をかけた。
「……俺も、バスケ……混ぜてもらって、いいですか?」
少しの沈黙のあと、ひとりがニカッと笑った。
「お、奏汰! よっしゃ、チーム分けやり直すか!」
汗がにじむ。息が切れる。
でも、それは“自由”の味だった。
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屋上に立つ武蔵は、空を仰ぎ言う。
「心の乾きとは、“喜びを押し殺した者”の証なり。
人は、笑うことで耕され、遊ぶことで歩き出す。
それを許せぬ者は、まず“己に笑う許し”を与えるべし」
風が、どこまでも高く、片山中の空を渡っていった。
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