第24話

片山中学校・2年3組。


高橋 祐真(たかはし・ゆうま)は、地元の薬局を5店舗展開する薬剤師の息子。

成績は良く、服装もスマート。いつもポケットには市販されていないような高級リップや香水を忍ばせていた。


そして、誰にも聞こえるように、こう言った。


「え、まだスマホ持ってないの? 今どき?」


「制服、弟のお下がり? うわ、昭和じゃん」


その言葉に笑うのは、周囲にいる“取り巻き”たちだった。


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一方、同じクラスの中井 駿(なかい・しゅん)は、片親の家庭で育った。

母はコンビニの深夜シフトを掛け持ちし、自分は朝から弁当なしの日も多かった。


誰かに責められたわけでもない。

けれど、高橋の視線が、何より痛かった。


(あいつはなんでも持ってる。

俺は、ただ“持ってない”だけで、笑われる――)


誰かに怒ることもできず、ただ「自分がダメなんだ」と黙り込んでいた。


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ある日の昼休み。


祐真はいつものように、冷たい視線で中井を見た。


「昼、またパンかよ。よく飽きねえな」


駿は返さなかった。


その時、――「パァンッ!」と風を裂く音。


木刀が机の上を斬り、粉々のパンくずが宙に舞った。


「その眼、“人を見る眼”ではなく、“モノを見る眼”だな」


教室の入口に立っていたのは、着流しの男――宮本武蔵だった。


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祐真は眉をひそめた。


「……何? 講談のオッサン?」


「違わぬ。だが、お主の“見下す心”と、彼の“見上げる心”――

その両方が、己を蝕んでおること、知らぬな?」


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屋上。


祐真と駿、そして武蔵は、無言で並んでいた。


武蔵は、まず祐真に言う。


「お主は、“優越”によって自らの価値を測る。

人より上に立つことで、己を保っている」


「悪いかよ。うちの親は努力してきた。

それで手に入れた生活を、誇っちゃいけないのか?」


「誇ることと、驕ることは違う。

“下を見て満たされる心”は、砂の器と同じ。いずれ崩れる」


祐真は、口を閉じた。


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次に武蔵は、駿に目を向けた。


「お主は、自らを恥じている。

だが、“持たぬ者”は恥ではない。“持たぬことに怯える心”こそが、己を蝕む」


駿は、小さな声で言った。


「……俺は、ただ普通に話したかっただけなんだ。

でも、持ってないってだけで、何かが違う気がして……」


「違うのは、“心”ではなく、“目に映るもの”のみ。

それに囚われては、真に人と向き合うことはできぬ」


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沈黙の後――祐真がぽつりとつぶやいた。


「……俺だって、不安だよ。

親の期待が重いんだよ。ずっと“優等生”でいろって、

人より下に落ちたら終わりだって――それが怖くて、誰かを見下してたんだよ……」


駿もまた、うつむいた。


「俺だって、“俺なんか”って思いながら、

何も言えずに笑われてた。……それが、情けなくてさ」


2人の目が、初めて真正面から合った。


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武蔵は、静かに刀を収めた。


「“見下す者”も、“見上げる者”も、視線の先にあるのは、

己自身の“恐れ”なり。

その恐れを斬り捨てる者こそ、真に人と向き合える者なり」


風が吹き抜け、空に雲が流れていった。


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数日後。


教室の隅。祐真が、駿にそっと小袋を差し出す。


「……うち、薬局のサンプルいっぱいあるから、

これ、母ちゃんにあげとけよ。保湿剤と目薬、ちょい高いやつ」


駿は、驚いたように受け取りながら、笑った。


「……ありがとう。次、パン分けるわ」


目線は、どちらも“まっすぐ”だった。


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