第23話
ふくよかな中学2年生の女子・柚木 みちる(ゆずき・みちる)は、ぽっちゃりとした体型に、明るい性格。
気取らず、気さく。男子とも女子とも気兼ねなく話せる。
そのおおらかさに惹かれてか、部活の後輩・春田 拓(はるた・たく)とつき合っていた。
――が、みちるは悩んでいた。
「……なんかさ、私たち、恋人っていうより“親友”っぽくない?」
拓はゲームや映画の話では盛り上がるけど、手をつないでこようともしない。
“かわいい”とも言ってくれない。
「私のこと、本当に“女の子”として見てくれてるのかな……」
そんな不安が、じわじわと心に溜まっていた。
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一方で、1年生の女子――広瀬 こはるは、みちるに対してモヤモヤを抱えていた。
「なんで柚木先輩みたいな人が、彼氏いるの……?」
こはるはスリムで、雑誌も読むし、努力している。
それでも、男子とはうまく話せないし、誰にも「好き」って言われたことがない。
(努力してる自分より、あんなに自然体で笑ってる先輩が、愛されてるなんて……)
こはるの中には、羨望と劣等感がぐちゃぐちゃに混ざった“黒い感情”が渦巻いていた。
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ある日、部室で。
こはるが拓に話しかけているのを見たみちるは、どこか胸がザラついた。
しかも、こはるが拓にこんなことを言っていたのが聞こえた。
「柚木先輩って、なんか……友達としてはいい人ですよね」
それを聞いて、みちるの中の“何か”が崩れた。
(やっぱり、私って、“女の子”じゃないんだ)
その夜、みちるは泣いた。
鏡に映る自分を見て、「もう無理に笑いたくない」と思った。
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次の日の放課後、武道場の脇。
2人の前に、草履の音が響いた。
「恋は、痩せている者に訪れるものにあらず。
また、嫉妬に濁った目には、本当の愛も見えぬ」
姿を現したのは、着流しの剣豪――宮本武蔵。
みちるも、こはるも、ぽかんと見つめていた。
「お、おっさん……誰?」
「名乗るほどの者ではない。されど、2人の“闇”は見えておる」
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武蔵はまず、みちるに向き合った。
「お主は、自らの姿を恥じている。
だが、他者が“お主を軽く扱っている”のではなく、
お主が“自分自身を恋人のように扱っておらぬ”」
「……でも、私、かわいくないし」
「“かわいさ”は、外にあるものではない。
“こうありたい”と願い、そうあろうとする姿――それが、美なり」
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次に、こはるへ。
「お主は、他者の幸せに怒っておる。
だが、それは“努力が報われない”からではない。
“誰かに勝ちたい”と願いすぎたがゆえ、自らを見失っておる」
「……だって、私だって、頑張ってるのに」
「ならば、なぜ努力している? 愛されるためか? 認められるためか?
――否。己が己を愛するためにこそ、人は磨くのだ」
こはるは、ぽつりとつぶやいた。
「先輩が楽しそうに笑うの、羨ましかった。……ただ、それだけだったのに」
みちるも、静かに言った。
「私、恋人にかわいいって言われたいだけだった。
“それを望んじゃいけない”って、自分で思い込んでたのかも」
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その日。2人は並んで、夕日を見ていた。
こはるが、恥ずかしそうに言う。
「……先輩の笑い方、けっこう好きですよ」
みちるは、驚いて、吹き出すように笑った。
「ありがと。でも、“けっこう”じゃなくて、“すごく”って言ってほしかったな~」
2人の間に、風が吹いた。さわやかで、少しだけあたたかかった。
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屋上の縁に立つ武蔵は、剣を収めながら言った。
「嫉妬も不安も、恋に生きる者には避けられぬ。
されど、他人ではなく“己の願い”に耳を澄ませたとき、
真の恋は、芽吹く」
空に浮かぶ雲が、静かに流れていった。
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