第22話
片山中学校・3年生。体育大会前日。
グラウンドでは、各クラスが最後のリハーサルに汗を流していた。
その中で、3年2組は「創作ダンス」の発表に向けて練習していたが――
ある男子だけが、明らかにやる気がなかった。
**杉浦 匠(すぎうら・たくみ)**。
ダンス中も腕をだらんと下げ、タイミングもバラバラ。
「ちょ、杉浦! またズレてるじゃん!」
怒鳴ったのは、クラスの女子リーダー、**南雲 真帆(なぐも・まほ)**。
何度も話し合い、構成を考え、クラスを引っ張ってきた努力家だった。
「なにその態度! ふざけてんの?」
「いや、別にふざけてねーし」
「だったらちゃんとやってよ! 本番明日だよ!? みんな真剣なのに!」
「……知らねぇよ。こんなダンスで盛り上がるとか、マジ意味わかんねーし」
場が凍りついた。
---
練習後、真帆はひとり体育倉庫の裏で涙をこらえていた。
(なんで……なんで、あたしばっか必死になって……)
そのとき、草履の音が近づいた。
「“踊らぬ者”に怒るな。“踊ること”に囚われすぎた者もまた、見失っておる」
顔を上げると、そこにいたのは――
着流しに木刀を携えた剣士、**宮本武蔵**。
「あなた、誰……?」
「名は宮本武蔵。人の心の“闇”を斬る者なり」
---
一方、匠もまた、放課後の校舎裏で缶コーヒーを握りしめていた。
(真面目にやったって、どうせウケ狙いの茶番やろ。
全力出すだけ損ってやつや。だいたい……目立つの苦手なんだよ)
そこへ、もう一人の武蔵が現れた(※イメージ演出)。
「踊らぬ理由に“冷めてる”を使うな。
本当は、“怖い”だけではないか? 失敗すること、笑われることが」
匠は目をそらした。
---
次の日――体育大会当日。
ダンス発表の直前、真帆はクラスメイトに叫んだ。
「……全員でやりたい! でも、強制したくない。
笑われるかもしれない。でも、やらないより、私はやりたい!」
その言葉に、クラスがざわめいた。
匠は最後列で、黙って立っていたが――
「……ちょっとくらい、本気でやってもいいか」
そう言って、列に加わった。
音楽が流れた瞬間――武蔵の木刀が空を斬った。
「“努力を嘲る者”も、“他人に完璧を求める者”も、
どちらも“己しか見えておらぬ”――ならば、その闇、斬らせてもらう!」
---
本番のダンス。
匠の動きは不格好だった。
だが、一生懸命だった。
真帆は、それを見て、笑った。
(下手でもいい。一緒にやるって、こういうことなんだ)
クラスがひとつになった瞬間、観客席から大きな拍手が起きた。
---
その夕暮れ。武蔵はグラウンドの真ん中で一人、つぶやいた。
「踊りとは、“己の美しさ”を他人に押しつけることにあらず。
不器用でも踏み出す者の足こそが、真に舞う心なり」
風が、旗を優しく揺らしていた。
---
杉浦匠は、小学5年生の時からダンスが苦手だった。
リズム感が悪いとか、動きがぎこちないとか、そういう問題ではない。
――**笑われた**のだ。
あの日の全校発表。
練習ではできていた動きが、本番で飛んだ。
焦った彼は、みんなと逆方向に回り、違う場所へ飛び出してしまった。
会場がざわめき、誰かが「おい、あいつ、ひとりで踊ってんぞ!」と笑った。
以来、匠は“人前で踊る”ことを避けるようになった。
---
中学生になっても、その記憶は薄れなかった。
何かにつけて「ノリ悪い」とか、「冷めてる」と言われるたび、
(バカにされるくらいなら、最初からやらない)と心の中でつぶやいていた。
努力して目立って、間違えて、笑われる。
――そんなの、もうゴメンだ。
「うまくやる奴だけが得をする」「頑張るやつは損をする」
それが、彼の中で作られた“正義”だった。
---
創作ダンスの練習が始まったときも、最初から冷めていたわけじゃない。
真帆が本気で構成を考えてる姿を見て、ちょっと感動していたし、
(うまくできたら、ちょっと見直されるかもな)なんて思っていた。
でも、ある日――グループ練習中に、ひとりの男子がふざけて言った。
「おい匠、また変な動きしてんぞ」
その瞬間、**過去の傷が、刃のように蘇った**。
(……ああ、やっぱり俺は、踊っちゃいけない人間なんだ)
それからの匠は、ダンスに身を入れなくなった。
真帆の叱責も、イライラも――痛いほど伝わっていた。
だけど、自分を守るには、バカにされる前に「やる気ない」と見せかけるしかなかった。
彼は自分を「冷めた奴」だと思わせることで、
**誰よりも“熱を出すこと”を恐れていた**。
---
そんな彼の前に現れた、武蔵の言葉が刺さったのは当然だった。
> 「お主の剣は、他人に向き、自分に怯えている」
> 「本当は、“怖い”だけではないか? 失敗すること、笑われることが」
あの言葉は、誰にも言われたことがなかった。
“努力できない奴”としてしか見られなかった彼に、
“努力できなかった理由”を見抜かれた――。
---
翌朝。鏡の前に立った匠は、制服の前を直しながら、こうつぶやいた。
「……バカにされてもいいや。やらなかったことを、後悔するほうがダサいかもな」
彼は、初めて本気でリズムに身を任せた。
足がもつれる。タイミングがズレる。
それでも、やりきった。
拍手の中で、真帆が涙ぐみながら言った。
「……ありがとう」
匠は、はにかんだように笑って、照れ隠しに背を向けた。
---
夕暮れ、武蔵はグラウンドにてひとり、木刀を握り語った。
「人は過去の失敗に、何度でも斬られる。
だが、“もう一度踏み出す”その一歩が、真の勇である」
風に乗って、どこかから音楽が流れていた。
匠が最後に踊った、不格好で、でも誠実なダンスの旋律だった。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます