第21話
片山中学校・2年5組。5時間目――道徳。
教師が読んでいたのは「いじめられた生徒が勇気を出して先生に相談し、クラスが変わっていった」という、よくある教材だった。
\*\*村瀬 陸(むらせ・りく)\*\*は、うんざりしていた。
(また“こうあるべき”って話かよ……)
他の生徒が「すごいと思った」「自分も見習いたいです」と感想を言っていく中、彼だけが、あえて黙っていた。
先生に指名されると、こう答えた。
「……別に、正しいことばっか言ってても、世の中そんな簡単にいかないっすよ」
空気が、少しだけ重くなった。
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帰り道、陸は公園のベンチに一人で座っていた。
ランドセルの中の道徳のノートが、なんだか“空っぽ”に思えた。
(いいこと言った奴が得する世界? んなわけあるか)
現実の大人は不正を働き、平気で人を切り捨て、
家では母がパートに疲れて泣いていた。
「綺麗ごとは、もう飽きた」
彼の心の中には、誰にも言えない苛立ちが渦巻いていた。
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そのとき、草履の音がした。
「道徳とは、“教えられる”ものではなく、“問う”ものである」
声のする方を見れば、そこに佇んでいたのは、剣豪――**宮本武蔵**だった。
「……あんた、誰?」
「名は宮本武蔵。人の心の“闇”を斬る者なり。お主の怒り、聞こえておった」
陸は、つぶやくように言った。
「道徳なんかで何が変わるんだよ。あんなの、ウソばっかりじゃん。
正しいことを言って、いい子ぶってる奴が評価されて、
黙ってる俺だけが“冷めてる”とか言われてさ……」
武蔵は黙って聞いていた。
「“正しさ”を信じたいけど、信じた先にあるものが、どこにも見えない。
何が正しいのか、わからないまま、俺らは評価されて、責められて……」
目に、光るものが浮かんでいた。
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「……道徳が嫌いなのではない。
お主は“正しさを押し付けられること”に、傷ついておるのだ」
「じゃあ、何が正しいんだよ。誰もちゃんと教えてくれないのに!」
武蔵は、静かに刀を抜いた――だが、切っ先は自分に向けた。
「人の剣は、常に己に向けるものなり。
他人の正しさに怯えるな。己の“正しさ”を、自らの中に見出せ」
「……俺の中に?」
「正しさとは、“答え”ではない。“問い続ける力”こそが、道なり」
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次の日。
道徳の時間、再び感想を求められた陸は、こう言った。
「……俺はまだ、何が正しいのか分からない。
でも、それをずっと考え続けるのが、大事なんだって思いました」
教室に、一瞬、静けさが落ちた。
でも、先生は静かに頷いた。
「それは、とても大切な考えですね」
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放課後。屋上に立つ武蔵は、空を見上げながら語った。
「正しさとは、書にあらず。
人の数だけ“道徳”はある。
だが、その問いを捨てぬ者こそが、“強き者”なり」
雲間から、光が差した。
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