第12話


片山中学校。放課後の更衣室。


鏡の前で、制服のスカートを気にしているのは、**新井 愛美(あらい・まなみ)**。2年生。

丸顔で、頬がやわらかく、クラスでは「ちょっとぽっちゃり」などと笑われることもある。


(痩せなきゃ……絶対に痩せなきゃ)


その思いは、いつの間にか日常のすべてを支配していた。


朝はヨーグルトだけ。昼は水。夜は食べない。


でも、体重計の数字はなかなか減らず、

ふとした瞬間、スマホのSNSで映える“細い子”の投稿が流れてくる。


(私もああならなきゃ、好きになってもらえない……)


---


体育のあと、クラスメイトがふざけて言った。


「愛美、シャトルランで汗かいたら、2キロくらい痩せたんちゃう?」


「やめてよ〜〜」と笑いながら言うけど、胸がズキッと痛んだ。


(もっと痩せないと……)


---


その夜。

彼女は校舎裏のベンチにひとり座っていた。


空腹に胃がきしみ、手は震え、でも水しか飲みたくなかった。


そのとき、草履の音が、暗闇に鳴った。


「……空腹に耐えて、何を得るつもりか」


声の主は――着流しの剣士、宮本武蔵。


「……あんた、誰? 関係ないやろ……」


「関係ある。拙者は、“己を見失う者の心の闇”を斬る者ゆえ」


「別に……私は、ただ痩せたいだけ。可愛くなりたいだけや」


「痩せねば、可愛くなれぬという理、お主が誰から授かった?」


「……SNS。周り。テレビ。男子の目。全部」


武蔵は静かに木刀を構える。


「それら全てが、お主を斬ってきたのだ。そして、お主自身も――」


「……自分で自分を、斬ってるってこと?」


武蔵は頷く。


「美しさとは、形ではなく、意志の在り方。

己を信じ、己を慈しむ者は、それだけで光を放つ」


愛美は、震えながら涙を流した。


「……でも、そう思えなくて……見た目しか自信なくて……」


「ならば、“信じてくれる人”の目を、まず探せ。それが、お主の“最初の鏡”となる」


---


後日。

愛美は給食を、少しずつだけど、ちゃんと食べていた。


隣の席の**野原千晶**が言う。


「お、やっと食うようになったな。女は肉ついてるくらいがちょうどええねん」


「うるさいな……でも、ありがと」


ほんの少しだけ、愛美は笑った。


その笑顔を見た男子のひとりが、ふと赤くなったのは――また別の話。


---


夕暮れの屋上。


「人は、“他者の目”という刃に、自らを削ろうとする。

だが、本当の強さとは、己を斬らずに立つことなり」


武蔵の木刀が風を切った。


その一撃は、誰にも見えない“心の闇”を、確かに祓っていた。



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